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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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大魔術師最後の弟子(6)

大魔術師の意思は分かった。

記憶を抜くことで助けられる命があることも理解はできた。

けれどそれをロイクールが覚えなければならない理由が分からない。

王宮魔術師になったとはいえ、戦争孤児だったロイクールが戦争の後始末を頼まれることはないはずだからだ。


「あの、なぜこの魔法を僕に?」


ロイクールがそう尋ねると、大魔術師は大きく息を吐いて、しっかりとロイクールの目を見た。


「私に何かあった時、手元に記憶の糸が残ったら、その時はロイクール、お前に託したいのだ」


大魔術師の手元には多くの記憶の糸があるという。

それはもう数え切れないほどの数らしい。

だから自分が生きている間に記憶を戻せない者が絶対にいると彼は言った。

ちなみに記憶の糸は全てを持ち歩いているわけではなく、自分の防御魔法を使った特殊な場所にその記憶を大量に保管していて、それと同じ機能がさっき糸をしまっていた特殊なカバンにも施されているのだという。


「他の王宮魔術師ではだめなのですか?」


戦争の後始末というのなら別にロイクールである必要はない。

むしろ戦争の責任を取らなければならない人間は他にもいるはずだ。

国から命を受けての戦争であったはずなのに、大魔術師だけが戦争が終わった今もその責任を背負わされていること自体がおかしい。

だから能力の高い王宮魔術師が、その責任の元、王宮で記憶の糸を管理していればいいのではないかと主張すると、彼は首を横に振った。


「彼らに忘却魔法は使えんよ。まず糸を見ることができるものが少ない。あとは感性の問題だ。能力だけで人の記憶を操る魔法を安易に教えるわけにはいかん。記憶の糸を雑に扱っても魔術師は痛くも痒くもない。あいつらではおざなりになるだろう。それにこの魔法は使い方によって悪用できるものだからな。権力の中で魔法を行使するだけの者では上のいいように使われて終わりだろう」


王宮魔術師は能力だけではなくコネで入る者も多い。

もともと魔法が使えるだけで一般より高く評価される傾向にあるため、その血族などが能力が低くても魔術師として混ざっているのだという。

だからあのような簡単な課題を、言われた通りにこなすだけで入れてしまう仕組みなのだ。

ちなみに筆記は満点である必要はないし、魔法も全ての属性を使える必要はないそうで、そのことは王宮魔術師として中に入ってから大魔術師によって知らされたことだ。

それを知った時、手を抜けと言われた理由を理解してロイクールは絶句した。

王宮内は王族と一部の貴族が都合よく生きられるようにできているというのもその時に説明された。

確かにそんな人に記憶を託すのは心許ないというのは分かる。

彼らは戦争の時も、自分たちは高みの見物をするだけだったし、そんな人間のやることだから相手のことなど考えず記憶の糸を利用したり、管理が面倒になったら管理することを放棄したりする可能性がある。


「それじゃあ、何故、僕が王宮魔術師になるよう仕向けたんですか?」


けれどもそんなに信用できないところなら、なぜ自分の職場として斡旋したのかとロイクールはうらみがましく尋ねた。

すると大魔術師は何度目かのため息をついてから言う。


「あの時のお前には、肩書も後ろ盾もなかった。あの時点で私に何かあれば、その才を活かすこともできず、生活にも仕事にも困ることになっただろう。それにお前の能力は高い。あの家を一人で守っていた時のように無知の状態で放っておけば、力を悪用される可能性もあった。だが王宮魔術師という経歴を持てば、それだけで人の見る目は変わるし、国の中枢機関ならば多くの監視の目がある。だからその能力を持てあますこともないし、暴走しても食い止められる者がいるだろうと考えてのことだ。結果的にこうして私は長生きしてお前に全ての魔法を託すことができそうだがな」


大魔術師は自分が早々にこの世からいなくなる可能性を考えて、ロイクールをできるだけ安全に生きられる場所に置きたかったのだという。

大魔術師が元気でずっと一緒にいられたのは奇跡のようなものだということをロイクールはその時初めて気がついた。

確かに彼は自分の両親よりも年上だろう。

彼より年下だった両親は自分を残して早くに戦争で亡くしてしまった。

戦争を経験しているからこそ、人はいつ死ぬか分からないと大魔術師はそう言った。

だからこうしてここまで一緒にいられたのは結果論なのだと。


「師匠はどうしてそこまで……」


常に自分に何かあった時のことを考えロイクールの将来を案じてくれていた大魔術師の思いを聞いてロイクールは言葉を詰まらせた。


「どうして、か。初めて見た時、お前の才能に惹かれた、そして弟子にして共に旅をしているうちに情が芽生えた。……だが、幼い子供に無意識であんな魔法を発動させることになった、戦争に関わった大人としての贖罪かもしれんな。私は誰かに許されたいのだろう」

「師匠は……」


もし自分が忘却魔法を使えるようになったら戦争の記憶を抜いてほしいのか、その方が幸せになれるのかと聞こうとしたが、それを察したのか、先に大魔術師は言葉を遮って答えた。


「自分で自分の記憶を抜くつもりはない。抱えられるのなら抱えたまま、切り取ることなく自分の力だけで消化した方がいいものだ。これを背負うこともまた、贖罪のひとつとして受け入れることにしたのだからな」


自分のことをここまで考えてくれていた彼の思いと聞いて、ロイクールの心は動いた。

生きるためにあらゆる手段を講じてくれた彼に、今度は自分が彼に恩を返す番だ。

それはとても重たいものだったが、自分だってあの時、彼に助けられなければ、あの家で餓死していたに違いないのだ。

けれども自分は彼に助けられて生かされた。

そして多くの場所を回って広い世界を見ることもできた。

偶然かもしれないが自分は魔力が高く、良い指導を受けられたおかげで多くの魔法を使えるようになったし、適性があったのか記憶の糸をはっきりと認識することができた。

だから彼から忘却魔法を受け継ぐというのも、きっと運命なのだろう。


「わかりました。師匠の意思と魔法を継ぐ覚悟として、僕も自分の苦しみは自分で消化して背負っていくことにします。それがどんなに苦しくても耐えてみせます。僕にできるのはそれくらいしかありませんから」


大魔術師は全てを受け入れる覚悟をしていると言った。

自分の苦しい記憶も、他人の抱えている苦しい記憶も全て自分の記憶として残っているものも全てだ。

だからロイクールもこの時、忘却魔法とその覚悟を大魔術師から受け継ぐ決意をしたのだった。

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