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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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トラウマからの脱却(5)

先輩とロイクールが再び引きこもってしまった彼の部屋の様子を大人しくうかがっていると、魔術師長が彼の部屋までやってきた。

随分と急いで駆け付けた様子のため、二人は不思議そうに顔を見合わせた。

最初は騒ぎを聞きつけて彼を心配してここに来たのかと思ったが、魔術師長から出たのは意外な言葉だった。


「下のやつらが見世物になっていた。拘束している魔法を解除してやってくれないか」

「ああ、さっき突っかかってきた方々ですね。別にかまいませんが、また来ませんか?」


ロイクールが思い出したかのように言うと、魔術師長が笑みを浮かべて言った。


「もうしないと皆の前で言わせた。それでも何かしようとすれば、周りに何か言われるだけだ」

「そんなに多くの人の前で話したのですか」

「見世物ついでにな」


どうやら拘束していた時間が長くなったこともあり、多くの人間がその様子を目撃することになったらしい。

魔術師本人がその場にいないこともあり、最初は彼らが何をしているのか分からなかったらしい。

だから新しい遊びでも始めたのかとわらわらと人が集まったそうだ。

だが、魔法による拘束だとわかると、騎士は青ざめ、魔術師は遠くから冷たい視線を向けていた。

寮の中だったこともあり、騒ぎを聞きつけ騎士団長と魔術師長がその場に駆けつけたそうだ。

そして多くの人のいる前で彼らは事情聴取を受けることになり、彼らの話を聞いた魔術師長が拘束を解くと再び危害を加える可能性があると拘束を解くことを拒否、部下の管理が行き届いていないと騎士団長に苦言を呈したのだという。

結局、騎士団長が彼らをきちんと監視、多くの人の前で彼らの代わりに謝罪するという事でこの件は幕引きとなったらしい。

だが、拘束している魔法を発動させているのはロイクールだ。

一応謝罪を受け入れたので、彼らの拘束を解かなければならないと慌ててロイクールを探しに来たということだった。


「わかりました」


ロイクールはため息をついて、彼らにかけていた拘束を解いた。

魔術師長はロイクールの上司だ。

断るわけにはいかない。


「拘束は解除しました」

「すまない」


きっと魔術師長も寮の中ならと甘く見ていたのだろう。

だがここは騎士も魔術師も一緒に生活している場所なのだ。

そのため彼らに出くわすリスクが高い。

けれどまさかロイクールが付いていて絡まれるとは思わなかった。

自分がいればというのは、ロイクールにも少しおごりがあった証拠だろうと反省する。



魔術師長はロイクールに一言言った後、すぐ彼の部屋のドアを叩き、自分が来たことを告げた。

すると意外にも彼はドアのすぐそばにいたようで、くぐもった声だが返事が来た。


「彼に助けられたのだな」

「はい……。ですが、私一人ではやはり何もできませんでした。ですから引き続き仕事は部屋で行います。私には引きこもりがお似合いですから」


一歩踏み出したはずだったが、残念なことに逆効果になってしまったらしい。

幸いロイクールが守ったのもあるが、防御魔法をかけていたので怪我などはしていない。

けれどどんなことをしても自分は絡まれるような存在なのだと改めて自覚した。

今回はロイクールがいたが、もしこれが一人だったら、先輩と二人だったらどうなっていたか分からない。

再びあの恐怖を味わうことになってしまった。

やはり外になどでない方がいい。

出なくていいなら出たくない。


「そんなこと言わずどうか……。君には他の仕事も頼みたいのだよ……」


魔術師長が再び出てきてくれないかと懇願するが、彼はしっかりと拒絶する。


「ありがたいお言葉なのですが、それならば彼が適任なのではありませんか?」


ドア向こうの人物の言う彼はもちろんロイクールのことだ。

確かに彼ならば色々できるだろう。

何と言ってもかの大魔術師の弟子だ。

魔術師長はその言葉を受けてちらっとロイクールの方を見たが、ロイクールは首を横に振った。

それを見て大魔術師は再びドアの向こうに話しかける。


「彼でもできるだろうが、彼だけに任せきりというわけにもいかんだろう」

「私は、ここから一人で部屋に戻るのも怖いと思っています。また彼らに会うのではないかと思うだけで、彼らを見るだけでやはり無理だったのです」


彼が絡まれた理由は簡単だ。

彼は騎士の姿を見た時、すでに恐怖を覚えていた。

そしてここにいる騎士たちは弱いものをいたぶるのが趣味なのか思わせるような連中で、彼が怯えたのを瞬時に察知してしまったのだ。

だからこれならいけるとターゲットにされてしまった。

でも彼からすれば仕方のないことなのだろう。

酷い怪我を負わせ、痛みと恐怖を与える相手、しかも一人ではなく集団でそんな人間がいたのだから怯んでしまうのも無理はない。

そこで強がることができるだけの精神力は彼にはないし、それができるのなら引きこもりなどしていないはずだ。


「あの、魔術師長、今日は色々ありました。とりあえず日を改めてはいかがでしょう。私でよければ、彼が外に出る時、一緒にいるようにいたします。徐々に師長を訪ねたり、外に出る回数、時間を増やし、恐怖を克服できれば、師長の期待に添えるようになるかもしれません。彼がどのくらいこの生活を続けていたかは存じませんが、部屋で過ごした時間と同じくらい、外に出られるようになるまで時間を要するかもしれません。ですが、師長、それを待つことができるくらい彼は優秀な魔術師で、失いたくない稀有な存在ですよね」


彼に対する明らかな特別待遇を見ればそのくらいのことはわかる。

もしかしたら騎士たちはロイクールが付いていたことだけではなく、仕事をしている様子が見えないのに寮にいること自体不満なのかもしれない。

魔術師長は先のロイクールの言葉を肯定する。


「そうだ。彼は王宮魔術師の中でも魔力量が飛び抜けて多い。本来であればこのような地位に甘んじることなく出世できるだけの力を持っている。少なくとも私はそう考えている」

「買いかぶりすぎです」


魔術師長から最上級とも言える褒め言葉を言われた彼は泣きそうな声で否定する。


「いいや、将来、私は君にこの地位を譲りたいと思っているのだよ。そのためには何が何でも今の状況から脱し、恐怖を克服してもらわねばならん」

「私にそんな大きな役目が果たせるとは思いません」


こうして見ている限り確かにそうだ。

いくら魔力が多くても、魔法が上手く使えても、魔術師長のような立場になれば部下を守る義務が生じる。

彼がその義務に耐えられるかと考えたら、騎士を見ただけで足が竦むようでは無理だろう。

現に先ほど魔術師長は騎士団長と話をつけるために対峙したと言っていた。

このままの彼にそんなことができるとは思えない。

けれど過去の彼は、それができるくらい堂々とした大きな存在だったのではないか。

ロイクールが来た時にはこの状態になっていたのでわからない。

でもロイクールは少しこうなる前の彼の姿を見てみたかったと思ったのだった。

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