新たな出会いと課せられた任務(4)
営業、無営業に関係なく、他者の記憶を操作、記憶の糸を手元に有する者、全てに国への登録と申請の義務を課す。
また、悪用においては罰則を規定するが、基準を満たす申請者にはギルドとして国が営業許可を出す。
ロイクールが魔術師長に呼び出されてから数日後。
国から大々的なお触れが出された。
そしてそのお触れが出た日、再びロイクールは魔術師長に呼び出されていた。
「本当にもうすぐというところだったのですね」
「そなたがやつに忘却魔法を使用し、記憶を返却していなかったら危ういところだった。そういう訳だ。まあ、ギリギリだったがな」
魔力量が多くコントロールもできる有能な魔術師を一人、牢屋にぶち込む訳にはいかないと、これが発布される日程を聞いて、魔術師長は少し焦っていたという。
下手をすれば発布後、最初に捕まるその人間が王宮魔術師という前代未聞の珍事にもなりかねなかったのだから、それはそうだろう。
「もしかして魔術師長は最初から私がそういう対応を取ることを想定していたのですか?」
ロイクールが尋ねると魔術師長は首を横に振った。
「いいや、そんなことはない。彼にとって強力な味方となることは想定していたし、彼が最初に顔を出した時はまだ彼の中の記憶はそのままだったのだろう?だからそのまま良い方向に向かえばと思ったのだがな」
「その日のうちに残念な結果になってしまいました」
魔術師長の部屋から戻る際、騎士に絡まれたのだ。
思わず魔法で拘束し壁にはりつけのようにしたまましばらく放置、見せしめにしてしまった自分も大人げなかったかもしれないが、彼の安全を考えればああするしかなかった。
「そしてあれは頑なになってしまった。そうなったら手っ取り早い手段としては忘却魔法になるだろう。辛い記憶の排除、私としては長い間記憶を預かることで解決する道を選ぶのかと思っていたのだが、そなたはそれ以上の事をして見せた」
魔術師長は最後、ロイクールを褒めて締めくくった。
しかしロイクールはそれ以前の言葉に嫌悪感を覚えていた。
ロイクールは魔術師長は、忘却魔法を使った事も使われた事もないのだと理解した。
そして王族もそこまでの傷を負った経験がない。
戦争で苦しんだ人たちはこれがなければ立ち直れないくらいの傷を負ったにも関わらずだ。
「念のため申し上げますが、忘却魔法は手っ取り早くも手軽でもありません」
「そうか。失言だ。こういう発言をするからかの大魔術師は国に責任を取れと怒るのだな……」
ロイクールの視線が冷たくなったのを感じた魔術師長は、それを避けるかのように本題へと移った。
「それで本題なのだが、さっそく記憶管理ギルドの承認申請が来ている。そこでお前にその確認へ出向いてもらいたい」
「私がですか?」
発布されることも知らされたのは最近で、その概要ですら、発布と同時に魔術師たちに資料として渡されたものに目を通しただけだ。
そんな自分が指名される理由が分からない。
資料にあることを確認するだけならば、経験のためにも先輩方に行ってもらった方がいいはずだ。
ロイクールが不思議に思っていると、魔術師長はすぐロイクールにその理由を返した。
「そうだ。忘却魔法に精通していて、記憶の糸を視認できるそなたが適任と判断した」
「確認ですが仕事内容は、私がギルドとして申請のあった所に赴き、正しい管理ができるかどうかを判断するということですか?」
確かに自分は記憶の糸を見ることができる。
でも見るだけならば他にもできる事も知っている。
「もちろん、その人物のことについてはこちらでも調べるし、書類も確認はする。だが、記憶の糸の管理に適しているかということは、確認できるものが少ないのでな」
「どういうことでしょう?」
「記憶の糸を視認できない魔術師もいる。視認できるが、その動きをつぶさに見ることができない者もいる。忘却魔法は特殊な魔法ゆえ、適性が問われるようでな」
確かに忘却魔法そのものは今まで隠されてきたものだし、管理も難しい。
少なくとも抜かれた記憶の糸は本人の体に戻ろうとする力が常に働いているものだし、きちんと管理をしていなければ、本人の元に一部の記憶を別の場所に残してでも戻ろうとしてしまう。
その動きは何度も見ていたし、今回初めてイザークの記憶を管理して、人間の記憶の方が情報量が多いからか戻ろうとする力が強く働くということも知った。
確かに魔力量が弱く視認できない魔術師を派遣したらはぐらかされてしまうかもしれないし、少人数で魔法が使える人間を相手にするのだから、対魔法攻撃に対応できる魔術師を派遣する方が良いだろう。
「そうなのですか。でしたら適任は彼なのでは」
自分の記憶を見た彼は、記憶の糸をきれいなものだと言った。
辛い記憶が入っている糸でもこんなにきれいなものなら受け入れられると。
師匠はそういう人にこそ、記憶の糸を管理してほしいと思っているに違いない。
だからロイクールは自分ではない適任者を押した。
けれど魔術師長は首を横に振った。
「彼はまだ、いわば病み上がりだ。外で何かあってまた人間不信になられてはかなわん。それに彼にはここでやるべきことをやってもらわねばならん」
その言葉を聞いてロイクールは彼に任せない理由を理解した。
「魔術師長の後継者にということですね」
「察しが良いな」
「私の周囲で、魔術師長の後を継げるだけの器を持っているのは彼しかいません。魔力量も人間性も、そして地位も」
「そうだ」
魔術師長はこの会話で、ロイクールはここにいる魔術師たちのレベルの低さをすでに熟知しているのだと判断した。
ならば隠すことはない。
他の魔術師には申し訳ないが、他の魔術師はよほどのことがない限り、次期魔術師長になることはない。
イザークが魔術師長になる前に、さらに若い後継者が数人でも育ってくれたのなら、イザーク率いる王宮魔術師団に移っても安泰なのだが、魔力量や適性だけは生まれ持ったものも大きいので、そううまく人材を発掘できるものではないのが悩ましいところだ。
「それは他の皆も同じ考えだと思います。先日の模擬戦でのこともありますし……。分かりました。彼のためになるというのなら引き受けます。責任は持てませんが」
「それでいい。最終的な承認は国が行う。責任を問うことはない。ただ、直接管理する場所を見てきてほしいというだけだ」
ロイクールに判断ミスの責任は問わない。
けれど国の承認性を取るにあたり、ギルドにはきちんと王宮魔術師が確認に来るということを示す必要があるし、その確認も金で買収されそうな役人ではだめだ。
その点ロイクールならば、かの大魔術師の意志をきちんと継いで利益になびかず判断するはずだ。
後継者の件がなくとも、魔術師長からすればこれ以上の適任者はいない。
「ところで、国が決めた善し悪しの基準は何かあるのでしょうか」
ロイクールが要件を確認すると、少し考えてから魔術師長はこう言った。
「それは感覚で決めてもらってよい。だが基準は、そうだな……かの大魔術師が納得するかどうかを考えてもらえるとありがたい。そなたがギルドごとにどう判断したかをベースに、いずれは良し悪しに関しても基準を決めることになるだろう。判断基準さえできてしまえば他の者でもギルドの審査ができるようになる。その土台を作る仕事をしてもらいたいと思っている」
かの大魔術師の提案で、彼の恩に報いるための政策で、国の贖罪。
ロイクールはその全てを背負うことになる。
だが、ロイクール以上の適任者はいない。
かの大魔術師の弟子で、忘却魔法を彼から学んだ人物。
そして実際に使用することができ、かの大魔術師の使用意図も、管理方法も、その思いも、全てを継いでいる。
かの大魔術師の一番の理解者はロイクールで間違いない。
それは王族含め、王宮の総意だった。
「わかりました。謹んでお受けいたします」
師匠の役に立てるのなら、師匠がやり残したことを自分がやり遂げられるのなら、そう考えてロイクールはこの件を引き受けた。
こうしてロイクールは再び王宮から出てあちらこちら動きまわることになった。
師匠のいない一人旅、そして初めて任される責任の大きな仕事。
こうしてロイクールの地位はさらに向上することになるのだった。




