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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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模擬戦とトラウマ(8)

早朝に魔術師長を訪ねたロイクールは、早速昨日の方針を彼に伝えた。

魔術師長はロイクールの報告をただ黙って受け入れた。

そしてロイクールからお伺いを立てる形で、何かアドバイスはあるかと聞いたが、とりあえずその方向で進めてほしい、特に問題はないとだけ言った。

ロイクールも長居するつもりはなかったので、問題がないのならとすぐその部屋を出ることにした。

早朝の二人のやり取りはそれだけだったが、魔術師長はロイクールの話を聞いて嬉しそうにしていたので、何も言ってこなかったけれど報告を待っていたのかもしれない。

ロイクールは彼の反応からそんな事を感じながら魔術師長の部屋を出ると仕事に向かうのだった。



そうして訓練二日目の夜が来た。

ロイクールが彼を迎えに行くと、彼は二人分の菓子を用意していた。


「昨日はごちそうさまでした。一人でいただいてしまって申し訳なかったので、今日はロイクールさんの分も、お菓子ですけど用意したんです。これなら一緒に食べられるんじゃないかと思いまして」


それとなく彼はロイクールを名前で呼んだ。

しかもさん付けであることから、彼はロイクールを自分と対等、またはそれ以上とみている様子だ。

けれどそこに過剰反応をするのもおかしいので、ロイクールはお菓子に対して返答をすることにした。


「ありがとうございます。実は私も一緒に軽食を食べられたらと二人分作ってきたんです。だめでしたら持ち帰って部屋で食べるつもりでした。きっと許可はくださるだろうと思っていましたが、まさかお菓子を用意してくださっているなんて思いませんでした」


ロイクールが実は今日は自分の分も軽食を用意していたと話すと、彼は嬉しそうに目を輝かせた。


「考えることは同じということですね。昨日、人と一緒に食事をした感じを思い出して、それならあなたにも何か一緒に口にしてもらいたいと思ったのです。でもここでは食事を用意するのは難しいので、部屋に保存食として蓄えていたお菓子になってしまいましたけど」


ロイクールのように食堂から材料を調達することは難しい。

だから差し入れとしてもらったり、もしくは人に買い物で頼んだりして手に入れた、保存食としている日持ちのするお菓子しか準備できなかったと謙虚にそう言う。

けれどロイクールはそれらのお菓子が高級品である事をよく知っている。

見た目が美しくおいしいものならなおさらだ。

しかし彼はそんな高級品を自分のために出してくれた。

それだけでどれだけ気を使われているのか分かる。


「いえ、そんなふうに気を使ってもらえただけで嬉しいです。今まで自分とご飯を食べることを喜んでもらえるなんて機会は……、ほとんどありませんでしたから」


全くなかったわけではない。

師匠と旅をしていた時、師匠はずっと一人だったから自分とご飯を食べられて嬉しいと言ってくれたし、道中の食堂で同席した人にも楽しい食事の席だと言ってもらったことがある。

ここに来てからは騎士たちに目をつけられていることもあって、そう言われることもなくなってしまっていたが、だからといって全くなかったというのは違う。

家族が健在だった時だって、食事は一人ではなかったのだ。

過去は否定せず受け入れる。

師匠と生活してそうすることの大切さを学んできた。

だから途中まで出かかった言葉を飲み込んで言い直した。


「ではせっかく用意した食事とお菓子を美味しくいただくために、訓練に行きましょうか」

「そうですね。つい嬉しくて話し込んでしまいました」

「いえ、ちょうどいいかもしれません。時間が遅くなれば人が少なくなりますから」

「そうですね」



その日も人に見つからないよう、ロイクールが先導して非常口を抜けて訓練場へと向かった。

彼の部屋の非常口は近いので、非常口を出るのは比較的容易だ。

非常口から外に出る時は、周囲に何もないので人影がない事をよく確認してからでなければならず、少々気を使う。

そこから光の当たらない場所まで移動できれば、あとは寮から離れるだけなので、余り気を使う事はない。

二人で訓練場に向かいながら周囲に注意を払っていた二人は、前日よりもスムーズに訓練場に向かう事ができた。



訓練場についてからは昨日話した通り、水魔法で調整の練習を行った。

大きくなりすぎたものは魔力の消費を抑えるために空に向かって打ち、その水が落ちてくるまでは屋根の下に避難、そして水が降り終わったら、ロイクールが火魔法で軽く地面の水分を飛ばしてからもう一度その場所に戻り、もう一度同じことを繰り返す。

一度出した魔法を自分の中に取り込まない分、彼は魔力の消耗を抑えることができるからか、王宮魔術師が一発放っただけで魔力が足りなくなりそうな魔法を何発も空に打ち上げている。

しばらくすると観客席に魔術師長が姿を見せるが、彼は二人の様子を遠くから眺めるだけで、声をかけてくる事はない。

声をかければ彼が委縮し訓練の妨げになる事を理解しているからだ。

だからただロイクールが報告をした内容で訓練が行われているのかを確認しているだけである。



そうして数日。

訓練を終えて廊下に人がいなくなるタイミングまで、観客席の椅子で軽食を取りながら休憩をする日々は、二人の気持ちを充実させるものになった。

これをきっかけに、ロイクールは訓練の日、食堂で食事を取ることをやめ、彼と二人で食事を楽しむようになった。

彼もそれは同じようで、いつもお菓子を持ってきてくれる。

そのお菓子はどこで手に入れているのかとロイクールは不思議に思っていたが、どうやら彼の使用人が寮に届けていて、書類と同様に届いたら廊下に置いてもらえるようにしているらしい。

そんな渡し方をして、毒物とすり替えられたりする心配はないのかとロイクールは考えたが、毒物に耐性を付けるような生活を送っていたので多少の毒は問題ないし、多少おかしなものが入っていても、自分で毒を浄化する魔法が使えるから問題なかったという。

だから、ロイクールと一緒に食べるなら、お菓子を提供する自分が先に毒味をすると言う。

ロイクールも野宿の生活の際、食べてはいけないものを誤って口にしてしまうこともあって、それを自分で対処するための魔法は使用できる。

条件は違うかもしれないが、毒に対する魔法は二人とも使えるのだから、魔法発動前に毒がまわらない限りは問題ない。

けれどロイクールは彼の厚意に甘える方がいいような気がして、素直に彼に感謝を示したのだった。

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