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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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魔法契約と忘却魔法(3)

彼はこれから打ち明けるロイクールの秘密を、一年契約ではあるものの魔法契約をまでして守ってくれるという。

それならばロイクールもその誠意に答えなければならないだろうと思い、彼に尋ねた。


「私は何か違う契約をした方がいいですか?」

「違う契約ですか?」

「あなたにだけ契約を守らせる形というのは何だか違う気がしました。ですから例えばあなたのトラウマに関する事は話さないとか……」


自分の秘密を守ってくれる相手なのだから、自分も相手の秘密を守る。

そうしてお互いを契約で縛った方がいいのではないかとロイクールが提案すると、彼はそれを否定した。


「それは大丈夫でしょう」

「なぜそう思うのですか?」

「だって、あなたがいなかった時のことを仮にあなたが話したとしても、それはここにいる皆が知っている事ばかりのはずです。むしろあなたがその話を寮内で始めたら、聞きつけた周囲から補足が山のようになされると思います」


この寮に入っている騎士や魔術師なら皆、自分の事はよく知っている。

それだけ酷く模擬戦でやられたし、その後、異例の待遇もされているので、ここで働いている人間の中で彼の事を知らない者はいないに等しい。

さらに引きこもった後の魔術師のだまし討ちの件も有名で、彼はそれからというもの、騎士だけではなく魔術師も仲間として信用できなくなってしまったし、それを理由に引きこもっていても、仕事さえこなせば寮にいられるという前例を作った張本人だ。

だから悪い意味で有名人であり、知らないのはロイクールのように入ったばかりの新人くらいだと自嘲する。


「だけど……何となくですが、私はあなたがそういう話を周りにする人ではないと、そう信じてもいい人のように思えるのです」


彼はそう最後に言ったが、ロイクールからするとその言葉は重い。

同じ寮にいる騎士や魔術師、そして上司も信用できず、親身になっているはずの先輩ですら得られなかった信用が自分に向けられているのだから当然だ。


「そういうものなのでしょうか」

「少なくともあなたは、防御魔法を使うか使わないか、外に出るか出ないか、私に選択する権利をくれた。出てこないからと罵倒するわけでもなく、無理矢理引きずり出されたわけでもない。今回、この部屋を出たのだった自分が選んでやったことだ。だから恐怖はあっても、後悔をする事も、他人を恨む事もしなくて済んだんだ。それだけで信頼に値する。この契約についても言いだしたのはこちらだ。本来ならば生涯の契約にしてもいいものをあなたは一年でいいと言ってくれた。これだけ気を使ってもらえれば充分だ」


そもそもロイクールが秘密を話す理由が自分のためなのだから、彼はそう付け加えると魔法契約の準備をすると立ち上がったのだった。



彼は自室にある紙と少量のインクを取り出して魔法をかけた。

もちろんそれは魔法契約用に使うためだ。

王宮で使用されるものは、魔術師の能力にバラツキがあり、多少力加減が違っても耐えうる材質でなければならないから高品質なのであって、彼のようにその作業に慣れていて、紙やインクをダメにする事がないのなら、その辺に転がっているものでも充分ということらしい。

あとは魔術師が仕事として使用するものは公のものとして扱われるため、みすぼらしいものは使えないという、王侯貴族たちの見栄のようなものもあるのだろう。

だがこれから行う契約は、顔見知りである二人の契約で、期間を一年としているし、公になるものでもない。

だから部屋で個人が使う紙と、使いかけのインクを小分けにしたもので充分なのだ。



「別に指定されたものを使わなくても同じ効果があるんですね」


ロイクールは言われた通り、仕事として用紙やインクを作るだけだったので、魔法契約に関して深く考える事はなかったが、確かに同じ魔法に耐えうる紙やインクなら同じ条件の魔法を付加できる。

つまり魔法が付加できる紙とインクに代わるものが準備できれば、どこでも魔法契約を結ぶことは可能ということだ。

当たり前のようにやってきたことだったが、彼の様子を見てロイクールは初めて気が付いた。

一方の彼はロイクールと話しながら、契約書一枚の作成をあっさりやってのける。

その内容はさっきロイクールが希望した内容そのままで、下書きもなく契約書が完成していた。


「内容の確認をお願いいたします」


そう言って彼は完成されたものをロイクールに見せる。

どうやら彼は文章を考える能力も高く、過去にこのような契約を結んだ事があるのか、随分と手際がいい。

ロイクールは彼に渡された用紙を受け取り、その内容を確認すると、間違いないとうなずいた。

そして二人はその契約書に名前を書き込んで、契約を結んだのだった。




「魔法契約、初めて結びました」


ロイクールがそういうと、彼は意外だと言った様子で目を見開いた。


「そうなのですね」

「少し違和感はありましたが、このくらいなのですね」


サインをした後、自分がどうなるのか不安に思ったが、何かの魔法が体の中に吸い込まれたように感じただけで、特別な痛みもなく、魔法契約の痕が残った様子もない。

サインを書いた直後に、何かを取り入れた違和感が最初に少しあっただけだ。

今は、すでにその違和感すらも消失している。

この状態が魔法で縛られている状態というのは信じられない。

むしろ契約の事をうっかり忘れてしまいそうなほどだ。


「そうですね、現時点では契約をしただけで、契約を破ったわけではありませんし……。まあ、今回は私が契約を順守できなかった場合、自分に罰が降りかかるだけですから、気にしなくていいと思います。それに、それを気にしていたら魔法契約をたくさん行う人たちの身がいくつあっても足りないでしょう」


言われてみれば書いている魔法契約の内容の中には王に忠誠を誓うものなども含まれている。

例えば王と家臣が魔法契約をすることが必須とされたのなら、それだけで契約数はかなり多くなる。

それに加えて王ともなれば他国との契約もきっと魔法契約で行うに違いない。

だから契約魔法の回数が増えた時、契約者に負担がかかるのなら、その国の王はすぐに儚くなってしまうということだ。

それに契約を多く結ばなければならない商人などは、重要な案件で魔法契約を結ぶと聞いている。

もし魔法契約が命を削るようなものならば、書類の分だけ命が犠牲になっていることになるし、魔法契約の書類を魔術師たちが毎日のように作成することが、人殺しに加担することと同義になってしまう。

だから契約内容を守っていれば特に負担はないというのは、考えれば当たり前のことである。


「確かにそうですね。では、こんなことまでしていただいたのですから、きちんと話しましょう」


別に全てを話さなくても契約違反にはならない。

契約内容は、ロイクールがこれから離す内容を彼がこの先一年は口外しない事というだけなのだ。

しかし彼は自分のためとはいえ、ロイクールを信用し、その誠意として魔法契約を結ぶ事までした。

その誠意にはしっかりと応えなければならない。

ただ彼がこれから離す内容を信用するかは別だ。

ロイクールは緊張しながら、彼に説明すべく重い口を開くことにしたのだった。

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