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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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魔法契約と忘却魔法(5)

本当ならばどのような状況であっても、自分から忘却魔法の詳細は話すべきではないだろう。

自分でも禁術の部類だと理解している。

けれどすでに口外しないと魔法契約は結んでいるし、この魔法自体は師匠である大魔術師も使っていたものだ。

大魔術師が戦争から立ち直れなくなった人たちのために、そして国のためにとしてきたことなので、当然、大魔術師の魔法について王宮魔術師や王族の一部は知っている。

そしてロイクールは彼の弟子なのだ。

もしここで彼の行動が急に変化し、それが記憶の欠落によるものだと結論付けられた場合、誰がどのような目的でそれを行ったのか、当然調べられるだろう。

どこまでの人が知っているか分からないが、上層部が、魔術師長なんかが出てきてしまえばすぐに分かるに違いない。

その時、本人が説明を受けていなかった、勝手に操作されたなどいう事態になれば、一番辛いのは本人だ。

ロイクールが同じ立場だったら、知らされずにされたら許せない。

特に自分は記憶を失くしたくないという立場なのだから当然かもしれない。

だから忘却魔法の事を話した。

あとは話を聞いた本人が結論を出すだけだ。

それでもすでに結ばれている契約は有効なので、今日から契約期間中、彼がロイクールの能力について話をすることはできない。

ロイクールが急にこの話を聞かされた彼の立場だったら、ここですぐ結論を出せと迫られても困るに違いない。

ここで彼が記憶を操作されたくないと言いだせばこの話はなかったことになる。



「……少し考えさせてもらってもいいですか?」


彼の出した結論は保留だった。


「もちろんです。記憶を覗かれるとか嫌でしょうし、一時とはいえ、その記憶を失うというのも恐ろしいでしょうから」


今まで自分の中に合ったものを強制的に欠損させる魔法、使う方は戻せると分かっているし、失うものは何もない。

それに使った方は、例え見せられた記憶に苦しむ事はあっても、記憶の糸を欠損したとしても責任を問われる事はない。

なぜならその記憶は一度抜かれたら、その人物の中ではなかった事になってしまうからだ。

けれど使われる方は不安なのは当然のことで、そもそも本当にその部分の記憶が本当になくなるだけなのか、催眠のようなものではないのか、そして本当に戻ってくるのかなど、考えれば考えるほど、魔法に対する印象は悪い方にいってしまうものだ。

何より自分は、そして師匠は、この魔法を自分たちには使わないと決めていた。

どんなに辛い事があっても繋がった記憶を切り取ることなく生きていくのだと。

だから忘却魔法を受けた経験はない。

それもあって、未経験の人間が大きなことは言えないし、強制されるべきものでもないとロイクールは考えているのだ



けれど彼は記憶を失う事を恐れている様子はあまりなかった。

むしろこの現状の引き金となった記憶が一時的にでもなくなれば、自分が変われるかもしれないという希望の方が強いようだ。


「確かに記憶そのものを他人に操作されると考えると、多少の恐ろしさはあります。ですが、私が克服したらその記憶は戻してもらえるのですよね」

「当然そのつもりです。不安でしたらそれこそ魔法契約を結びましょう。預かった記憶はちゃんと希望したタイミングで戻すと。……まず、急にこんな話しを聞いたのですから混乱していると思いますし、ゆっくり考えてみてください。あと、本当に私が提示した方法であなたの恐怖を克服することができるのかどうかという点についても……」

「確かにその通りですね。しっかり考えて結論を出そうと思います」


このままいれば確かに彼は一生引きこもりになってしまうかもしれない。

そして当然だがそれをいいことだとは考えていない。

けれど、本当ならば自分で解決しなければいけない問題なのだ。

それを他人の力を借りて簡単に解決していいものなのか。

仮にまた同じような困難にぶつかった時、また彼に頼るようなことになるのではないか。

いつまでも自分で困難に立ち向かう事ができないままになってしまうのではないか。

今回の恐怖の克服ができても、今後与えられた恐怖を乗り切る力を得る事ができるのか。

彼の中にはそんな考えが巡っていた。

今は提案を受けた段階でロイクールは結論を急ぐ必要はないという。

だから今はその言葉に甘えてゆっくり考えさせてもらうことにした。



今日彼は、自分を信用して部屋の中に入れてくれた。

とりあえず彼に忘却魔法についての説明も提案もできた。

ロイクールからすればそれだけで充分だった。

自分を部屋に招き入れた事だけでも、彼は大きな一歩を踏み出している。

それにすぐに忘却魔法に頼ろうと考えるのではなく、忘却魔法を使わなくても立ち直る方法があるのではないかと自問自答するだけの賢さがある。

彼が忘却魔法に頼るか頼らないかは本当ならばどうでもいい。

結果として、彼が立ち直り部屋の外を普通に歩けるようになり、仕事も本来の職場でできるようになればいいだけなのだ。

だからすぐに結論が出ない事が分かったロイクールは、彼の部屋から退室することにした。

彼もロイクールがいる状態ではゆっくり考える事はできないだろう。


「では、私は失礼します」

「あの、今日はありがとうございました」


彼はロイクールの気遣いに感謝して頭を下げた。

彼は貴族のはずだが平民の、戦争孤児である自分に頭を下げてもいいものなのかと思いながらも、ロイクールはその事には触れないことにした。

ここで貴族が平民に頭を下げるのかとわざわざ聞くのは、彼の感謝を否定する無粋なもののような気がしたのだ。


「いえ……。それでは」


念のため自分が部屋を出る際、誰かに出くわさないようタイミングを見計らって外に出ると、廊下に積まれた書類を抱えた。

今日は書類が廊下に出されているのだなと、ロイクールは今さらながらに気がついた。

彼は間違いなくメモを読んだはずだ。

それでも書類を外に出していたのは、きっと本当に話があるのなら、書類が外にあろうが声をかけてくるに違いないという確信のようなものがあったのか、ロイクール以外の人が取りに来た場合でも円滑に仕事が進むように配慮したのかは分からない。

ただ今日はいつも一緒に来ている先輩が休みである事を彼も知っている。

もしかしたら他の人が同行してくるかもしれないと考えたのだろうか。

ロイクールは廊下に出てそんなことを思ったが、それは気にすることではない。

結果として彼と二人で話す事ができたのだ。

細かい事まで追求して今の関係を悪化させるのは得策ではない。

ロイクールは色々考えながら、何もなかったような顔をして先輩と共に仕事場へと戻っていくのだった。

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