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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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王宮の引きこもり魔術師(3)

その日、一日一緒にいた先輩と食堂で夕食を共にすることになった。

二人で注文した食事を受け取り、空いているテーブルに向かい合わせに座ると、先輩が急に真剣な顔でロイクールに言った。


「実は……、君に会ってみてほしい人がいるんだ」

「急にどうしたんですか?意味がわからないのですが」


彼が真剣なことが伝わってきたため、ロイクールも食事の手を止めて話を聞くことにした。

仕事の時は何も言っていなかったので、おそらく仕事関係の話ではないのだろうとロイクールは考えたのだが、話を聞いてみると全く関係のない話でもなかった。


「この前話したいことがあると言っただろう。それがこれから話すことなんだが、すごく有能な……といっても、君ほどじゃないが、とにかく王宮魔術師の一人が、騎士にボコボコにされたことがキッカケで、部屋から出てこれなくなっている……」

「それで?」

「もしかしたら、彼も君になら会ってくれるんじゃないかと思ったんだ」


騎士たちの横暴な態度、身体的な暴力が魔術師の精神力を削っている。

それは他の魔術師の態度を見てもよくわかった。

彼らは常に騎士たちを恐れて、共有の場所ではびくびくしながら生活している。

ロイクールは目の前の先輩以外の人と仕事などで絡んだことはまだないが、おそらく騎士のいないところでは、もう少し力を抜いて生活しているに違いないし、そうであってほしいと考えていた。

けれど現実には、優秀な魔術師の中に、部屋から出られなくなるような仕打ちを受けた者までいるという。

ここまで来ると、さすがに騎士の扱いは考え改められるべきではないかと思うのだが、実際、多くの魔術師に力がないこともあり、制度があってもうまく機能しないのだろう。


「その彼は、部屋から出られないということですが、仕事をしないでずっと寮にいるということですか?それとも、病気や怪我をされて休職扱いになっているのでしょうか?」


大魔術師と戦争によって仕事復帰の難しい人というのを多く見てきたロイクールは、その時のことと重ねて尋ねた。


「いや、そうではない。体の怪我は治っているし、問題は精神的なものだけだからな。それに仕事はこなしている」


ところが先輩はロイクールが言ったように休職しているわけではないし、仕事もしているという。

ロイクールは意味がわからず、先輩に説明を求めた。


「出てこないんですよね。仕事って……どうしているんですか?」

「部屋の前に書類と指示書みたいなものを置いておくと、それを部屋でこなして、終わったら同じように部屋の前に積まれてる」


それでは中の人は、いつその書類と指示書が置かれたことを知るのか。

何か特殊な魔法でもあるのだろうか?

それとも話くらいはできるのだろうか?

そもそもそんな状態では会うどころか会話もできないのではないか。

ロイクールは姿の見えない魔術師のイメージをつかみきれずに困惑した。


「会話もしないのですか?」

「実は、最初はドアくらいは開けてくれたんだけど、そこでドアを開けた時に彼を引きずりだそうと強行したのがいて……。それからは、外に人がいるうちはドアも開けてもらえなくなってしまった。今は辛うじて、ドア越しなら会話もできる」


先輩の話では一応会話はできるらしい。

だが出てこないどころかドアすら開けないらしい。

ロイクールはそれを聞いてふと疑問を持った。

彼がそうなってからどのくらいの時間が過ぎているのだろう。

数日ならば部屋に持ち込んでいた保存食などで賄えるかもしれないが、話の感じではとても数日前に起こった出来事のようには聞こえない。

そもそも数日前のことだったら、仕事も知らない新人にこんなことは頼んだりはしないだろう。

それがいくら騎士に勝った魔術師であってもだ。

だからロイクールは彼の身が心配になった。


「食事はどうされているのですか?」

「たぶん元々部屋に持ち込んでいた保存食と、たまに自分たちの渡す差し入れがあるからそれで何とかしのいでいると思う。寮の食堂が終わる時間に、捨てるのはもったいないし、どうせ捨てることになるのだからと、残り物を鍋のまま食堂の人が置いてみたら、翌朝にはキレイになった鍋がドアの前に戻されてたらしくて、それからは食堂の残り物がある時は書類と同じように置かれるようになったんで、飢えることはないと思う」

「怪奇現象か、過保護かよくわからないですね」


仕事を置けば仕事が片付けられていて、鍋を置けばきれいに食事が平らげられている。

姿の見えない何かがあるという点は怪奇現象に近い。

わかっているのは、そのドアの向こうに引きこもりがいるということ。

それさえなければ何か違うものの存在を疑うところだ。

ロイクールがそんなことを考えていると、先輩が急にロイクールの方を叩いた。


「そこで君の出番だ」

「よくわからないのですが?」

「もしかしたら、騎士を負かした魔術師が一緒なら、部屋から出てもいいと言ってくれるかもしれない」

「何故そこまでするんですか?」


仕事もしている、食事もとれている、何が問題なのかロイクールには分からなかった。

仕事をしているのなら寮にいる資格はあるだろうし給料だってもらっていいはずだ。

そして本来ならば食べる権利のある食事なのだから、それを食べることも問題ない。

別に仕事をする場所など、仕事として成立するのならどこでも構わないし、ロイクールが唯一心配した餓死のリスクも食堂の残り物が解決している。

ロイクールが不思議そうに尋ねると、先輩は方を叩いていた手を引っ込めてため息をついた。


「さすがに無理矢理引きずりだそうとした仲間が、責任を感じているんだ。それに仕事も本当ならもっと効率よくてきるはずだし、あと……、ずっと姿を見ていないので、君の言う怪奇現象でも生きている事はわかっているが、心配だからだな」


先輩はなんだかんだ彼のことが心配で、一目でいいから彼の姿を見ておきたいという。

そしてロイクールをきっかけに、もし彼がドアを開けてくれるのなら、彼に謝罪したいという魔術師にも会わせるつもりとのことだ。

だがまずは、ドアを開けてもらうこと、何とかそういう会話をすること、そのとっかかりとして、魔術師にもすごい人がいて、その人は自分たちの味方をしてくれると伝えるのがいいと先輩は判断したとロイクールに説明した。

だが話を聞いて、ロイクールはおそらくそれでは無理だろうと判断した。

もし引きこもっているのが自分だったら、過去に大魔術師に説得されて自分の意思で出ることを選択できていなかったら、未だにあの家で誰も信用することなく、命が果てるまで両親の亡骸と一緒に過ごしていたと思う。

それにその彼は一度仲間だと信じた人にすら、無理やり連れ出されそうになり、さらなるトラウマを植え付けられている。

だが、彼はいずれ外に出られるようになった方がいいはずだ。

だから協力はしたいと思うが、そのために騎士を負かした魔術師を連れてきたというのはどうかと思う。

だからロイクールは先輩に異見することにした。


「けれどそれは紙一重じゃないですか?」

「なぜだ?」

「魔術師の中で騎士を負かす力を持つ私を、その彼が見ず知らずの私を信用しますか?彼は信頼していた人に無理を強いられて、ますます部屋から出られなくなったのですよね?」

「それは……」


自分たちが彼の引きこもりを悪化させたという自覚はあるのだろう。

痛いところを突かれた先輩は、ロイクールの意見に反論できず言葉を詰まらせた。


「それに、その人たちが依頼した、さらに力では敵わない相手の前に顔を出したりしますか?かえって怖がるのでは?」


自分だったら顔を出さないと強く言うと、さすがに少し考える様子を見せた。

先輩にも思うところがあったのだろうと、ロイクールが黙っていると、先輩はそれでも、と小さな声で呟いて顔を上げた。


「確かにそうかもしれない。でも、試せることは試しておきたい」

「わかりました。ドア越しに話をしてみるところからやってみましょう。成功する保証はありませんが」

「充分だ。是非頼む」


先輩はそう言ってロイクールに頭を下げたのだった。

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