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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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魔法契約と忘却魔法(4)

「実は私は禁術とも言われる忘却魔法という魔法を使用することができます」

「忘却、魔法、ですか?聞いたことありません」


彼は魔法の名前を聞いて首を傾げた。

学校にも通っていたし、多くの魔法の知識は持っているつもりだったが、そんな自分でも初めて聞く名前の魔法だ。

ちなみに防御魔法は使い方が判らなかっただけで存在そのものは知っていた。

だからイメージはしっかり持てたし、彼のメモにあった通り実践できたが、初めて聞く、忘却魔法というのは、まったく想像できない。

ロイクールも彼の反応は仕方ないと思って見ていたが、ここで止まっては何も解決できないため、話を続ける。

区切りのいいところまで話を進めた上で、理解できなかったら質問を受け付ければいいと、とりあえず割り切る。


「簡単に言えば、魔法をかけた相手の記憶を切り取ったり戻したりできる力です。書きかえる能力はありませんが、辛い記憶を一時的に忘れさせることができます。また、その記憶と向かい合うことができるようになった時、その記憶をお返しすることが可能です」

「……そんな魔法があるのですか」


本当は記憶ならば辛い事でなくとも切り取ることができる。

だがそれはあえて口にしない。

ロイクールもさすがにそこは利用されないよう保険をかけていた。

それに彼は初めて聞いた魔法だと言った。

だからそういうものだと思ってくれたらそれでいい。


「はい。ただ、その魔法を使う時、切り取る部分を確認するために相手の記憶を見なければなりません」


だから魔法を使用する際に知られたくない部分も術者が知ることになるし、適当に見て行えば不要な部分を抜き取ってしまう可能性もある。

そうならないようにするためにはその記憶の詳細をしっかりと見て、必要な部分の記憶の糸だけ切って、切り口をつないで違和感がないようにする必要があるのだ。

切り取る部分が上手く見つかれば探らなくて済むが、もしその位置の特定が難しい場合はかなりの記憶を覗くことになってしまう。

本当の事を言えば、確認のためとはいえ他人の膨大な記憶と向かい合うのは辛い。

けれど師匠はそれを大勢の人のために行ってきたと言っていた。

それも全て、兵士たちが受けた心の傷を癒すためなのだから、辛い記憶ばかりを見ることになっていたはずだ。

そして師匠が自分に教えた意味は、その仕事を、管理を引き継いでほしいという意味である事はロイクールも理解していた。

だから自分もいつかはやらなければならないし、今回の記憶は本人も消化できるはずのものなので、一度抜きとって戻したとしても、もし期間前に記憶が戻ってしまったとしても、大きな話にはならないし、彼は本人の記憶の内容は周知のことだと言っていたのだからよほど大きな失敗をしない限り大丈夫だと考えられる。

人間の記憶を改ざんする行為について、本人の同意を得られる事が少ないのは間違いない。

彼がそれでいいと言ってくれたのなら、申し訳ないが是非こちらも忘却魔法の練習をさせてほしいと思っている。

ただ、この件を知られたことによる悪用だけは避けなければいけない。

ロイクールが次の言葉に迷っていると、彼はロイクールの言葉から正確にその魔法の性質を読み取って言った。


「なるほど、全ての記憶を抜き取るというわけではなく、部分的な記憶を抜くことができると。つまり術者にとって都合の悪い記憶を抜き取ることも可能……だから禁術なんですね」

「……理解が早くて助かります」


やはりロイクールが濁して伝えた部分に関しても、聡明な彼はすぐに気が付いた。

そしてなぜ禁術なのかという点についても理解して、納得した様子だ。


「じゃあ、あなたは私の辛い記憶、さっき話をした、騎士や魔術師の記憶部分を一時的に抜き取って、私を外に出られるようにして、模擬戦で勝利させてから、私に記憶を戻したらいいのではないか、そう考えているということですね」

「その通りです」

「その、いくら記憶を抜くといっても、何かのはずみで思い出してしまったりしないのですか?」


忘却魔法を見た事がない彼からすればそうだろう。

一時的に忘れるだけのものということは、思い出すことが前提なのだ。

だから例えばそのタイミングが模擬戦の場面だったら、当然自分は動けなくなるし、傷は深くなるに違いない。

いくら彼に教えてもらった防御魔法を使っていて、痛みや怪我が少なかったとしても、襲いかかられる恐怖を拭い去ることはできないのだ。

ロイクールはそんな彼の不安を取り払うため、はっきりと否定する。


「それを思い出さないよう管理するのは術者である私の役目です。抜きだした記憶はどうしても本人の魂と繋がっているものですから、本人の元に戻ろうとします。なので、あなたが忘れていなければならない間、私が管理をしなければならないのです」


忘却魔法を知らないのだから記憶の糸という概念も知らない。

だから記憶を一時的に失うというのが、本当に一時的なのか、一生戻らないままなのかというのが不安なのだろう。

それを機にしたロイクールが、記憶の糸のことを説明すると、彼は少し考えた様子を見せたがすぐに理解したのか首を縦に振った。


「なるほど、だから預かる、なんですね」

「はい」


管理されなければ本人の元に戻るものだし、戻ろうとする記憶の糸を取り逃がせば、その記憶は吸い込まれるように本人の元に帰っていく。

自分にできるのはあくまで一時的に記憶を抜いて、できない事ができるようになる手伝いをするだけなのだ。


「でも、そんなすごい魔法を使って、しかも管理を継続しなければならないなんて、かなりの魔力を消費しますよね。あなたが疲れてしまうのではないですか?」

「そうですね。やってみないとわかりませんが、それなりに魔力は使うでしょう。でも問題ないと思います」


小動物の記憶なら管理していた事がある。

けれど、それも数日の事だ。

その時、管理するための魔力はほとんど使っていなかった。

すでに糸として取り出されているものは、自分の目には見えているものなので、それがどこかに行ってしまわないよう、必要以上に破壊されないよう、物理的に管理ができていれば問題なかった印象だ。

忘却魔法で記憶の糸を抜き出す時は集中力が必要だが、管理のために糸を目視するための魔力消費など微々たるものでしかない。

さすがにここまで来ると、ロイクールもここで働く魔術師より圧倒的に魔力量が多い事は分かってきていたので、魔力を使ったうちに入らない程度等とは思っていても口には出せなかったし、全く発動していないわけでもないので、忖度するしかなかった。

その忖度のために相手が不安になろうとも、問題ないという言葉を濁したのだ。

実際、本当に事故がないとも限らないし、何かあっても責任はとれない。

彼にはその事も理解してもらい、その上で結論を出してほしいと思っていた。

それが魔法契約まで結んだ人間に対する誠意だとロイクールは考えたのだった。

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