新たな出会いと課せられた任務(1)
少し落ち着いたところで彼はすぐ寮の部屋から出た。
そしてたくさん人のいると思われる食堂へとまっすぐ向かう。
その足取りは先ほどまで記憶を失くしていた人間とも、恐怖で部屋から出られなかった引きこもりとも違う、貴族として堂々としたものだった。
ロイクールはそんな彼の後ろを黙ってついて歩いた。
記憶を戻したばかりで、本当ならばぼんやりとしていてもおかしくないはずなのに、彼の足取りはしっかりとしている。
彼が食堂の入口に立つと、途端に食堂が静まり返った。
そしてそこにいた人たちの視線の全てが彼に向けられる。
彼はそんな皆の視線を全て受けても、堂々とそこに立ち止まり、ただ穏やかな笑みを浮かべていた。
すると一人が我に返ったのか、拍手を始めた。
周囲もそれに習って拍手を始め、その音に乗って喝采の声が響いた。
どうやらここにいたほとんどが魔術師たちで、彼の勝利を称えて祝杯をあげていたようだ。
その握手の中、彼は自然と開かれた道を堂々と通っていく。
後ろに付いていたロイクールは少しためらいながらも、その後に続いた。
入口で見送るという選択肢もあればよかったのだが、中にいる魔術師たちの目がそれを許してくれなかったのだ。
中に進むにつれ、後ろから人がついてくる。
二人はあっという間に食堂にいた魔術師たちに囲まれた。
「あのさ……」
少し空間を開けて囲んでいた人垣の中から一人、緊張した様子で前に出てくる者がいた。
それを見た主役は、貴族らしく笑みを絶やすことなく彼の方を向いて呼びかけに応じた。
「何でしょう?」
「あの時は無理強いして本当に悪かった。ずっと謝りたかったんだ」
ロイクールは詳しく知らないが、おそらく前に出てきた彼は、以前引きこもった時に無理矢理部屋から引きずり出そうとした一人なのだろう。
そんな彼の言葉に背を押されたのか、次々と彼に並ぶように前に出てくる者が現れた。
「俺も……」
「自分もです」
そうして次々と謝罪の言葉を発していく彼らに、主役は笑みを消すことなく、そしてはっきりと言った。
「いや、皆、そんなに畏まらないでほしい。皆が私を思って手を尽くそうとしてくれたことを疑ったことはないんだ。私の力不足と勇気のなさか原因だから、気にしないでくれ。こちらこそ、皆に気を使わせて申し訳なく思っている」
頭は下げないが、はっきりとそう言う彼の凛とした姿に、隣に立っていたロイクールは驚いたが、きっとこれが本来の姿なのだろう。
目の前にいる彼らの安堵した様子からそう察した。
そうして主役はその場の中心になった。
彼は声をかけてくる一人一人に丁寧に対応している。
魔術師がどんどん彼を目指して接近してくるので、彼との距離は離れていくが、ロイクールは他の魔術師と交流するのを邪魔するつもりはない。
彼らが自分に注目しなくなったことを理解したロイクールは、飲み物を持って、騒ぎから離れたテーブル席に落ち着くと、そこから彼が称えられる様子を見ていたのだった。
しばらくするとロイクールの存在に気付いた人が一直線に向かってきた。
その様子に悪意は見られないし、彼が酒に酔っている様子もない。
明らかにロイクールに用があって向かってきている。
だが用件が分からない。
だからロイクールが警戒して黙っていると、彼はその様子を気に留める様子もなく語りだした。
「いやあ、魔術師さあ、見直したよ!ほんと、君が来てからどんどん変わっていくよね!もちろんいい方向にだよ?」
そう言いながらロイクールの方をポンポンと叩いてから、当人は向かい側の席に座った。
「あなたは……騎士団の方ですよね?」
なぜかこの場所に違和感なく混ざっているが、服装から察するに彼は騎士団の人間だ。
魔術師に敬遠されることなくここにいられるのもすごいが、気さくに話しかけてくる度胸もすごい。
ましてや相手は騎士を片っ端からなぎ倒したロイクールだ。
ロイクールがしたことを知っている騎士ならば、一人で自分の前に来ようなどと普通は考えないだろうと思っていたが、彼にそう言う考えはないらしい。
座ってからも自分のことを一方的に紹介している。
「そう!最近まで国境の門の監視やっててさ、ここに戻ったのは、荷物と書類置きに来るのを除いたら三年ぶりなんだよ。でも君の噂は聞いてる!」
ロイクールもさすがに攻撃してこない相手に自分から仕掛けるつもりはないので、警戒しながらも彼の動向を見守る。
一方の彼はというと、軽い調子で話し続けている。
「俺さあ、かの大魔術師に憧れてたんだけどさ、でも魔法使えなくて、せめて近い仕事したいなあって騎士団に入ったんだよね。だから魔法を使える魔術師たちが羨ましいよ」
本当にうらやましいと思っているのか、いいなぁとつぶやいて口をとがらせたりしている。
突然話しかけてきて気さくすぎる騎士、今までこのような人物がこの寮にいたのを見たことがなかっただけに、さすがのロイクールも困惑してきていると、彼は何か違うものを感じたのか、ポンと手を叩いて言った。
「あ、自己紹介してないじゃん。俺、ドレンって言うんだ!魔術師たちとは仲良くしたいから、気軽に呼び捨てていいからね?あ、英雄が来たから席を譲った方が良いかな?じゃあ!」
「はい……」
そう言ってドレンと名乗る騎士は素早く立ちあがると、ロイクールに手を振って嵐のように去っていった。
ドレンが去っていったところに、今日の主役が素早くロイクールの前に駆け寄ってきた。
「あの、ロイクールさん……」
「はい」
「先程の騎士、ドレン様は悪い方ではありません。ですが高位貴族です。気さくに話しかけてこられますが、対応にはご注意下さい」
彼に話を聞けば、間違いなくロイクールが気楽に話しかけたり、ましてや呼び捨てにしたりしていいような人物ではないことが分かった。
相手が一方的に話すので、勢いに押されて返事くらいしかしていないのが幸いしたかもしれない。
「そうなのですね。わかりました。ありがとうございます」
教えてもらっていなかったら、自分が答えを求められた時に気楽に返してしまったり、見かけた時にこちらから声をかけてしまったりしたかもしれない。
王宮内では魔術師としてそれなりに尊敬の目を集めているロイクールではあるが、だからといって自分が平民なことに変わりはない。
しかも相手は騎士だ。
なぜここに混ざっていたのかは分からないが、あまり自分からは関わらないようにするのが正解だろう。
「あと……」
「何でしょう」
まだ何か注意点があるのかとロイクールが真剣に聞き返すと、彼は目を泳がせながら早口で言った。
「私のことも、これからはイザークと呼んでください」
「え?」
「私の方が先に知り合ったのに、ドレン様よりロイクールさんに距離のある呼ばれ方をされるのは悔しいです」
彼が拗ねた様子を見せたので、ロイクールは苦笑いを浮かべて恐れ多いと思いながらもその名を口にした。
「分かりました。イザーク様……」
イザークはロイクールに名前を呼ばれたものの、少しがっかりしたように言った。
「呼び捨ての方がいいんですけど、それはロイクールさんにはハードルが高いと思うので、様じゃなくてせめてさん付けとかにしてもらえますか?希望は呼び捨てですが……」
「善処します」
さすがにくらいが高いと分かっている人を呼び捨てにするのは気が引ける。
ただその気持ちは嬉しいと、ロイクールは彼の言葉にうなずくことで答えたのだった。




