トラウマからの脱却(3)
一方、先輩は彼の話を聞いて、思ったよりスムーズにドアを開けられ、まだ防御魔法を使用できるくらいの魔力が彼に残っているのなら、もう少し話ができるだろうと考えていた。
そして、防御魔法をかけられるようになって、ドアを開けて顔を出せるようになったのだから、その次のステップを提案してみようと口を開く。
「なぁ、これは提案何だが、今度、お前が休みの日に防御魔法を使った状態で魔術師長のところに行ってみないか?」
「この状態で?」
ようやくドアを開けたばかりの引きこもりということを忘れているのではないかと思わせる提案に、ロイクールが眉間にしわを寄せる。
当然提案された本人は驚いて固まっている。
確かに彼は魔力を使う仕事をした後なのに、このドアを開けて過剰な防御魔法を途切れることなく発動させているのだから、仕事のない日にその魔力を防御魔法に回せば出歩けないことはないかもしれない。
けれどドアを開けるのに勇気を振り絞らなければならない状態なのだから、まずは書類を毎日手渡しできるようになるところから始めた方がいいのではないか。
ロイクールはそう思ったが、先輩の方が彼との付き合いも長いし、関係も深い。
その先輩が言うのだから自分は意見せず様子を見るほうがいいだろうと黙って二人の話を聞くことにした。
「魔術師長も気にしてたしさ、出て歩くにはちょうどいい距離じゃないか?寮から出るわけじゃないし」
「そうだけど、この状態を何時間もやるの結構キツイから、あんまり長話に付き合わされるのは……」
「そうか……」
魔術師長の話は長いらしい。
ロイクールはまだそんな話に付き合わされたことはないが、彼らは魔術師長ともっと気さくに話をする、もしくは魔術師長の話相手に最適と考えられる相手として認識されているのだろう。
でもロイクールは彼の発言に違和感を覚えた。
「魔術師長の前でも発動させるのですか?」
その違和感を思わずロイクールは口にした。
別に魔術師長が危害を加えたわけではない。
それに仕事をさせることで、引きこもっていても今の地位を維持できるようにしてくれているのも魔術師長だ。
だが彼は自分を心配してくれている人の前でも防御を解かないと言っている。
彼からすれば、魔術師長も自分を守ってくれなかった、警戒すべき同僚と同じポジションなのだろう。
ただ魔術師長は仮にも魔術師を束ねるレベルの人なのだから、彼が本気を出せばこんな防御魔法など打ち破ってしまうのではないかとロイクールは思ったがそれは口にしなかった。
きっと彼も魔術師長ならそんなことはしないと、そのくらいは信用をしているのだろう。
「何か、あんまり気を許せない。それにあの部屋は誰でも入ってこられるから」
ロイクールの疑問に彼は少し考えてから言った。
魔術師長は何となくのらりくらりと会話をするイメージがある。
ロイクールも気を許せるかと言われたら否だ。
それに彼の言う通り、魔術師長の部屋は本人が在室していれば誰でも入ることができるようになっている。
ロイクールも何かあったら来るようにと言われているし、先輩にも最初に覚えておかなければならない場所の一つとして説明されているのだ。
つまりそれだけ人の出入りがあるということで、誰が来るか分からないのだから、今の彼からすれば警戒するしかないだろう。
「確かにそうですね……。ですが、練習すれば加減もわかりますし、時間も延ばせるようになります。今は過剰なくらいかけてますから、この状態ならもし相手が何かしても、あちらが吹っ飛ぶだけで、過剰な状態なら歩いていても周囲にぶつからないようにさえ気をつければ大丈夫かと」
彼はさっきのロイクールの様子を見て納得したようにうなずいた。
彼の見えにくい防御魔法ですら棒が折れるのだから、さっき抱きつこうとして吹っ飛んだ先輩のように、ぶつかった際に物が弾かれて飛んでいってしまう可能性があるとすぐに理解できた。
同時に自分がうまくコントロールできない間は物にぶつかっていくようなことはしてはいけないのだと気を引き締める。
備え付けで丈夫とはいえ、触れかたを間違えれば自分が盾にしているドアですら破壊しかねないということだ。
「そっか。自分が歩いている時に周りのものを壊さないようにしないといけないんだね」
防御魔法は本人が意識的に防御不要としている物に干渉しないことが多い。
だから書類は紙吹雪にならないし、ドアも破損しない。
けれど不意打ちでぶつかった場合、本人が危険として認識してしまう事が多いので、ぶつかったものをはじいてしまうのだ。
当然防御が必要と認識しているものはしっかり弾くし、それは防御魔法の強さや扱い方で変わるが、そんなに細かい制御を使えるようになったばかりの彼に説明すれば混乱を招く。
彼はきっと頭の回転がいいのでロイクールが説明をすれば理解してしまう。
そしてそれを実践できなければという考えになった時、また彼はできるようになるまで出て来なくなってしまうかもしれない。
それでは逆効果だ。
「そうですね。今の状態ですと、何かに少し勢いのある状態でぶつかったら、おそらく物の方が壊れると思いますので」
「確かにそうだね。それは気を付けるよ」
ロイクールとの会話が前向きなことに気が付いた先輩は、思わず嬉しそうな声を上げた。
「じゃあ……」
「今度休みの時に、魔術師長のところを訪ねてみようと思う。さすがに書類仕事をこの量やった後でこの魔法を長時間使うのはきついから」
彼は防御魔法を長時間使うのはきついという。
ロイクールは知らない間に何年もの間、家を覆うような防御魔法を発動し続けていたこともあり、あまり感じたことはないのだが、自他共に認める魔力の多い彼がそういうのだから、本来はそういうものなのだろう。
「次の休みはいつなのですか?」
ロイクールが彼の休みを訪ねると、先に答えたのは先輩だった。
先輩は彼に書類を運ぶのも仕事の一環なので、彼の休みの日を把握しているらしい。
「三日後だったかな」
「ああ、確かそうだった」
先輩に続いて答えた彼は、おそらく休みの日も外に出るわけではないので日付の感覚が少々狂ってしまっているのかもしれない。
確認せずに曖昧な返事をした。
「それならば三日後、魔術師長に私たちでアポを取ってしまった方がいいかもしれません。せっかく出向いて会えなければ意味がありませんし、もしかしたら部屋に入ってからの配慮をしてもらえるかもしれません。魔術師長ご都合が悪い事が先にわかれば、別の日にした方がいいでしょう」
「そうだな、そうしよう!」
「お願いします」
こうして次の彼の休み、二人は彼を連れて魔術師長の部屋を訪ねることに決まったのだった。




