模擬戦とトラウマ(7)
彼の話を聞いて、ロイクールは一つの考えに行き着いた。
彼はすでにコントロールできている。
それを彼が認めていないだけなのだ。
魔法を消す際に、弱めていく方法が取れるなら、消さずに弱めたものを放てばいい。
そしてその強さを理解できるようになれば、その強さが出せるようになるはずだ。
おそらく、最初に強い魔法を出してしまうのは、強さの感覚が掴めていないのと、防御魔法と同様に精神が過剰反応しているだけなのだ。
それならば冷静に対応すれば、少なくとも消す時のように対応できるようになれば、その時点で強さのコントロールは問題なくなるはずである。
とりあえず彼は強い攻撃魔法を発動することはできる。
そしてそれを弱める方法も知っている。
それならば、まずは出してしまった攻撃魔法をどのくらい弱めればいいのか知ってもらうところから始めよう。
そしてそれは水魔法からにすればいい。
そうすれば空に打ち上げるだけですむ。
いずれは他の魔法でもできるようになる必要があるだろうが、一つの種類の魔法で感覚を掴んでからの方が進みがいいだろう。
ここでロイクールは一つ疑問を持った。
普段彼は仕事をどのようにこなしているのかだ。
完成したものは見たことがあるが、彼が仕事をしている様子は見たことがない。
一度、彼と魔法契約を結んだ際に作業を見たが、あの時は力の加減などいちいち考える様子は見せなかった。
むしろ瞬時にこなしていて驚いたくらいだ。
契約書の作成には多くの魔力を使う。
注ぎ込む魔力量が多ければ、紙がだめになる可能性もあるし、そうでなくとも多くの魔力を一枚の契約書に注ぎ込んでしまえば、大量に作る前に魔力切れを起こしてしまうはずである。
彼の魔力量は多いが、それでも毎日大量の契約書を作成しているのだから、そんなに多くの魔力を使っているとは考えにくい。
それは魔力量を調整できているからではないのか。
ロイクールはそれを確認すべく彼に尋ねた。
「書類作りはどうしているのですか?」
あまりに強い魔力を入れれば、紙の方がダメになるのではないか。
ロイクールはそう考えて、仕事の際は先輩のうっすらとかける魔力の量に近いものを使用するようにしている。
普段から他人に違和感を与えない程度に、常にうっすらと防御魔法を発動しているロイクールからすればそのくらいの調整はたやすい。
けれど彼はその魔力の量の調整が苦手で、それが故に攻撃魔法を相手に打てないはずだ。
ロイクールが不思議に思って尋ねると、彼は苦笑いを浮かべた。
「似たようなものですね。さすがに毎日やっているので最初からうまくできるようになりましたけど、最初のうちは魔力を込め過ぎたりしてました。幸い攻撃魔法とかではないですから、強かろうと害はないものなので問題にはなりませんでした。契約魔法の書類作成に関しては、自分の魔力が必要以上にそがれるだけです」
確かに契約魔法の発動条件は、署名をするためのインクと契約用紙の術師が一緒であることだ。
その条件を満たしていれば込められている魔力量は関係ない。
だから魔力量の少ない先輩でも、インクと契約用紙に器用にうっすらと魔力を入れることで、作成量を増やすことができているのだが、それは強すぎても問題ないらしい。
紙とインクに掛けられている魔法のバランスや相性が重視される魔法だからだろう。
ちなみに彼はこの作業で紙をダメにしたこともないそうだ。
それはそれで新しい発見だ。
ロイクールが感心していると、彼は表情を曇らせた。
「だから、仕事はできるけれど、模擬戦ではお荷物で……。魔力量が多いから期待される分、辛かったんだ」
今回の訓練で、次の模擬戦で、皆の期待に応えたい。
彼の意識の中にはそのような感情が芽生えていたらしい。
ロイクールは彼が前向きに訓練に取り組んでいけそうだと分かり、このまま上手くいく事を願うのだった。
とりあえずロイクールは彼に今後の訓練の進行方向について彼に確認することにした。
まずは感覚がつかめるようになるまで、水魔法だけで訓練し、それができるようになったら他の攻撃魔法で試す。
強さの加減ができるようになったら、今度は対人戦で使えるようにする。
水魔法なら今日のように空に向かって打てば雨のように降ってくるだけで、誰も怪我はしないし、設備が壊れる事もないだろうと言うと、彼はそれを受け入れた。
その日はこの休憩後、一度だけ水魔法の力の調整の練習をして訓練を終了することにした。
食事をして、今後の方針を話しているうちにいい時間になってしまったのだ。
訓練を見に来ていた魔術師長には申し訳ないが、訓練は明日以降も続くし、方針が決まったのだから、この先は訓練に集中できるだろう。
こうして初日の訓練を終えたロイクール達は、夜中にひっそりと寮へ戻ることになった。
ここで失敗したら彼がまだ外に出られなくなるかもしれないと考えると、特に慎重に動いて、人に会うことなく部屋までたどり着けなければならない。
もちろん、何かあってはいけないので彼を部屋まで送ってからロイクールは自分の部屋に戻る事は決まっている。
それだけでも彼には安心してもらえるはずだ。
二人は寮の入口で立ち止まると、ロイクールが音をさせないよう静かにそのドアを開けた。
そして先に中に入って様子を確認し、廊下に誰もいない事を確認してから彼を手招きする。
それを階段や廊下の角など、死角になる場所に差し掛かるたびに行い、その日は誰に会う事もなく彼を部屋に送り届けることができた。
「今日はありがとうございました」
「はい。話声が響くので、また明日話しましょう」
「そうですね。明日もよろしくお願いします」
部屋に無事にたどり着いたところで、軽く挨拶をしてロイクールは彼と別れた。
長く話していればその声が近くの部屋に聞こえてしまうかもしれない。
せっかく見つからないで戻れたのに、自分たちが人を招いてしまっては意味がない。
彼と別れたロイクールは一人、自室に向かいながら、こんなに喜んでもらえるのなら休憩中の軽食は、明日も用意しようと考えた。
そしてこれからは自分の分も用意して、彼と一緒に食べるようにすれば、自分も美味しく食事ができるかもしれない。
明日、準備ができたらとりあえず自分も一緒に休憩のタイミングで軽食を取っていいか聞いてみよう。
相手は貴族で自分は平民なので、食堂でもない限り一緒に食事をすることなどないだろうから、確認してからにしなければ不敬に当たるかもしれない。
今日は確認できなかったので、とりあえず準備をしていって、もしいいと言われたら一緒に、駄目だったら持ち帰ればいい。
今日の軽食だって、不要だと言われたら持ち帰るつもりだったのだ。
でも何となく、彼は自分と食事をすることを受け入れてくれる気がする。
ロイクールはそんなことを思っていたのだった。
部屋に戻ったロイクールは、冷静に今日会った事を思い返しながら、明日にでも決定した内容は魔術師長に共有しなければと考えた。
とりあえずロイクールの考えた案で訓練は進めることになるが、もしかしたら魔術師長からも何か良いアイデアをもらえるかもしれないし、この先、訓練に何か必要になった際、何かと融通してもらわなければならないかもしれないからだ。
師匠はこういった些細な根回しを大事にした方がいいとロイクールに教えていた。
特に貴族を相手にする場合、その相手が立てなければならない相手ならばなおさら、事前に情報を与えておく方が無難らしい。
ロイクールからすれば、本人は訓練場に来るのだし、直に目にするのだから別にいいだろうとも思うが、その辺りのやり取りを失敗すると、この先、居場所を失くすかもしれないと注意されている。
昨日の内容を報告されて気分を害する人ではないだろうし、逆に自分の聞こえないところで何を話しているのか気にされているかもしれない。
それならば先手を打とう。
ロイクールは翌朝、早い時間に部屋を出て魔術師長に報告へ向かうのだった。




