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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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新たな出会いと課せられた任務(3)

一方、魔術師長に呼び出しを受けたロイクールは、魔術師長の部屋で彼と対峙していた。


「呼んだのは他でもない」

「何でしょう」

「まずは彼を業務に戻れるようにしてくれたこと、感謝する」


ロイクールが聞き返すと、イザークが業務に戻れるようになったことに対する感謝の言葉を掛けられたが、その言葉に反して空気は重い。

そのため、その感謝を素直に受け取ることができずロイクールが返事をできずにいると、魔術師長は身構えているロイクールに言った。


「だが、あれを外に出すのに魔法を使ったな」

「……どうでしょうか」

「まぁ、お前はかの大魔術師の弟子だ。忘却魔法も使えるのだろう?」

「……」


ずっと隠し通せる訳はないと思っていたけれど、こんなにあっさりと知られるとも思っていなかった。

それにここで認める言葉を出すわけにはいかない。

彼とは一年、この魔法に関して口外しないという魔法契約を結んでいるのだ。

制約を受けているのは彼だけだが、ここで自分が話すのは、契約で縛られている彼の誠意を無駄にする行為だ。

ロイクールが黙りこんでいると、何かあると察したのか、魔術師長はため息をついた。


「まあいい。だがこれだけは忠告しておかねばならん」

「何でしょうか……?」

「現時点でも人間への忘却魔法の使用、記憶の糸の管理は厳重に行うことが定められている。今回それに触れるようなことはなかったようだが、今後使用は控えるように。無許可での人間への使用は罰則対象になる可能性もあるからな」


魔術師長はロイクールが忘却魔法を使えることが前提で話をするが、別にその力を国のために利用しようとしているわけではなさそうだ。

そしてロイクールに親切にも忠告をしてくる。

おそらく訓練場の使用許可を申請したあたりから気が付いていたのだろう。

けれどそれを黙認してくれていたことを考えれば、ここで認めても問題ないかもしれない。

ロイクールは大きく息をついてから覚悟を決めて言った。


「確かに魔術師長がおっしゃる通り、忘却魔法を使用することができます。記憶の糸の管理方法も聞いています。ですが私は今、誰の記憶の糸も持っていません。お調べいただいても構いません」


もしここで彼の記憶の糸を管理していたら危なかったが、幸い彼に記憶を返却した後だ。

そして彼以外の人間に忘却魔法は使用していない。

だから調べられても問題ない。

ロイクールが言いきると、魔術師長はうなずいた。


「ふむ。それでいい。そしてこのことは他言無用だ。わかるな?」

「もちろんです。私は自分が忘却魔法を使用できることを周囲に教えるつもりはありません。師匠のようにはなれませんから」

「資質はあると思うがな。忘却魔法については、かの大魔術師の魔法を真似て、似たようなことができるような者が悪用しようとしている形跡がある。今後、国でさらに厳しく管理することになる予定だ」

「記憶の糸を国が管理するのですか?」


国は戦争で国民を犠牲にしてきた。

今度は記憶の糸を持つという形で国民を管理しようとしているのかと、ロイクールがあからさまに怪訝な顔をすると、魔術師長は首を横に振った。


「いや、それは王宮魔術師の能力では無理が大きい。すでに使える者が、良からぬ使い方をした際、罪に問えるよう法を整えるのと同時に、適切な管理を行っている者たちが、それを生業とし生活ができるようにすること、また、記憶の糸を誰がどのくらい管理しているのかを明確にするため、新しいギルドを立ち上げ、そのギルドを国が管理する。その後、許可なき闇営業を撲滅することで、不正を減らす予定だ」


それは国が術師を囲おうとしているだけではないか。

そもそも王宮魔術師のレベルを考えれば、それより上の魔法を使える、魔力を持つ者を保護という名の元に手元に手繰り寄せようとしているだけのではないか。


「それは何のために必要なんですか?」


ロイクールが不信感を募らせて問うと、魔術師長はため息をついた。


「すでに記憶を誰かに預けてしまっている場合でも、その在り処を当人が知る権利を手放さなくても良いように。その記憶そのものが犯罪に使われずに済むように。本人の意思に関係なく記憶を抜かれ操作されないように。犯罪がもみ消されぬように。そんなところになるだろうという話だ」


どこか他人ごとのように話す魔術師長の言葉に、違和感を持ったロイクールは思わず尋ねた。


「魔術師長が提案しているわけではないのですか?」

「記憶を管理するギルドを作るべき、そしてもっと厳格に法で管理すべきというのは、かの大魔術師の提案だ。国としてもその法は役に立つし、国民も納得できるだろうと。彼は多くの記憶を預かっている。だからいずれ、そのようなギルドができたなら、自分がいなくなった後でも、その記憶を安心して預けられると考えているそうだ。国のために戦争で苦しんだ人間の記憶に、苦しめた国が責任を持てと、そういうことだな」

「師匠が……」


かの大魔術師は引退して隠居しているはずだ。

けれどロイクールが試験を受けている時なのか、別のタイミングなのかは分からないが、大魔術師は責任を放棄することなく、国に多くのことを進言していたらしい。

そしてそれを実現させようと動いていた。

初耳だったロイクールは驚いたけれど、どこか納得できるものがあった。

戦争が起こらないよう国境を見回り、時には忘却魔法を使った相手と面会してその様子を確認し、その中でロイクールは発見された。

あの旅そのものが最後の旅だったのなら、自分を育てたのが、そして王宮に送りこんだのが、このためなのだとしたら、自分はまだ大魔術師に恩返しができるのかもしれない。

ロイクールが色々思い出していると、魔術師長はロイクールをまっすぐに見て言った。


「そんな者を師に持つお前が、間違った使い方をするとは思わん。だが、この先、正式に法が改正され施行されるのは間違いない」

「ご忠告ありがとうございます。私が国のために忘却魔法を使うことは、おそらくありません。そもそももう戦争はしないのでしょう?私はそう思っております」


国のために忘却魔法を使うということは、戦争が起こり終戦するということだ。

だからそもそもその必要がないようにするべきだろうとロイクールが強く言うと、魔術師長はうつむいた。


「そうか……。そうだな。話は以上だ」

「では、失礼いたします」


ロイクールは少し不愉快な気分のまま、魔術師長の部屋を後にした。

そして魔術師長の話を思い起こしながら、師匠の背負わされた責任の大きさを改めて痛感するのだった。

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