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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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模擬戦とトラウマ(11)

試合中の彼が騎士を弾き飛ばすことを繰り返す中、状況が進展しないこともあり、視線はそのままに、先輩はロイクールに気になることを尋ねた。


「さっきの話だが、例えば魔法で明かりを灯すとかは精神状態に関係ないよな」


魔法には種類がたくさんある。

だからすべての魔法に精神状態が関係すると言われてもそうは思えないと先輩は言った。


「厳密にはありますよ。明かりなら、使用した際、多少の誤差を問題にはしないでしょう。要は見る時に眩しくなく、必要な範囲が見えれば多少暗くてもいい。だから感覚的に影響していないように見えるだけです」

「そうか」


要は発動している人がちょうどいいと感じる加減に自然と調整されているので、見やすさ、感じ方は変わらない。

その感じ方を同じにするというのは、充分精神状態が関係しているだろうとロイクールは説明する。

そしてその光の明るさから防御魔法の話に戻して、模擬戦の攻防について補足した。


「戦闘は、明かりを灯すより、はるかに精神に影響する状態です。戦闘は攻撃だけではなく、防御も必須。特に先輩は攻撃を躊躇する方みたいですから、攻撃より防御が強くなるのは仕方がないでしょう。お人好しすぎるとは思いますが」

「お人好しか……。まあ、そういうやつだな。だから皆に好かれるんだろう」


先輩はそう言いながら戦いを続けている二人の方に視線を戻した。

それを確認したロイクールも模擬戦の様子を確認する。

しかしこれだけ話をしていても状況は変わっていなかった。

先輩は気付いていないかもしれないが、これだけ長い時間相手をはじき続けているのは魔力量の多い証拠だ。

そうしてロイクールは彼の魔力量の多さを改めて実感したのだった。



実は魔術師長とロイクールは最初から戦いがよく見えるにいた。

そうはいっても一緒にいると自分たちが仕組んだことが知られてしまうので、観客席の離れた位置にそれぞれついている。

加えて事情を知っているので、この試合がこちらから希望したものだと知っていたし、騎士側に依頼をする時、魔術師長はお手柔らかにと伝えたらしく、騎士は彼を完全に侮っていて、どうせすぐに終わるだろうと思っていたらしい。

けれど、いつまでも戻らない魔術師長と騎士団長に、まさか接戦になっているのかと、双方気になったらしい。

皆、仕事中のはずなのに、噂が広がったのか、騎士側も魔術師側もいつの間にかギャラリーが増えていった。

模擬戦に関して、騎士に文句を言われて強制されたのだろうと、哀れみの目でちらちらと気にして足を止める魔術師もいるが、大っぴらに応援したりはしない。

気になるけど、自分が目立ち巻き込まれるのが怖いのだ。

だからひっそりと、心配そうに佇んでいた。

しかし試合が始まり、彼が負けないことがわかると、徐々に見える位置に移動してきた。

足を運んだ彼らが見たのは、矢面に叩かれた魔術師のおどおどしながらも倒れない姿だ。

騎士の攻撃を受けながらも倒れることがない。

むしろ騎士が何度も向かっては吹っ飛ばされて、勝手に傷を増やしていってる感じだ。



最初は訓練場の客席にいる騎士を恐れて姿を隠して眺めていた魔術師たちも、その攻防を見ているうちに、いつの間にか前に出て声援を送っている。

けれど状況が変わらないので、これではいつまでも決着がつかない。

防御魔法による魔力消費の限界が先か、騎士が彼に向かっていく体力が先か、どちらかが尽きるまでこの繰り返しになってしまう。

この試合、引き分けではだめなのだ。

まず、相手の体力が尽きたから勝ちましたではなく、きちんと攻撃をして相手を戦闘不能にしなければ意味がない。

攻撃魔法を打つ恐怖からも解放される必要がある。

もしまた絡まれた時、躊躇なく相手に攻撃ができるくらいの精神力がなければ、またいつ、引きこもりに戻ってしまうか分からない危うさが彼にはあるのだ。

能力はある。

だからあとは自分で対処できるという自信を持ってもらいたい。

それら全てを達成できてこそ、彼はトラウマから解き放たれると、ロイクールは考えている。



「大丈夫です。あなたなら加減できます。それにここには魔術師長もいます。攻撃してください!自分の手で決着をつけましょう!そのための模擬戦じゃないですか!」


ロイクールが長引く試合に決着をつける時だと告げると、彼は防御魔法を発動したまま攻撃を繰り出した。

精神的な恐怖に加え、少し疲れていたのかもしれない。

彼はロイクールに声を掛けられて反射的にそうしたようだ。


「防御魔法を発動したまま、攻撃魔法を繰り出したぞ。やるではないか」


遠くで魔術師長がそうつぶやいていたが、他の人たちは彼が攻撃魔法を繰り出しながらも放たずにいるため、攻撃魔法の行方を見守っていた。

しかし彼は覚悟を決めたのだろう。

迫りくる騎士に向かって、訓練した通りの攻撃魔法をついに放った。


「ぐはっ!」


急に近距離で攻撃魔法を放たれたため、騎士は避けることができず、魔法の直撃を受けて呻きながら勢いよくふっとばされた。

騎士からすれば完全に不意打ちを受けた形で、防御体勢を整えることもできない。

防御魔法ではなく、攻撃魔法で飛ばされた彼の身体はそのまま強く壁に当たり、そのまま地面にずり落ちた。

声援が止み、ギャラリーは静かになる。

騎士団長と魔術師長も一瞬言葉を失ったが、騎士が動かないことに気がついて声を上げた。


「そこまで!」


試合終了の合図とともに、彼は防御魔法を解く事もなくその場に座り込んだ。

そして、遠くで意識のない騎士を見ながら、呆然としていたのだった。



意識を失くした騎士の元に魔術師長が静かに近付くと、すぐに回復魔法をかけた。

すると騎士は意識が戻ったのかうめき声を上げる。

そして体を起こすと、彼を睨んでから、背を向けて立ち去った。

会場にいる騎士たちも困惑した様子を見せながら、徐々に客席から散って行った。

魔術師側の観客席は、騎士たちが去っていくのを見て、ようやく勝利を実感したのか、歓声を上げた。

そしてまだ呆然としている彼に労いの言葉を投げかける。


「勝ったのか……?本当に?」


客席からの声を浴びながらも信じられないと言った様子でそうつぶやいた彼の元に、魔術師長が歩み寄って告げる。


「見事な勝利だった。よくやった」


声を掛けられて、彼が顔を上げると、笑みを浮かべた魔術師長が目の前にいた。


「……はい」


彼が返事をすると、魔術師長がうなずいてから言う。


「実感はないかもしれんが、完全勝利だ。防御魔法で相手の攻撃を防ぎ、自身の放った攻撃魔法で相手を戦闘不能にしたのだからな」


魔術師長の言葉を聞いた客席の魔術師の中には、感極まって涙する者までいた。

元々、かの大魔術師の弟子で能力のあるロイクールの勝利より、彼の勝利の方が魔術師たちの心には深く刻まれたのだ。

次は自分たちの番、最後に客席を見た魔術師長は暗にそう彼らに伝えようとしていた。

彼らもそれを正しく受け取って、再び魔術師としての誇りを取り戻そうと決意するのだった。

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