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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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王宮の引きこもり魔術師(4)

相談の翌日、ロイクールは先輩に言われて朝から書類を抱え、例の引きこもりの部屋に同行することになった。

先輩によると、前日はロイクールが仕事を教えてもらう前にこの書類を二往復して運び、ロイクールと食堂で別れた後、やはり二往復して仕事場に戻したのだという。

今日はロイクールが一緒に運んでいるので二人で一往復で済むから助かると言われたが、それならばせめて食後の一往復だけでも声をかけてくれたら手伝ったのにと密かに思ったが、こうして今日、声がかかったのだから、これからは、おそらくこの書類を部屋から出てこれなくなっている魔術師のところに運ぶのが朝の日課になるのだろう。


「けっこうな量ですね」


バラバラになったり落としたりしないよう、両手にしっかりと紙を抱えてロイクール尋ねると、同じだけの紙を持っている先輩は慣れた様子でうなずいた。


「彼はこれを一日で終えるんだ。普通の魔術師がやったら七日はかかる」

「そうなんですか?」


青年二人が両腕に抱えて運ぶ量の紙だが、半分は見本となる契約書である。

そのため実際に記入するのは一人が抱えている量だけだ。

さすがに丸一日かければ写すくらいできるだろうとロイクールが不思議そうにしていると、先輩は乾いた笑い声を出してから言った。


「文字を書くスピードや、体力、作業時間の問題じゃなくて、これだけ書いたら魔力が枯渇してしまうからな。そうなったら魔法契約書は作れない」

「じゃあ彼は……」

「これだけの量を作ることのできる、高い魔力を持つ魔術師だ。あのことがなければな……」


会ったことはないが、高い魔力もあり、ここまで人に慕われ心配してもらえるような人なのだから、きっと本人に恐怖心さえなければ、さぞ戦でも活躍しただろう。

そういう人は戦でも最後まで仲間を見捨てることはしないはずだからだ。

だがきっと、良い人が故に、人を傷つけることや、模擬戦のルールを破ることができず、戦いに躊躇してしまったに違いない。

そしてそこでトラウマになるような出来事があったのだろう。

この先、戦が再び起こるかどうかは分からない。

けれど、こうして王宮には騎士と魔術師が配置されているのだから、いつかは起こることが想定されているのだろう。

ロイクールがそんなことを考えながら先輩の後ろをついて歩いていると、彼の部屋が近付いて来たらしく、声をかけられた。


「部屋はあの一番奥だ。突きあたりの壁のところにこの書類を置く」

「わかりました」


先輩が書類を置いた場所を参考にして、ドアを開けた時に邪魔にならないよう、ロイクールはその隣に同じように書類を下ろした。

すると先輩はその人の部屋をノックすると、返事を待たずに声をかけた。


「今日の分持ってきた。置いておくからな」

「わかった。やっておく」


ドアの向こうから感情のない冷たい声が返事をしている。


「あの……」


ロイクールが一応挨拶しようとドアに向かって声をかけようとしたところで先輩がそれを遮った。


「そうだ、今日は新人にも運ぶのを手伝ってもらったんだ。俺がいない時は代わりに運んでもらうかもしれない」


先輩は彼を怖がらせないように魔術師の新人が入ったとロイクールの説明をすることにしたらしい。

騎士を負かす力があるということは伝えず、か弱い新人が来たと誤認させれば少しは警戒心を解いてくれるかもしれないと考えたのだろう。

だが、ドアの向こうの彼の回答は簡素なものだった。


「そう……」


この一言だけだったのだ。

だが先輩はそんな冷たい対応にも負けず、ロイクールがいるからか声をかけ続ける。


「なあ、一度くらい顔を見せてくれないか?新人も書類をどんなヤツがやってるかくらいは知っておいた方がいいからさ」

「今度にして」

「わかった……。取りに来た時にまた声かける」

「……」

「なぁ……」


一度は諦めたが、やはりまだ思うところがあったのか先輩は再びドアをノックして何かを言いかけた。

だがきっと彼はこれ以上何も言わないだろうと察したロイクールは、先輩に声をかける。


「あの、私達がここにいたら、この方は仕事始められないんじゃないですか?」

「そうだな……」


おそらく彼はここに人の気配がある間、ドアを開けることはしない。

ロイクールにはそれがよくわかった。

だからもうすぐここからいなくなるから安心してくれと、このドアの向こうで聞いている彼に伝わるよう、わざわざそれを口に出して言った。


「戻りましょう。対面は後日でも……」

「ああ。そうするか」


新人に紹介するという理由があれば出てきてくれるかもしれないと、先輩は期待していたのだろう。

だが残念ながら彼がドアを開けることはなかった。



夕方になり、同じように二人で書類を取りに行くと、確かに同じ場所に書類が積み上げられていた。

白紙だった用紙全てに契約内容が転記されているので、本当にこの仕事を一日中行い、一人で片付けたようだ。


「本当に終わっていますね」


ロイクールが二つに分けられた束の片方を抱えると、先輩はその前に再び彼の部屋のドアをノックした。


「お疲れ。今日の書類持っていくからな。明日はインクも持ってくるから頼む……」

「ああ」

「今また、新人も連れてきたんだけど……」

「今度にしてくれ」

「……わかった」


先輩が懸命にロイクールのことを紹介しようと試みたが、結局この日の対面は叶わなかった。

まあ、元々人に会うことが怖くて部屋に閉じこもってしまっているのだ。

彼にしても、いきなり新人という見知らぬ人に対面しろと言われても困るだけだろう。


「悪いな」

「いえ。行きましょう。彼は今日、私が来ることを知らなかったでしょうし」

「そう言ってもらえると助かる」


そう言うと先輩は残されたもう一つの書類の束を抱えて歩き始めた。

ロイクールは、落ち込んでいることを隠すように歩き始めた先輩の背中を、書ける言葉を見つけられないまま追いかけるのだった。



ロイクールは師匠が自分にどう接していたかをよく考えた。

確かに彼は死にかけた自分をあの家に押し入って助けてくれた。

でもそれは自分が死にかけていたことを師匠が察していたからだ。

けれど彼は、別に死にかけていない。

それどころか、きちんと仕事までこなしている。

本人の意思で部屋から出ないだけだ。

ロイクール自身に大魔術師のようにうまく説得する技術はない。

だからロイクールは毎日、先輩に同行し、彼の部屋の前に書類を運ぶことにした。

そして毎日、必ず一言声をかけて帰る。

まず必要なのは、ここに来ている先輩も、新人のロイクールという人間も、彼に害を与える人間ではないと認識してもらうことだ。

まずはドア越しでもいいから何か会話ができれば前進だ。

そこからどうにか彼に対面するための糸口を見つけるしかない。

こうして先輩とロイクールは、彼がドアを開けて話してもいいと思ってもらえるようになるまで、毎日彼の部屋を訪ねることになるのだった。

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