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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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魔法契約と忘却魔法(2)

彼の部屋の中に招き入れられたロイクールはとりあえず彼の指示を待つことにした。

彼がどのくらいの距離を保ってほしいのかもわからないし、自分が彼を怖がらせては意味がない。

だから慎重に行動しようと考えたのだ。


「あの、こちらにお座りください。客人を招き入れる予定がなかったので何の準備もありませんが」

「それは構いません。急に押し掛けてきたのはこちらですから」


勧められた椅子にロイクールが座ると、彼はお茶を用意してロイクールの前に置いた。

人が怖い彼は、使用人すら部屋の中に入れていなかったのだ。

おそらくお茶を入れるだけではなく、部屋の掃除なども全て自分で行っているのだろう。


「だいぶ使いこなしていますね」


ロイクールはお茶を置いて正面に座った彼に言った。

彼は何の話しをされているのか分からないと聞き返す。


「何がですか?」

「防御魔法です」

「どうしてそう思われるのですか?」


彼からすれば過去のロイクールの指摘通り、過剰防衛な防御魔法だ。

弱くするのが怖いのでこのように強くかけてしまうし、ちょうどいい加減などまったくつかめていないのだ。

だから使いこなしているという言葉に違和感がある。

彼の疑問にロイクールは感想だと前置きをして、思った事を述べた。


「確かに協力にかけ過ぎているとは思いますが、それでも防御魔法を発動させたままお茶などを入れられるという事は、逆にその部分だけ力を弱められているか、対象物に関する条件をうまく反映できているということです。前も先輩は吹っ飛ばされていましたけど、ドアや書類は砕けたりしていませんでしたし、細かい制御がお上手なのだと思います」


彼はまだ防御魔法を解いていない。

その状態でティーポットやティーカップといった繊細なものを扱っている。

もし制御せず全てのものに対して防御する状態であれば、ポットもカップも手に振れた時点で粉々になっているはずだ。

だが目の前のカップはヒビひとつ入っていない。

つまりそのカップに触れる時、その力がカップに届かないよう制御できているということだ。


「ああ、そうなのですね。無意識にやっていたので気が付きませんでした。でもこの効果は自分から触れようとしたものに対してだけだと思いますから、無意識でぶつかったものなどは壊れてしまうようなので、普段はできるだけ使わず生活していますよ」


彼は防御魔法を練習する過程でも失敗をした事があるのだろう。

言われてみれば廊下を歩いていて物にぶつかった時も物の方が壊れていた。

彼はその時の事も覚えていて、部屋のものはできるだけ壊さないために魔法を使わないようにしているらしい。


「防御魔法は掛けたものを全ての者から防御する魔法です。無意識のものが防げないのでは盾を持っているのと変わりませんから、それならば魔法でなくてもいいのです。周囲の物を壊さない程度まで防御力を落としてもいいと思いますけど、防御力が落ちるのが不安ならば今のままの方が安全かもしれません」


別に生活に困らなければ、彼が防御魔法をどれだけ使っていても問題ない。

部屋の中だけの事ならば物が壊れても自己責任で済む。

まずは彼が安心して移動できる空間を増やす方が先だ。



「あの……それで、先ほどの話なのですが」


防御魔法の話になってしまったが、本題は別だ。

彼は今も過剰に防御魔法をかけたままなので、このまま本題に入る前に魔力を使い切ってしまうからと追い出されては困る。

ロイクールは催促されてうなずいた。


「そうですね。本題に入りましょう。まず、これからの話は他言無用でお願いします」

「確かに廊下では話せないと言ってましたが、そんなに大事な話ですか?」


自分の不名誉な話だから廊下のような大衆の目に振れる可能性のあるところでしないよう気を使っての事かと思っていた彼は、ロイクールの言葉に驚いて言った。

ロイクールは彼の言葉に首を縦に振るだけだ。


「そうですね。これからする話ですが、私の師匠はもちろん知っていますが、おそらく魔術師長などには伝わっていない話だと思います」


これから話すぼうきゃく魔法の件について、ロイクールは自分の口から誰にも話していない。

そして師匠はここに入る時、力を加減、むしろ弱めに使うよう言っていた。

それはロイクールに大きな力があると知られると、無理矢理違う契約を結ばされる可能性があるし、それがなくとも都合よく利用される可能性が高まるからだった。

ただ、無能とされては仕事に支障が出るので、あくまで他の魔術師と同じレベル、試験の時は言われた事を一発でこなすレベルで、それ以上の事はしないようにと言われていた。

その言いつけをロイクールは今でも守っているのだが、働くようになって、他の魔術師や上官たちを見て、師匠の判断の正しさがすぐに理解できた。

だからこの先も、この言いつけを守るつもりだったのだ。

それを初めて自分の意思で明かすのだ。

彼はロイクールの表面的な言葉しか聞いていないが、その言葉に別の重みを感じていた。

そもそも魔術師長にも明かせないことを自分に明かそうとしているという言葉だけで充分重たい内容である事がうかがい知れる。


「そんなに隠されている話ですか。わかりました。では私が今からあなたに聞く話を他言無用ということで、魔法契約しましょう」

「いえ、そこまでは……」


普段仕事で作っている契約を自分たちの間で交わそう。

彼はそう言いだしたがロイクールはその必要はないと否定した。

だが、彼の方は引く様子がない。


「でも、知られては困る話なのでしょう?」

「そうですね、今は……」


そう、あくまで今は、というだけである。

そしてできれば、噂で広がるのではなく、自分で説明した相手にだけ知ってもらいたいという気持ちなのだ。

これはロイクールの気持ちの問題で、困るかと言われたらそこまででもない。

どちらかといえば面倒だ、くらいのものである。

だが彼はそうは捉えなかった。


「あなたは私を部屋の外から出してくれた。そして出られなくなった私のために、自分の秘密を明かそうとしてくれている。だから私はあなたに最大限の誠意を持って応えたい」


彼の熱意に負けたロイクールは、少し考えてその案を受け入れることにした。


「わかりました。でも、そんな重たくない契約にしたいと思います」

「では、私が他言しようとした場合、その言葉を発せなくなるというのはいかがでしょうか?」

「そこに期限などは入れられますか?おそらくこの力を持っていることはいずれ知られることだと思うのです。なので例えば効力は一年とか」

「それは可能ですが……、本当にいいのですか?」


一年で効果が切れるということは、一年たてばこの契約に縛られることなく自由に公言できるということだ。

現時点で魔術師長たちが知らないようなことなのに、その縛りが一年というのは軽いのではないかと彼は不安そうに尋ねたが、ロイクールとしてはたいしたことではない。

魔術師としてここにいる間、彼らにこの能力を利用されるようなことがなければいいし、大魔術師の弟子である自分の能力が必要以上に高いと知れるきっかけを遅らせたいだけだ。

それに大魔術師はすでにこの魔法を使って多くの戦争経験者の記憶を預かっている。

だから彼から全てを学んだ自分がその能力を使えることは、少し考えればわかることなのだ。

王宮の上の人たちがそのことに気が付かない間、自分のことが話題にならなければそれでいい。

ロイクールからすれば一年でも長いのではないかと思うところだ。


「あなたを助けたいと思ってお話することだし、私もあなたを信用しようと思います。それに他から知られる可能性のあることなのに、あなたにだけ重たい枷をはめっぱなしにするのは……」

「ありがとうございます。では、期間は一年で」


ロイクールが他から知れる可能性があると告げると、彼は一年の契約に合意したのだった。

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