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優秀な魔術の使い手

ロイが管理室で仕事をしていると、受付から声がかかった。

彼らは糸車のある管理室の中に入れない。

ロイが契約していない者が中に入れないよう結界を張っているためだ。

結界があっても、外にいても糸車の軋む音は小さくない。

中がどうなっているか分からないが、ドアを閉めているのに聞こえる音は中で聞いたら小さくないことは分かる。

そのため従業員はロイに声をかける際、管理室の入口にあるドアを力いっぱい叩いて声をかけることになる。


「ロイさーん!ロイさんにお客様ですー。何でも騎士団の方らしいんですけどー、偉い人の対応は私たちにはできないですー。ロイさーん!」


そうして声をかけられていることが分かると、ロイはすぐに手を止めて管理室から外に出た。


「客人?」

「はい。なんか騎士団の偉い人っぽくて、どうしていいか分からないです」

「ああ、わかった。出よう」


管理室にロックがかかっているのを確認すると、ロイは受付に向かって歩き出した。

後ろを呼びに来た従業員がついてくる。


「すみません」

「いや、良く分からないのとか、偉そうなのは無理に相手しなくていい」

「助かります」


偉い人に逆らえるほど、ここにいる従業員の立場は強くない。

だからロイはそういう人間がきたらすぐに自分を呼ぶようにと伝えている。

自分ならば、最悪争うことになっても、その高い能力を使って相手を負かすこともできるという自信があるからだ。



「お待たせしました……。やっぱりお前か」


ロイは尋ねて来た人間を見るなりため息交じりにそう言った。

従業員の言葉を借りるなら、偉い人っぽいということで、すでに離れた場所で椅子を進められて、彼はそこに座っていた。

従業員の言う、騎士団の偉い人っぽい、その通りで、彼は団長という地位にある人間である。


「なぁ、今からでも王宮に戻るつもりはないか?」

「ない」


挨拶代りと言わんばかりに彼はそう言うが、ロイはきっぱりと断る。


「やっぱりさ、お前はギルドに引きこもるには惜しい人材なんだよ。まだ若いし、優秀な魔術の使い手で、将来だって有望だ。国に尽くしてくれたら助かるからさ」


彼も慣れているのか断られようと話を続ける。


「何でこんな国に尽くさなければならないんだ。随分と都合のいい話だな」

「いや、それはわかって言ってるつもりだ、けどな……」

「それにこの件はすでに終わったことだろう。蒸し返されるのは気分が悪い」


明らかに不快そうに眉をひそめるロイに、彼は困った表情をする。


「蒸し返さないと確認できないじゃないか」

「聞かなくても分かっているなら、わざわざ確認する必要はないだろう。そこに割く時間もムダだ」

「そう言われても、俺は諦めが悪いからね。それにちょっと困ったことになってて……」


何とか話だけでも聞いてもらいたいと、すがるように言うが、そんな彼をロイは冷たくあしらう。


「知らん。帰ってくれ」

「わかった。今日は帰る。また来るからさ、少しは考えてよ」

「もう来るな。それから……」


珍しくロイが追い返す言葉だけではなく何かを続けようとしたのを感じた彼は、その言葉を聞くため、身を乗り出した。


「何だ?」

「お前たちがやったこと、時間が解決するだろうとかいう甘い考えを思っているなら、そんなものは捨てた方がいい」

「……」


彼は言葉を失った。

本当にロイは自分たちを切り捨てようとしているのだとその冷たい口調からも感じられた。

そんな彼にロイは言った。


「ああ、でもな、もしお前が俺に関する記憶を全て抜いていいと言うなら、一度くらいは話を聞いてやらなくもない」

「……それはできないな。だってそれじゃあ、その話をしたことまで忘れちゃうってことだろう?」

「そうだな。じゃあ話は終わりだ。その気になったら来てくれ」


話を聞いてもらっても記憶を抜かれては意味がない。

聞いたことを覚えておくこともできないし、ロイに関する記憶を全て抜かれるということは、次に会った時、自分がロイを初対面の人間と感じるようになるということだ。

せめて、気さくに話しかけられる関係くらいは継続したい。

どんなに冷たくあしらわれても、話ができるだけで救われるところがあるのだ。

分かっていたことだが、今日も勧誘に失敗した。

彼はその結果を持ち帰らなければならない。


「俺も仕事で来ているんだ。お前の感情は分からなくはないが、こちらの立場も理解してくれると助かる」


彼はそう言うと、ロイの言う通り素直にギルドを出ていった。

去って行く彼の背に向かって、ロイはつぶやいた。


「客でもないのに中に入れてやって、話を聞いてやってるだけで充分譲歩してるがな。面会こぎつけたという実績だけで充分だろ」


ロイは招かれざる客が帰って、従業員が普通に仕事に戻れたことを確認すると、再び管理室に戻るのだった。



数日して、さらに上位の招かれざる客がギルドにやってきた。

ここまで頻繁に彼らがギルドに現れるのは、このギルド開設時以来のことだ。

さすがに今回は相手が相手なので、個室になっている応接室に通されているところで、対面する。


「ロイクール」

「殿下……」


今度はこいつかとロイは口には出さないものの、やはり冷たい目を向けている。

相手はこの国の皇太子殿下である。


「個室で殿下はないだろう」

「私は忘却魔法管理ギルド、管理人のロイです。本日のご用件は何でしょう?」


業務として話を聞く、ロイはそう暗に示した。

入室してからロイは座ることすらしない。


「いや……様子を見に来ただけなんだが……」


場を和ませようと日常会話から入ろうとした殿下がそう言うと、ロイは追いだしにかかる。


「そうですか。当ギルドは健全な運営を行っております。必要であれば記録をすべてお見せいたしますが、お持ちしますか?」

「健全な運営……、それはわかっているよ……。すっかり嫌われてしまったな、我々は……」

「私には関係ございません。ではもう、ご用はお済みですね」


退室を促すべく、ドアを開けようと動いたロイに殿下は言った。


「やっぱりもう、私たちに力を貸してはくれないのか?」

「貸せるものなどございませんので」


ロイは本当に彼らに力を貸す気はない。

自分に対してひどい仕打ちをした人間のために再び自分の能力を使う気はないし、ましてや雇われるなどあり得ない。


「何でこんなことになってしまったのかな……」


殿下は俯きながらつぶやくが、ロイはその言葉に嫌悪して冷たく言い放つ。


「あなたがそれを言いますか。私から全てを奪ったあなたが」

「それに関しては……私には謝罪するしかできない。だから謝罪ならいくらでもする、それで気が済むなら……、また、友人に戻れるのなら……」

「手遅れです。全て、元には戻らないのです。お引き取りください」


今度は躊躇いもなくドアを開ける。

ドアをあけられれば話が外に漏れてしまう。

ロイにドアを閉めるそぶりがないところを見ると、本当に追い返すつもりなのだろう。

殿下は仕方がないと言ったようにため息をついて立ち上がった。


「今日は帰ることにする。また近いうちに訪ねることになるけどね」


殿下はドアの近くまで歩いていくと、ドアを開けておくために手で押さえているロイを見た。

殿下にそのようなことをされれば、普通の人であればひるむのだろうが、ロイに全くその様子はない。

殿下は悲しそうな表情を浮かべ、目を逸らすと応接室から退室する。

体裁上、見送りをしないわけにはいかないため、ロイはギルドの出口に向かう殿下の後についていく。

そして、彼がギルドから出る際に頭を下げて見送ると、役目を終えたと未練もなくドアを閉めるのだった。

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