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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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新たな出会いと課せられた任務(10)

何となく平民の家や、宿で子どもが親の手伝いをしている光景に似ている。

お菓子とお茶を用意する二人のやりとりを見ながらそんなことを思ったロイクールだったが、程なくしてお菓子をきれいに並べた皿を持ったミレニアが席に戻ってきたため、その思考は中断された。


「少し騒がしかったかしら?お茶はまだですけれど、どうぞ先に召し上がって」


貴族の子息が文官や騎士団に在籍するのと同じで、ご令嬢が行儀見習いという名で、ステータスを上げることを目的としていることが多い。

そういう者はあまりまじめに仕事をしないと聞いていたが、ミレニアはそうではないらしい。

目の前に並べられたお菓子の並べ方に手を抜いた様子は見られない。

こちらが恐縮してしまうほどのものだった。

もともとイザークとミレニアの家格は低くない。

それなのにここまでのことをあっさりやってのけるのは、普段の彼女が形ばかりではなく、きちんと仕事をしている証拠だ。

イザークもそうだが、仕事に対してこの姉弟の取り組みが真面目なことがうかがえた。


「ありがとうございます。あの……」

「何かしら?」

「失礼ながらミレニア様は、王宮にお勤めなのですか?」


お茶の用意をしていた二人の会話が気になったロイクールがそう尋ねると、ミレニアは正面に腰をおろし、毒味するわねと言いながらお菓子を口に運んだ。

そして口の中のお菓子がなくなると、ロイクールにお菓子を勧めながら質問に答える。


「そうよ。元は王妃様の侍女として登用されたのだけれど、王女様の侍女がなかなか続かないものだから、私が異動して、今は、王女様の専属侍女になってしまったわ」


やはり王族の侍女として配置されている点から見ても、彼女の、少なくとも彼女の保護者の地位は高いもので間違いない。

王妃ほどではなくとも王女の専属というのは充分なステータスなのではないか。

王妃の侍女も、王女の侍女も経験するなど、普通ではなかなかできないことだろう。

ところが彼女はそれがとても不幸なことのように話をする。


「あまり嬉しそうではないように見えますが、王女様には何か……」


ロイクールが王族と関わる機会はない。

師匠と一緒に王宮に上がっても、呼ばれるのは師匠だけだった。

ただ、彼らが民に顔を見せるタイミングで聴衆として見たことはある。

その時、特に素晴らしい人格というのも感じなかったが、他の貴族との違いも感じなかった。

なのでロイクールの中では、王族は貴族の中で一番高い位を持つ者なだけで、それなりの対応をしなければならない貴族という認識だ。


「そうね。普通の貴族令嬢よりちょっとずつ傲慢で、我儘で、気位が高くて、気が強いわね。立場的に仕方がないのだけれど、でも王女様の侍女に低い位の貴族をつけるわけにはいかないでしょう?だからまあ、働いている側とはいえ、普段上にいる自分が下に見られるっていう環境に耐えられないのでしょうね。行儀見習いする私たちと王女様って、ちょうど適齢期だから年齢が近いのよね。すぐに侍女が辞めちゃうの」

「そうですか」

「正直、私もあまり続けたいとは思わないわね」


普段使用人たちにしていることを、自分たちがやらされるのが苦痛だからという理由で辞めていく者が多いらしい。

けれど話を聞く限り、王妃の侍女は入れ替わりが少ないということだろうから、王女はかなりわがままに育っているのだろう。

そして年齢が近い侍女には当たりもきついらしい。

王女様としては同年代の格下の人間の中に自分より優れたものがあるのが許せないのだろう。

要はどちらもプライドが高いということだ。



あまりにも素直すぎる発言にどう答えていいのかロイクールが考えていると、そこにお茶の準備を終えたイザークがやってきた。

そしてお茶を出しながら姉を諌める。


「姉さん、応接室だから防音されてるけど、一応外なんだから……。あ、お茶、お待たせいたしました」

「ありがとうございます」 

「姉さんも」

「ありがとう」


ゲストであるロイクール、そして身内である姉にお茶を出すと、その隣に自分のカップを置いてイザークは姉の隣に座った。


「姉さん、ロイクールさんに王宮の愚痴を言いに来たわけじゃないでしょう?」

「そうだけど、聞かれたから答えただけよ?」

「その不満は今度私だけの時に聞きますから……。姉さんはロイクールさんに用事があったんでしょう?」


姉として弟に諌められたことが少し不満だったのか、彼女はちょっとムッとしたような表情をした。

けれどそれは本気で起こっているというより、少し拗ねた様子にも見える。

兄弟のいないロイクールは目の前で繰り広げられる姉弟のやり取りを冷静に、微笑ましく思いながら見守っていた。



「ごめんなさい。ロイクール、あなたを会話から弾きだすつもりはなかったの。私が聞きたかったのは、この子を外に出られるようにしてくれた方法とか、魔法の制御をできるようになったと聞いたから、どうやったのかとか、あと、話してみれば人となりも分かるかなって思ったのよ」


二人は本音の言い合える、仲の良い姉弟らしい。

けれどロイクールとはまだ初対面に等しい。

それなのにこのような振る舞いをしているのにはきっと何かあるはずだ。

貴族の公式の場での行動には意味のあることが多いと師匠はロイクールに教えていた。

この場が公式かと言われたら微妙なところだが、ミレニアの行動には意味があると考えた方がいいだろう。

そうなると考えられるのは一つだ。


「つまり、身辺調査のようなものですね。私がイザーク様とお付き合いをするのにふさわしい相手かという」


ロイクールが直球で尋ねると、ミレニアはにっこり笑ってうなずいた。


「まぁ、そうね」

「姉さん!」

「いい?これは家族の総意なの。弱っているあなたが付け込まれたんじゃないかって、皆、本当に心配したのよ?本当は彼をすぐにでも我が家に招待して、お父様と話してもらうつもりだったし、その承諾を取るのが私の役目だったの。でもお父様が納得したらそこで終わっちゃうじゃない。私が彼を知る機会がなくなってしまうわ」


イザークは恩人であるロイクールに失礼だと主張したが、ミレニアはあっさりとタネを明かした。

たしかに手紙で呼び出すだけなら、ご令嬢がわざわざここに来る必要はない。

寮にでも手紙を預けておけばそれでよかったのだ。

それにお礼と称した箱だって、彼らの呼び出しに応じた際の受け渡しでもよいものだろう。

それなのにわざわざミレニアが面会予約までして持ってきた。

理由がなければロイクールという弟の友人、もしくは弟を騙して利用しようとしているかもしれない人物と関わる機会がなくなってしまう。

だから理由がつけられるうちに、ミレニアはロイクールに会いに来た。

もしミレニアが弟を害するものだと判断していたのなら、きっとこの一家は、総出でロイクールを亡きものにしようとしただろう。

いくらかの大魔術師の弟子とはいえ、貴族が平民を害したところで大したことではない。

何よりミレニアは純粋にロイクールという人物に興味もあった。

そんな事がミレニアの口から明かされた。

つまりロイクールはミレニアからそれなりの人物とみなされたということだろう。


「手紙の内容というのは……」

「私は見ていないし詳細は知らないけれど、おそらく私が言った通りのことが書かれているはずよ。でも、お父様と面会する前に、私もこの目であなたのことを見ておきたかったのよ」

「では中身を確認し手紙を返信させていただきます」


特に急がないと言っていたはずだ。

この場で返事をしなくてもいいというのは、ロイクールの仕事の特殊性を理解してのことだろう。

貴族の中にはそういう事情などお構いなしで自分の要望を押しつけてくる者もいるが、イザークやミレニアの父親はそのような人物ではないらしい。


「ええ。我が家は、少なくとも私と弟はあなたを歓迎するわ。良い返事を待っているわね。弟についての話は私が同席している場所で話してもらえれば手間にはならないでしょう」

「お気づかいありがとうございます」


ロイクールが頭を下げると、ミレニアは急に立ち上がった。


「そろそろ終了時間だわ。また話すことができることが決まっているのだから、話を聞くのに焦る必要はないし、使用時間を延長する必要はないでしょう」


日程がいつになるのかは分からないが、平民であるロイクールが貴族である父親の呼び出しを断ることはできない。

だからロイクールは本人の意思に関係なく、一度は指定された場所に足を運ぶことになるし、彼との面会も必要になる。

ミレニアは今日の面会でロイクールが気に入らない人物だったら同席しないつもりでいたが、その興味が薄れることはなかった。

だからミレニアは父親との面会に、自分が同席することを決め、自分が父親によってその場から外されることのないよう、あえてロイクールに伝えたのだった。

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