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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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王宮の引きこもり魔術師(7)

ロイクールがメモを挟んだ数日後、先輩と書類を置いていつものように声をかけると、ドアの向こうからいつもと違う言葉が返ってきた。


「あのさ、今日も二人が書類を取りに来てくれるの?」


ロイクール達が立ち去ろうとしていると、中からそう問いかけられた。

先輩はすぐにそれに気が付いてドアに張り付くように近付くと中の人物に声をかける。


「ああ、そのつもりだが……どうした?何か足りないものでもあるか?それなら調達してくるが……」


珍しくあちらから声がかかったこと、書類の受け渡し以外の会話のできたことが嬉しかったのだろう。

先輩はできることはないかと、しきりに世話を焼きたがって、あれは足りているか、何か食べたいものはないかと色々確認している。


「あ、うん。そんなに急いでほしいものがあるわけじゃないんだけど、少し話をしたいと思ったんだ。だから書類を取りに来る時も、二人だけで来てほしい」


先輩が話すのを止めると、彼は意を決したように、後で話がしたいと申し出てきた。

それは彼が外との繋がりをまだ持っていたいと思っているということだ。

彼の言葉を聞いて先輩は満面の笑みを浮かべた。

感動のあまり泣き出すのではないかとロイクールが心配になったほどだ。

本当なら彼の表情を見せたいくらいだが、相手はドアと壁の向こうにいるのでそれは叶わない。

もしかしたらその出来事から時間が経ち、精神的に落ち着いて、先輩の熱意が通じたのかもしれない。

ロイクールは口を挟むことなく二人の会話を見守った。


「わかった。必ず二人で来るからな」

「待ってる」


二人というのだからおそらく先輩ともう一人は自分のことだ。

ロイクールは声には出さず、彼の言葉に黙ってうなずいた。

そして二人は一度その部屋の前を離れて自分たちの仕事に戻ることにしたのだった。



夕方、自分たちの仕事を終えて彼の部屋に書類を取りに行くと、いつも廊下に積まれている書類がない。

彼のことだから仕事が終わっていないということはないだろう。

まさか部屋の中で倒れているということもないとは思う。

だとすれば書類を出さなかったのはきっと、部屋を訪ねてきた時に自分たちがドアをノックし、ここに来たことを知らせてくれるのを待っているということだ。

思わずロイクールと先輩は顔を見合わせた。

そしてロイクールはドアから少し離れて下がり、先輩がドアの近くに行くと、そのドアをノックして声をかけた。


「何か話があるんだよな」

「そう」

「だから書類を出してないのか」


先輩が尋ねると、ドアの向こうから思った通りの返事が来た。


「だって、置いておいたらそれを回収して帰っちゃうかもしれないから。出しておかなければ、今朝のことを思い出して声を掛けてくれるかなって」


確かにいつも通りだったら廊下に置かれているものなのだから先に書類に目が行くし、忘れていたら確かに書類だけ回収して帰ってしまったかもしれない。

けれど先輩の朝の嬉しそうな様子で、それはあり得ないとロイクールはわかっていた。

知らないのは先輩と顔を合わせていない彼だけだろう。


「忘れない、忘れるわけないだろう!話したいことがあるって、やっと久々に仕事以外の話ができるかもしれないのに」


先輩の勢いに押されたのか、ドアの向こうの彼は黙りこんでしまった。

先輩も言いすぎたとどうしていいか分からない様子だ。

そうして少し沈黙の時間が流れたが、先にそれを破ったのは彼だった。


「そう……。あのさ、二人で来てるんだよね?」

「そう言われたからな」


彼はロイクールの声がしないことが気になったのだろう。

だから先輩にロイクールも一緒なのかと尋ねた。

そして先輩が一緒にいると答えると、彼は固い声で急にお礼を言った。


「あの、ありがとう」

「どうした、急に」


先輩がその声に戸惑っていると、ドアの向こうからロイクールに呼びかけられた。


「いや、そっちの新人」

「私ですか」


ロイクールが返事をすると、ようやく彼はドアの向こうの二人目を認識できたのだろう。

お礼の理由について核心に触れない程度にぽつりと話し始めた。


「メモ、読んだよ。それで少し、それっぽい事ができるようになったんだ」

「良かったです」

「そこには二人以外、誰もいない?」

「はい、いません」


ロイクールが答えると、ドアの向こうでごそごそと動く音が聞こえ始めた。

誰もいないと聞いて何かしたいことがあるのだろうとロイクールが次の彼の反応を待つことにした。


「メモって、何の話だ?」


話を聞いていてもの状況を理解できない先輩はロイクールに尋ねた。


「書類の隙間に挟んだ彼宛の手紙みたいなものです」


彼がメモを読んだというので、ロイクールが、実は数日前、書類の間に手紙を挟んでおいて彼に話したいことを伝えたのだと言うと、先輩は感心したように言った。


「そうか、そういう方法もあったんだな……」


今まで先輩はどうにか彼と会話をしようとドアに向かって、毎日、熱心に話しかけていた。

ロイクールがこの仕事を手伝うようになってからしか先輩の様子は見ていないが、おそらくロイクールが来る前から、彼が引きこもってから、それこそ毎日同じことを繰り返してきたのだろう。

ひたすら彼が心を開いてくれるまで声をかけ続ける、確かに声が聞こえれば安心する部分も大きいだろうから、やってきたことは間違いではないと思う。

けれど本当に伝えたいことがあるのなら、その手段を変えなければならない場合もある。

きっと彼を外に連れ出すのは急ぐことではないし、一度強制的に連れだそうとした事がトラウマになって、他の方法を試そうという感覚が失われたのかもしれない。

だから拒絶されない程度に毎日声をかけ続ける日々を繰り返していたのだ。



そんな話をしているとドアの向こうから二人は呼びかけられた。


「じゃあ、書類を渡す。ドアを開けるから二人ともとりあえず離れて」

ロイクールと先輩は顔を見合わせてからすぐにドアから距離を取ると、彼に声をかけた。

「あ、ああ」

「離れました」


二人がそう答えると、彼の恐怖を代弁するかのように、静かにゆっくりと部屋のドアが開かれた。

明らかに中から様子を伺っているのが分かる。

ドアを開いて視界の利く限り周囲を見回した彼は、さらにゆっくりとドアを開いていった。

二人は離れたところからその様子を見守っている。

ここで無理矢理彼を部屋から引っ張り出したら、引きこもりの原因を作った先輩魔術師たちと同じになってしまう。

だから彼が自分でドアを開ききるまで、先輩もロイクールもただ黙って待っていた。

そうしてドアが半分くらい開いた時、ようやく二人から彼の姿が確認できるようになった。

彼もそれを感じたのだろう。

それ以上ドアを開けることはせず、片手はドアノブを握ったまま恐る恐る口を開いた。


「あの……、初めまして。私がこの部屋から出られなくなった王宮魔術師です」


開いたドアの先には、少し過剰な防御魔法を身に纏い、書類を抱えた青年が、少し怯えた様子で立っていたのだった。

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