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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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魔法契約と忘却魔法(1)

廊下で騎士に絡まれてから数日後、先輩が休みだったため、ロイクールは一人で彼の部屋に書類を届けに出かけた。

せっかく久々に部屋の外を歩いた彼だったが、あれから引きこもりに逆戻り、どころか、悪化していて、ドアを開ける回数が減っているようだった。

書類は手渡しではなく廊下に置く方法に戻ったし、声をかけても返事はない。

さらに食堂で残ったものを廊下に置いても、それが手つかずで残っている事も増えたらしいのだ。

ロイクールは、彼が騎士に絡まれこの状態になってしまってからずっと考えていることがあった。

けれどこれは先輩にも話せることではない。

だがそれを使う相手にはきちんと話をしなければならない。

彼はきっと口外はしないだろうが、この話を第三者にするのは初めてだし、ロイクール自身もこれが正しい方法なのか不安が残る。

こんな時、師匠が近くにいたらアドバイスの一つももらえたのだろうが、生憎彼はここにはいない。

ロイクールはもう一人立ちしているのだ。

だから自分で決めなければいけない。

悩んだ末、ロイクールは彼を立ち直らせる方を選ぶことにした。

うまくいくのか分からないが、この話を彼に打ち明けた上で、それを試すか本人に決めてもらうことにする。

だから朝、ロイクールは書類の間に、夕方書類を取りに来た時あなたにだけ話したいことがあるとメモを挟んだのだった。



夕方、書類を取りに行くため彼の部屋を訪ねたロイクールは、彼の部屋をノックした。

仕事はしているが食事すら取っていない様子の彼のことだ。

メモに気が付いていても返事をしてくれないかもしれない。

ロイクールはそう覚悟していたが、ノックの後すぐにドアの向こうで音がして、返事があった。


「ロイクールさん、ですか?」

「はい。書類を取りに来ました。メモは見ていただけましたか?」

「はい」


返事はもらえるし会話は成立しているが、ドアを開ける様子はない。

けれど話があると言い出したのは自分だ。


「それでここでは話しにくいことなのですが……」

「何でしょう?」


一応遠回しに中に入れてほしいと話を振ってみたが、彼はやはりドアを開けてはくれない。

仕方がないので、周囲を警戒しながらロイクールは話を進めることにした。


「もし、あなたの中から騎士や魔術師たちにされたことに関する記憶が失われたら、普通に外を歩けると思いますか?」


彼は突拍子もない質問に困惑したのか少し黙りこんでいたが、ほどなくしてその答えが返ってきた。


「え?……ええ。たぶん、彼らのことを気にしなくていいのなら……」


この部屋から出るのが怖い理由は彼らがいるからだが、それは彼らが自分に危害を加えてくるからだ。

だからその時の記憶、そんな人間がいた記憶がなければ、その恐怖はなくなるだろう。

ロイクールの言う通り、彼らに関する記憶がなければ普通に外を歩くことはできるかもしれない。

だがそれを聞いてどうなるのか、起きてしまったことをなかった事になどできない。

彼はロイクールの質問の意図が読めないまま答えたが、ロイクールは先を続ける。


「もし、その記憶を一時的に消せるとしたら、消したいと思いますか?」

「そうですね。この記憶さえなかったら、私はもっと外の世界に怯えずに生きられると思います」


とりあえず彼らに危害を加えられた記憶がなくなれば外に出られるだろうと彼は言った。

ただ外に出ただけでは、また同じような思いをして再び引きこもってしまう可能性がある。

だからその記憶がない間に、彼に自信を付けさせる、もしくは今後、騎士たちが彼に危害を加えないよう、何か手を打つ必要がある。

その手段の一つとして、ロイクールは彼に提案を兼ねた質問をした。


「じゃあ、もし、あなたが騎士と模擬戦で勝つことができたのなら、その時は騎士を怖がることはなくなると思いますか?」

「模擬戦……」

「はい」

「勝てるとは思いませんが、模擬戦に勝てたら、それが自信になるかもしれないですね……」


彼への嫌がらせ、正確には騎士の魔術師に関する嫌がらせ全般は、模擬戦がきっかけになっている事が多い。

騎士は弱い魔術師と対等に扱われることが気に入らない。

だから一度模擬戦で相手を負かす。

それも徹底的にやるのだ。

そうすればその相手が今後騎士に逆らうことはないし、騎士からすれば相手が自分より弱いと分かれば怖がる必要はないのだ。

その例外がロイクールだった。

ロイクールはあっさりと騎士を負かしてしまった。

しかも手加減してのことだったので、その後、彼を負かそうと来た騎士たちも最初はロイクールの能力を軽んじていたが、今では彼に挑む者は猛者として扱われている。

だからその逆ができればいい。

騎士を彼が自ら負かし、彼らを服従させるくらいまでになれば、彼に怖いものはなくなるはずだ。

もともと彼は魔力量は多いし能力は高いのだ。

やりすぎてしまう可能性はあるかもしれないが、本来の力を発揮できれば負ける事は考えにくい。


「じゃあ、もし、私があなたの辛い記憶を預かって、外を歩けるようにして、訓練場まで移動し、そこで攻撃魔法をコントロールできるようにする。その力を持って騎士と模擬戦をして勝てたら、部屋から出ることは怖くなりますか?」


ロイクールが核心に近い質問をすると、彼は再び黙り込んだ。

その提案が突然だった上、彼にとって非現実的すぎたのだ。

もし本当にそんなことが可能なら挑戦すべきだと思うが、元々臆病な自分にそんな勇気を出すのは無理だということも分かっている。

そもそもそれができるのならとっくにやっている。

だがロイクールの言葉から察するなら、ロイクールならばそれが可能だと言っているように聞こえる。

期待と不安が一気に押し寄せた状態だ。


「……すみません。ちょっとついていけないのですが、どういう意味ですか?」

「ここでそれ以上は……」


さすがに忘却魔法の事を廊下でしゃべるのは気が引ける。

この先の話をするのなら、もしも、という言葉を外して話さなければならないのだ。

しばらく返事がなかったのでロイクールが諦めて戻ろうと思ったその時、部屋のドアが少し開いた。

彼はドアを開ける前に防御魔法を自分にかけていたらしく、それに時間を取られたらしい。

ドアの隙間から見た彼はやはり過剰な防御魔法を身にまとっている。

そんな彼は小声でロイクールに言った。


「わかりました。中にお入りください。あなたなら大丈夫な気がします」

「ありがとうございます」


ロイクールは彼が少しドアから離れたのを見計らって、静かにドアを開けて中に入ると、音がしないよう、すばやくそのドアを閉めた。

きっと近くの部屋にこのドアが開いたことを知られたくないだろうし、人が出入りした痕跡も残したくないだろうと思ったのだ。

彼はその様子を見ながら少し安堵の表情を浮かべて、ロイクールを奥に招き入れたのだった。

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