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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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模擬戦とトラウマ(9)

案の定、彼は筋が良かった。

もともと才能のある人なのだ。

水魔法での加減は数日でマスターでき、水魔法で覚えた加減はすぐに他の攻撃魔法の応用にも使えるようになった。

そして過剰に使用されていた防御魔法も、気持ち弱く発動できるようになっていた。

そこまでできるようになっても、防御を弱めるのはまだ勇気がいる。

それは仕方のないことだ。

けれど順調なのはここまでだった。

最初にも引っかかった最大の難関、人に向けて放つ、彼にはこの試練が待っていた。

何度、充分に弱められているから問題ないと伝えても、彼はそれをロイクールに向かって打つことができないのだ。



「やっぱり人を相手に攻撃するのは怖いです。的ならいいですけど……」


やはり対人攻撃は抵抗感が強いと彼は言う。

おそらく自分がされたら嫌な事を他人にできないという心根の持ち主なのだろう。

けれどそれは何とか乗り越えてもらわなければならないものだ。

そうでなければ模擬戦で騎士を相手に完全勝利をすることはできない。


「力を加減することはできています。思い出してください。初めて防御魔法を纏って廊下を歩いた時のことを」

「え?」


防御魔法と言われ、攻撃魔法の話ではないのかと彼が注意をロイクールに向けると、ロイクールはうなずいた。


「あの時、不意に当たったものは壊れましたよね?私はあの時のあなたより強い防御が可能だし、あなたはその力加減であの時の防御魔法より弱い、物を壊さない強さに調整した攻撃魔法も使えるようになりました。私に当たっても、私は必ず魔法を防ぎます。多少強くなったくらいで怪我などしません。私に当てるだけでいいんです。それが次のステップにつながります」


ロイクールはそう説得を試みるが、彼は魔法を発動させたまま首を横に振る。


「でももしもの事があったら……」

「もしもの時はずぶぬれになるだけです。すでにそのくらいコントロールできています」


防御魔法で防げるし、直に受けても軽く吹っ飛んで濡れるくらいの威力になっているのは見ただけで分かる。

彼も魔力の消費量からそれは実感できているはずだ。

けれど彼は調整できていることに自信が持てないでいる。


「せめて的で一度、どのくらいなのか試せたら……」

「じゃあ、壁に向かって打ってみればいいと思います。今なら丸い後が付くくらいですみます」

「でもへこんだりはしますよね」

「それは……」


攻撃魔法なのでへこまないとは言えない。

そう言い淀んでいると、壁がへこむ強さを人に向かっては打てないと、何だかんだ言い訳されてしまう。


「そもそも、ここの試験に攻撃魔法を的に当てるのはあったはず。あなたは的になら当てられる。だからここに入ることができたのでしょう?」


ロイクールが試験の事を思い出し、離れたところにある的に攻撃魔法を当てる試験の話を持ち出すと、彼は苦笑いを浮かべた。


「あれは……形式的なものなので、外しても発動できることが確認されれば入れると思います」

「……そうなんですね」


ロイクールにとってその判断基準は想定外だった。

確かに魔法が使える人は希少だ。

けれどそれをコントロールできる力を持っているから王宮魔術師としてここにいるのだと思っていた。

そしてコントロールできるから、魔術師の皆が魔法契約の書類を作る仕事ができていると思っている。


「失望しましたか?皆、あなたから見れば能力が低く見えるでしょう?」


驚いた表情を見せたロイクールを見て、彼はため息をついた。


「すみません。そこまで王宮魔術師の方々と接点がないので、判断できかねます」

「ああ、確かに」

「ですが、魔力量の多いあなたや、出力コントロールの上手い先輩の能力が低いとは思いません」


ロイクールが接点のある魔術師は限られている。

実際仕事部屋以外なら、寮で見かける魔術師もいる。

書類仕事をする部屋で見かける人以外が何をしているのかは分からないが、そんなに少なくない人数のはずだ。

そして魔力量や技術において、違いはあれど優劣はあまりないと考えている。


「そんな風に言ってもらえるとは思わなかった。ありがとう」


彼はそう言うとようやく安堵した表情を見せた。

彼はロイクールに攻撃魔法を放てないことを能力の低さと考え、他の魔術師たちと同様に魔力量が多いのにいざという時に何もできないと呆れられてしまったのではないかと思っていたのだ。


「それではこうしましょう。攻撃力の低い水魔法を、片手でコントロールして、防御魔法をかけているもう片方の手で受けてみてください。それなら私に攻撃しなくても、どれがどのくらいの威力か分かるでしょう」


ロイクールが思いつきでそう言うと、彼はそれならばと早速左手に水魔法を、右手に強めの防御魔法をかけ始めた。

もともと防御魔法を全身にかけているので、右手だけ防御魔法が強化された形になっているが、彼はおそらくその事には気が付いていない。

ロイクールはそれを意識せずにできている彼を見て感心していた。

やはり彼には才能があるということだ。


「いきます!」


彼はそう言うと、自分の右手に水魔法を近付けた。

近付けながら自分の攻撃魔法が怖いのか少し顔をそむけつつ、その恐怖の影響で右手の防御魔法を強くする。

そして右手と左手が合わさる時、彼の防御魔法にはじかれた水魔法は水しぶきとなって周囲に飛び散った。

その水しぶきは彼の全身に掛けられた防御魔法にも弾かれて、彼自身が水を浴びる事はなく、また近くにいたロイクールにも水しぶきは飛んできたものの、やはり防御魔法が弾いたので濡れる事はなかった。

そして訓練場の地面に飛び散った水しぶきだけが、彼の使った攻撃魔法の痕跡として残っていた。


「大丈夫ですか?」

「はい……」


水しぶきが飛び散ってから呆然としている彼にロイクールが声をかけると、彼は我に返ってうなずいた。


「痛みはないですか?」

「ないです……」

「問題なかったでしょう?」

「そう……ですね……」


防御魔法が攻撃魔法を上回ったため、当然彼は怪我ひとつしていない。

水しぶきも浴びないくらいの完全な防御だから当然なのだが、それを確認することで彼の自信になればとロイクールは続ける。


「私も防御できました。もうそれだけのコントロールができるようになったということです。自信を持ってください」

「……はい。ありがとうございます」


結局、第三者に向けて攻撃魔法を打つことは出来なかったが、自分の防御魔法でカバーできる強さまで攻撃力を落とせるようになったことは自信になったようだ。

そんなことがあり、彼はこの日、模擬戦に挑むことを自ら決断した。

そしてその情報がロイクールから魔術師長に伝えられると、すぐに模擬戦の日取りが決められたのだった。

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