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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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王宮の引きこもり魔術師(6)

ドアの前で先輩はどうしていいのか分からないと黙ったままの状態だったが、ロイクールは彼の言葉を聞いて思ったことがあり、それを尋ねた。


「あの、先輩は魔力量が多いと聞きました。防御魔法は使えないのですか?」

「防御魔法?使ったことないな」


その声から察するに、その魔法を知らないか、もしくは使うことすら考えたことがなかったか、そんなところだろうとロイクールは感じた。

ロイクールが知る限り、模擬戦では強すぎる攻撃魔法は制限されているが防御魔法は制限されていないはずだ。

なのにここの魔術師は魔術師長クラスの人間が治癒魔法を使わないと治らないくらいの怪我を負っている。

魔力が弱いのなら発動時間が短いので仕方がないかもしれないが、魔力量の多い彼がそれをしなかったのは、その発想すらなかったということだろう。

それを提案しない魔術師長もどうかと思うが、魔術師長にもそういう発想がないのかもしれない。

おそらく自分が治せば治るから問題ないとでも考えているのだろう。

ロイクールからすれば、それだけで充分、平和ボケしているように見えるが、それはこの環境なのだから仕方がないのかもしれない。

思わず口に出そうになったそんな感情を押さえながらロイクールは続けた。


「それができれば物理的な攻撃の恐怖はかなり消えると思いますが……」

「そうなのかな。でも、私は騎士を見ただけで足がすくんでしまうから、もし使えるようになったとしても瞬時に魔法を発動できないかもしれない」


瞬時な発動など何度もやっていなければできるものではない。

別にロイクールだって最初から何でもかんでもできたわけではなく、大魔術師に何度も何度も訓練されて身につけていったものだ。


「それは練習次第ですし、そんなに怖いのなら部屋を出てからずっと発動しておけばいいのではないでしょうか?」

「なるほどね。それができるなら……」


魔力量の少ない人にずっと魔力を発動しろとは言えないが、彼はそれなりの魔力量を持っていることはわかっている。

だからこそロイクールはこの提案をした。

彼もそれを分かっているからなのか、魔力の続く間だけでも外に出られるという点に触れると、それが魅力的に映ったのだろう。

彼から少し前向きな返事がきたので、ロイクールはやる気があるのならと自ら彼に防御魔法を教えると名乗り出た。


「誰にも攻撃されない環境なら練習できるのではないですか?自分だけを防御する練習なら、寮の部屋でも充分です。練習の時点では自分以外の人に使用するわけではありませんし、攻撃魔法と違って物が壊れるとか、人を害するような暴発をするという話は聞いたことがありません。よろしければお教えします」


もちろん防御魔法で恐怖を消すことはできない。

けれど防御できれば、確実に自分が受ける痛みを軽減させることはできる。

だから以前のような痛みを受けないことが、外に出るための安心材料の一つにしてほしいと提案したのだ。

だが彼はそれを教わるためにはこのドアを開けなければならないと考えたのだろう。

それ以降、彼は無言になってしまった。

このまま呼びかけても仕方がない。

ロイクールは先輩に戻りましょうと声をかけた。

そして、ドアの向こうの彼にもそのことを伝える。


「あの、とりあえず書類は置いておきます。そして私たちは仕事に戻ることにします。仕事をしながらゆっくり考えてください。返事は急ぎませんから」


二人はそう言い残してその場を後にした。

先輩は彼が仕事以外の会話をしたことに少し安心したのか、仕事場に戻る道すがら、ロイクールにお礼を言った。


「君に相談しておいてよかった。彼が仕事の返事以外で話をしたのを久々に聞いたよ。ありがとう。あとは君の提案を彼が前向きに考えてくれたらいいのだが……」

「私は詳しく知りませんが、長い間、打開策も見いだせないまま生活していたのですから、急に新しい提案をされて混乱しているかもしれません。様子を見た方がいいと思います」

「それもそうだな」


そんな話をしながら仕事場に戻った二人は、何もなかったかのように、目の前に積まれた自分たちの作業を片付け始めたのだった。



自分たちの仕事を終えた二人は再び彼の部屋の前に向かった。

あのような会話をした後にも関わらず、仕事だけはきっちりと終わらせてあり、彼の真面目さがうかがえた。

書類を持ち帰る時、二人はもう一度彼に声をかけた。

返事を急かしているようで申し訳ないので、二人ともあえて防御魔法の提案について触れずにいた。

結果、彼もその話に触れることはなく、朝に話したのは何だったのかと思うくらい、いつもと変わらない会話をするだけで終わってしまった。

これで仕事が進まなかったとなれば、彼を心配する言葉をかけられたのだが、彼はしっかり仕事を終えている。

だから何も言えることはない。

結局その日、彼から色よい返事をもらうことはできなかったのだった。



翌日、ロイクールは先輩に見つからないよう、書類の間にメモを挟んだ。

そのメモは物理的な攻撃から身を守るための防御魔法の方法を書いたものだ。

別に彼から教えてほしいと頼まれたわけではない。

けれどドアを開けることに抵抗があるだけで、やってみたいという意思があるのなら、きっとメモを見ながら一人で挑戦するに違いない。

そしてもし、コントロールがうまくいかなくても自分を守れるような魔法を使えるようになったら、その魔法をかけた状態でドアを開けてくれることも期待できる。

彼の魔力量が他の魔術師より多いのは書類仕事の量を見ればわかる。

けれど彼と直接会ったわけではないので、適正があるのかどうかは分からない。

ただ、これを試すことで彼が一歩前に踏み出せるのならとロイクールは考えた。

やってみて分からないことがあればドア越しにでも尋ねてくれるだろう。

もしかしたら魔法がうまくいかなくてもドアを開けて顔くらい出してくれるかもしれない。

ロイクールは自分で故郷の家を離れる決意をした時のことを思い出していた。

あの事があったからからこそ、今の彼の状況が他人事には思えなかったのだ。

彼には無理強いされることなく、ドアを開けられるようになってほしい。

このメモにはロイクールのそんな願いが込められていたのだった。

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