表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/223

協定と不穏な動き(前編)

「話も聞いてもらえなかったよ」


ロイのギルドを訪ねたものの、相手にされなかった殿下は苦笑いを浮かべてそう漏らした。

わざわざ時間を作ってロイと直接話をするためにギルドまで足を運んでみたものの、あっさりと追い返されてしまった。

話しかけ方がまずかったのか、気がつけば彼のペースで話は進んでいて、今回の件をはぐらかしながら切り出すことすらできなかった。


「あなたでもダメでしたか、殿下……」


そんな殿下に同じく苦笑いを浮かべて答えているのは王宮の騎士団長である。


「こうなってしまった以上、事情を説明してでも協力を取り付けておいた方がいいと思いますが……」


騎士団長が殿下に提案をするが、それはすぐに却下された。


「それだと国民の不安を煽ることになりかねないし、何より彼が抜いたのは彼女の記憶だけで、あの時のことは国民の皆が覚えている。当時から批判はあったが、結果として今、この国が平穏だから、咎められずに済んでいるんだ。ここで相手国の動きを悟られたり、王宮が動いていると知られたりすれば、国内も荒れるだろうな」


どこか他人ごとのように殿下は言った。

色々考えているものの先手を打つことができず、ここ数カ月は頭を抱えたままだ。

考えを放棄したくなる気持ちは分からなくない。

しかし、情報を開示して説得を進めれば諦めなくてもいいかもしれないのだ。

騎士団長はもう一度、殿下の説得を試みる。


「ですから……」

「彼がこの国を助けてくれると思うかい?」

「それは……」


殿下はできればもう一度、彼を配下におきたいが、その一方で彼のことを全面的に信用していないところがある。

信用できないようなことをした自覚があると言った方が正しいかもしれない。

騎士団長が言葉につまっていると殿下は言った。


「むしろ彼なら喜んでこの国を差し出すんじゃないか?」

「……そうかもしれませんね」

「だとすれば、事情は話せないだろう?」

「そうですね……」


さすがにご丁寧に情報を提供して、国を差し出すような真似はしないだろうが、手助けをしてもらえない結果、そういうことになるかもしれないとは考える。

そして彼はそれを望んでいるから、この状況を知ったら、助けてはくれないのではないかとは思う。

それは殿下の言う通りだろう。

だが、説明しなくても協力は得られていないのだ。

それなら少しでも可能性のある方に掛けたいと考えるのが普通なのではなかろうか。


「何も言わないでおいて、同盟国から攻め込まれたところを直に見てもらった方が、彼は国のために働いてくれるんじゃないかな?」


殿下は最悪の事態を起こして身動きを取れなくすれば、自分のためという名目で戦ってくれるのではないかと言い出した。

それでは国民はどうなるのだ。

そんなことをしたら、彼が加勢するまでに多くの犠牲者が出てしまう。

それに、犠牲者が出たところで、本当に彼が加勢してくれるとは断言できない。

騎士団長としては一人でも多くを救いたいし、無駄な血は一滴たりとも流したくはない。

殿下という人も普段はそんな人ではないが、もう無責任な意見しか出せなくなっているのだろう。

だが、彼はそんなことではきっと動かない。

殿下や騎士団には国民を守る義務があるが、彼にはそれがない。

そのような重責を負いたくないからこそ、ここを離れていってしまったのは明白だ。

騎士団長は殿下を睨みながら言った。


「それはどうでしょうか。自分の身だけならいくらでも守れるでしょうから、亡命するかもしれません」


彼には国民を守るだけの力がある。

優秀な彼だからこそ協力を望んでいるのだ。

それだけの力を持っている彼ならば亡命を希望すれば、その能力を買われて引く手あまただろう。

かなり良い待遇も期待できるし、そもそも能力が高いのだから、亡命先で仕事に困ることもないはずだ。

もしもの事態の中、彼が希望する国まで戦火を潜り抜けて他国にたどり着けるのかと言われたら、おそらく余裕だろう。

他人を守らず、戦いで人も殺さず、自分のことだけでいいなんて、彼からすれば朝飯前に違いない。


「ああ、なるほどね。他国に行かれるのは困るな。君は最後まであの件に反対していたんだったね」

「こうなることは想定できましたから」


国を守りたいのなら、この国トップとも言える魔術師を敵に回すべきではなかったのだ。

彼を犠牲にしたのだから、協力が得られないのは当然で、この国は彼に愛想を尽かされてしまっているに違いない。


「そうか……。我々は選択を間違えたのかな……」

「あなたの立場では、あの選択をするしかなかったと思います。彼もそれは理解していると思いますが、彼からすれば……」

「みなまで言うな。わかっている。わかってはいるんだ……」


殿下は再び頭を抱え始めた。

もともと殿下は彼と親しかった。

だからその仕打ちがどれだけ彼を苦しめ、不幸にしたのか理解している。

このまま悩み続ければどんどん殿下のノイローゼが酷くなってしまう。



正直、騎士団長も彼とは仲が良かったのだ。

本当は彼を苦しめた国のために何かをしてくれなどとは言いたくない。

けれど、殿下の苦しみも理解できるし、多くの国民の命もかかっている。

何もしないわけにはいかない、そういう立場なのだ。

自分がもう一度間に入るしかないのかと、騎士団長はため息をついた。


「もう少し、話してみたいと思います……」

「そうしてくれるか」

「はい」


敵に回してはいけない人物を敵に回してしまったと、二人は少し後悔していた。

だが、その時はそれを実行するしかなかったのだ。

判断をした自分たちだって辛くなかったわけではない。

断腸の思いだった。

ただ、その話を進める上で彼をないがしろにしたのは事実だ。

恨まれる覚悟はあったが、どこかで理解してくれるだろうと高をくくっていたのは間違いない。

今さら手遅れかもしれないが、二人はロイに誠意を見せようと努力するつもりでいる。

けれど、それは彼がこの国に協力してくれることに同意してくれたらの話だ。

その時点でかなり傲慢な話なのは分かっているが、立場が誠意を先に見せることを許してくれない。

どうかロイにだけは理解してほしいと思うのは、やはり甘えなのかもしれない。

説得のために外出すると言い残し、騎士団長が出ていった部屋で、殿下はそんなことを思っているのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ