協定と不穏な動き(後編)
殿下と話をした後、騎士団長はその足で再びロイのギルドに向かった。
もちろん目的は、ロイに国のために協力を仰ぐためだ。
できれば殿下の希望通り、できる限り情報を出さず、穏便に話を進めたい。
状況が悪化する中、もう一度ロイの元を訪ねた騎士団長は、何とか個室に通してもらうことができたもののロイに冷たい目を向けられていた。
「どうせ同盟国のきな臭い話だろ」
「いや、それはさ」
ロイはため息交じりにそう言った。
騎士団長は状況を説明できない立場のため、言葉を濁すしかない。
「言わなくていい。私は何も聞いていない」
「そう言わないでくれよ……」
「話す気ないんだろ?」
「お前ならわかるだろ?」
昔は一緒に働いた仲間なのだ。
上からの圧力で話せないことがあるということは理解してほしいと騎士団長は懇願する。
「察する価値もない話だ」
「口にできない理由の方だ」
「どちらでも同じだ」
そしてできればその空気を読んで、自分を助けて欲しいと願ったのだが、ロイは首を縦に振るどころか、発言そのものを否定する。
そしてそこに痛い一言が加えられる。
「それに今に始まったことじゃない」
「やっと、やっと落ち着いてきたんだぞ?」
「あいつらが裏切ることなど、最初から想定できたはずだ」
「今度こそと何度も念を押したし、契約書もある。それにあれからは……これまで平和だったじゃないか」
問題となっている国とは魔法契約で同盟を結んでいる。
それを破れば、破った国には契約通りの罰が下る。
だが当国はその条件を引き出すために相手にかなり忖度をした。
今までは口約束、紙での契約など軽いもので済ませていたが、都合が悪くなると常に反故にされてきたためだ。
そうして大国で、軍事力の強いかの国は何度も何度も裏切り行為を繰り返してきた。
普通なら信用しないのだが、魔法契約さえできれば、これで終わると、今度こそこの国はかの国の脅威に怯える必要はなくなると思っていたのも事実だ。
それが今、その考えは甘かったのではないかという話になっている。
契約の網をかいくぐって、彼らは再びこの国に何かをしかけようとしているのだ。
「平和……か」
ロイはその言葉が気に入らず不快感を示した。
「戦争はなくなった。多くの弱いものが戦火に飲まれることもなくなった。違うか?」
反応があったため騎士団長はそこにどうにかくらいついていく。
だがロイは首を横に振ってため息をつくだけだ。
「そんなものは一時のまやかしだ。そんなことも判らなくなったのか。随分と頭の中が平和ボケしたもんだな、騎士団長様は」
穏便にと考えていたが、さすがに戦争にならないように動いている人間に平和ボケとはどうなんだ。
平和に、穏便に調整をと動いているのは自分だけで、殿下も目の前の男も自分の苦労や思いになど耳を傾けないではないか。
さすがに騎士団長も彼の言葉は聞き捨てならなかった。
「……確かにそうかもしれないが、じゃあお前はどうなんだ!戦うことをやめ、ギルドなんか開いて、商人の真似事だもんな!商売なんて戦わなくていい世の中になったからできることだろう?違うか?」
苛立って言葉をぶつける騎士団長に向き合ったロイは彼の目を見たまま冷たく言った。
「違うな。お前ら、誰から武器を買うんだ。戦うしか能のないやつが戯言を言うな。お前ら騎士団は自分で材料を調達して武器を生成しているのか?例え地位や金があっても、手に入れるツテがなきゃ武器も食い物も手に入らないんだ。お前の発言は、商人皆を敵に回す発言だ。それに商売するなら戦争をしている方が儲かる。何でも高値で売れるからな」
ロイの指摘を受けて、騎士団長は気まずそうに俯いた。
「……そうだな。言い過ぎた」
騎士団長が熱くなったことを反省して謝罪すると、ロイは再び黙り込んだ。
再びロイの様子をじっと見つめながら、騎士団長は探りを入れることにした。
こんなことで諦めるわけにはいかないのだ。
「なあ、もしかして何か情報持ってるんじゃないか?」
「何のだ?」
「だから……」
最近、ロイが王家に恨みを持つきっかけとなった同盟国の様子がおかしい。
つまり同盟国から戦の匂いがするということだ。
王宮に足を運んでいないロイは、そのことを商人や客から聞いていた。
この国における犯罪ではないし、客のプライベートなことも含まれるため、ロイは知っていることを特に報告していない。
もう家臣ではないのだ。
果たすべきはギルドに課された報告であって、国益や国防の報告ではない。
義理も義務もないのだ。
だから訪ねてきた元友人である騎士団長の話をロイは遮ることにした。
「もういいか?」
「は?」
「言いたいことは言ったんだろう?そちらから話せることは何もないんだろ?それに、そろそろ予約の客が来るんだ」
「あ、そうなのか……」
ここはあくまでギルド、つまり店である。
店の代表を捕まえて、お金を払うわけでもなく引きとめているというのは良くない。
これ以上引きとめればただの営業妨害となる。
だから騎士団長は引くしかなかった。
黙って立ち上がった騎士団長を見て、立ち上がったロイはすぐにドアの方に向かった。
「物分りが良くて何よりだ」
「わかったよ」
外に出るよう促された騎士団長は諦めてドアの方に向かった。
「そのもの分かりの良さは長所でもあるが、弱点にもなるんだ。あんなところで苦労するために使うもんじゃないと思うけどな」
「……」
彼なりに騎士団長である自分に気を使ってかけてくれた言葉なのだろう。
もし自分が王宮の騎士団長という職を辞したら、ロイとは友としてやり直せるのだろうか。
それともここまで深くこの案件に関わってしまった自分を、やはりロイは許してくれないのだろうか。
すれ違いざまに言われた言葉が胸に刺さる。
複雑な表情をしていた騎士団長を一瞥してドアを開けるとロイは声を上げた。
騎士団長はその声で我に返って表情を整える。
「お客様がお帰りだ。お見送りを頼む」
「はーい」
遠くから返事が聞こえて、自分を案内した受付の人が自分の前に現れた。
そして、こちらですと言いながら自分を出口の方に案内する。
すると騎士団長である自分とロイが離れたのを見た別の人がロイの元に駆け寄った。
「ロイさん、ちょうど予約の方が……」
「ああ、今行く」
出ていく自分の見送りもせず、客の方に向かったロイを恨めしく思いながらもその日はギルドを出るしかなかった。