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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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トラウマからの脱却(1)

書類を抱えた青年を見た先輩は、久々に見た彼の姿に感動して思わず彼に近付いた。

とにかくドアを開けてくれたことが本当に嬉しかったのだろう。

恐怖でドアを半開きにしていることなど関係ない様子だ。


「おお!会いたかった!この日をどれだけ待ち望んだことか!うわっ……な、何だ?」


両手を広げて飛びついた先輩は、彼の防御魔法によって弾かれ、危うく壁に激突しかけた。

飛びつこうとした瞬間、そうなることを予見したロイクールがこっそり先輩をサポートするための魔法を発動させていなかったら、彼は今頃壁の向こうに叩きつけられていたに違いないが、ロイクールはあえてその事を伝えなかった。

だから先輩からすれば弾かれたけれども、どうにか踏ん張ったという格好だ。

一方の彼はそんな先輩をちらっと見て、立っていられるのなら大丈夫だろうと、その視線をロイクールに向けた。


「ああ、君が……」

「初めまして。私が資料運びをお手伝いしている新人です」


ロイクールが挨拶をして頭を下げていると、ロイクールの横に戻ってきた先輩が尋ねた。


「おい、どうなってるんだ?」

「先輩、彼は今、自分に防御魔法をかけています。また飛びついたら弾かれますよ」


ロイクールが、彼が防御魔法を使っていることを説明すると、ようやく全てが繋がったのか納得した様子で言った。


「防御魔法?この間お前が言ってたやつか?しかし……そうか。じゃあメモってのは」

「防御魔法の使い方を記したものです」

「そんなに簡単なのか?」


書類に挟んだことすら、一緒にいた先輩が気付かないくらいのメモに書かれた内容を読んだだけでできるようになる魔法、つまり説明がメモ程度で済む魔法ということだ。

しかもメモを見ただけで数日後には、よくわからないと言いながらも実際に使うことができるようになっている者が目の前にいる。

つまりこの魔法そのものが非常に簡単なものであるということだ。

それならば是非、自分も使えるようになりたいと先輩がロイクールに迫ると、ロイクールは少し困ったように言った。


「簡単ですが……、かけている時間はずっと魔力を使います」

「そうか、つまり魔力量が必要な魔法ってことか」

「はい」


先輩の魔力量は少ない。

本人にもその自覚はある。

そして魔力量が必要となれば、発動するのが簡単でも維持ができない。

ロイクールの言いたいことを理解した先輩はがっかりしたようにうつむいた。


「しかし、彼はけっこう過剰に防御している気がします。殴る蹴る程度のものをかわせばいいのなら、もう少し弱めても少し衝撃を感じる程度になってると思いますが……」


ロイクールが先輩に説明していると、彼がぽつりと言った。


「加減がわからないから……」


確かに部屋の中で使えるようになったとしても、誰かに試しに叩いてみてくれと頼んだり、自分で壁に激突していって調整したりすることはできない。

そもそも人を招きいれられるのなら、ここまで人を避けるようなことはないだろうし、壁に自分で突っ込んでいけば、防御魔法で壁を破壊してしまう可能性がある。

だから過剰であっても確実に安全で、自分が安心できるくらいの防御魔法をかけた状態で出てくるのも仕方がないだろう。

本人の魔力が続くのならロイクールとしては別にかまわない。

防御魔法を使っていることは分かっているのだから、一定以上の距離に近付かなければいいのだ。


「そうですね。確かに……。今の強さだと、さっきみたいに先輩が悪意なく抱きつこうとしただけで弾いてしまいますが、攻撃の痛みも感じずに済むと思います。加減については、積み重ねとしか……」

「そうだね。ねぇ、君ならどのくらいの強さでかけるの?」


自分に防御魔法を教えた張本人であるロイクールならばどうするのか、それは素朴な疑問だ。

彼の質問に、先輩もロイクールの方を見て答えを待っている。


「この辺りを歩く程度なら、攻撃魔法は飛んでこないので、今くらいですかね。範囲も自分に近い部分に絞っています。私の場合は攻撃が来るとわかったタイミングで強化できますし」

「今の状態って、ほとんどわからないけど……」


まさか今のロイクールが防御魔法を使っているとは思わなかった二人は驚いてロイクールを見た。

確かによくよく観察してみれば、彼を何かが覆っているように見える気もするが、本当に気がする程度でほとんどわからない。


「じゃあ、その辺の物で殴りかかってみて下さい。ああ、そうですね、たぶんその棒なら棒が折れるだけで、私は怪我をしません」


部屋の入口に立てかけてある掃除道具のような棒を指差してロイクールが言うと、部屋の主は困惑して首を横に振った。


「でも、殴るなんて……」


殴られるのも蹴られるのも苦手な彼は、相手に危害を加えるのは嫌だと拒絶する。

確かに自分がされて嫌なことだけど、それを相手にすることができるような図太い神経の持ち主だったら、騎士相手に攻撃魔法を暴発させて対処していたかもしれない。

彼はそれができないくらい繊細な人間なのだ。

ならばもう一人しかいない。

ロイクールはその役目を先輩に託した。


「先輩、代わりにお願いできますか?出した腕を思いっきり棒で叩き割るくらいの勢いで」

「いや……。本当に怪我はしないんだな」

「しませんし、したら自分で治します。彼が防御魔法を使いこなすためと割り切ってくださって結構です」


そう言って、部屋の中にある棒をそれとなく手に取ったロイクールは、それを先輩に渡す。

受け取った先輩も、こんなことはしたくないと思っているようだが、目の前の彼のためと言われてしまっては断れない。

もともと、彼を外に連れ出すために協力してほしいと頼んだのは自分なのだ。


「わ、わかった。すまん!」


先輩は少し離れてロイクールに棒の先を向けると、目を閉じて棒を振り上げてから勢いよく振り下ろした。

ロイクールは振り下ろされた棒を受けるように腕を前に出した。

そして棒と腕が接触すると、パンッっという大きな音が廊下に響いた。

先輩は振り下ろした棒が当たった衝撃が思ったより強かったのか、棒を強く握って目をつぶったまま少し震えている。

部屋の主は手で顔を覆いつつも、しっかりとその光景を見ていた。

腕でその棒を受け止めたロイクール本人は、棒の当たった腕を下ろしただけで声も出さず表情一つ変えていない。

先輩が恐る恐る目を開けると、目の前には平然としたロイクールが立っていた。

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