大魔術師最後の弟子(3)
ロイクールの希望を受けて、大魔術師は王族と王宮魔術師に彼を紹介することにした。
仕事をしなければならないが、できれば自分と一緒にいたいと言った彼の希望を叶えるため、そしてもう少し長く自分の手元に置いて育てる時間を得るためだ。
大魔術師は当初、王都に着いたらすぐにロイクールを王宮魔術師として推薦するつもりでいた。
そうして職を得ることができれば、この先、安泰だと考えていたのだ。
もちろん、能力に問題がないことは確認済みだし、貴族のマナーをきっちりと教えたのも王宮魔術師として働くことになれば相手にする大半が貴族となることが分かっていたからだ。
街で働くならば役に立つ程度のものだが、王宮内で生きていくのなら必須となるものだった。
けれどそこでふと気が付いた。
ロイクールの人生を自分が良いだろうという理由だけで決めてしまうのは間違っているのではないかと。
だから大魔術師はロイクールに自分で考えてほしいと告げた。
途中で考えが変わったということもあり、伝えるのが旅の終わりとなってしまったのは申し訳ないが、短い時間でも構わないから、この先の生き方について一度向き合ってもらおうと思ったのだ。
結果、給金の高いところとか、楽をしたいとか、そういうことは言わず、ロイクールは自分と一緒にいることを選んでくれた。
だから彼には自分といられて、かつ、この先安泰であろう職につけるよう、彼を紹介することに決めたのだ。
王宮の報告の帰り道、大魔術師はこっそりとロイクールの服を購入していた。
今までは旅をしていたので機能性が重視されたが王宮に上がるのに旅の服装というわけにはいかない。
答えを聞く前なのでこの服は無駄になるかもしれなかったが、これだけ高い能力を持っているのだから、いずれどこからともなくその実力が知られ、いつかは貴族の誰かに目をつけられるだろうし、放っておいてもらえないと思っていた。
だから無駄になっても貴族に面会できるこの服は、ロイクールに持っているように伝えるつもりだった。
今回使わなければ、旅の記念でも、卒業の証でも何でも理由をつけて渡せばいいだけ、決して無駄にはならない。
そう思って用意したものだったが、大魔術師の購入した服は翌朝袖を通されることになった。
いつの間にか師匠に用意されたきれいな服を着て、ロイクールは師匠と王宮に向かった。
行き先は着替えを終えて宿を出たところで聞かされた。
最初は行き先がすごいところだと驚いたが、馬車で移動していてもあまりそんなところに出かけるという実感はない。
普通の貴族ならば緊張するのだろうが、あまりに縁のないところだったためか、ロイクールはあまり緊張しなかった。
「これが王宮ですか。大きい建物ですね」
城門の前まできたロイクールはその大きな建物を見上げた。
城壁の中には庭が広がり、その奥に大きな建物がいくつかの棟に分かれて建っている。
ロイクールが初めて見る大きい建物をじっと見て感嘆の声を上げている間に大魔術師はさっさと兵士を捕まえて中への取り次ぎを願っていた。
本来であれば紹介状などが必要なのだろうが、かの大魔術師は顔パスで、本人一人だったら何も言われずに中に入ることができる。
だが、今回はロイクールを連れていることもあり、念のため確認が取れるまで城門の外で待機していたのだ。
ほどなくして、国王からの許可が下りたと連絡を受けた大魔術師はロイクールに声をかけた。
「ではまいろうか」
「はい」
こうして彼らは王宮の中に足を踏み入れたのだった。
連絡を受けた国王は王宮魔術師の責任者を呼んで待っていた。
かの大魔術師から昨日聞いていた弟子を紹介したいと言われたからだ。
そして、彼はこうも言っていた。
「自分の弟子がもし、ここで働いてもいいと言ったら王宮魔術師として雇用してほしい。そうすれば、彼を連れて自分の行っている仕事を引き継いでおくこともできるし、自分は弟子の保護者として彼ができない部分の仕事を補うこともしよう」
かの大魔術師は戦を終えてすでに王宮魔術師ではなくなっている。
今は何にも縛られることなくあくまで手伝いという立場で仕事を請け負うだけだった。
だが、この弟子がいれば、彼に任せた仕事を大魔術師が手伝うという。
つまり大魔術師にしてほしい仕事を弟子に依頼すれば、必然的に大魔術師にも動いてもらえるということだ。
それは国にとっては有益な取引条件だったし、それだけでこの弟子を採用する価値はある。
だが、周囲の目というのもある。
多少のねじ込みはあるが、原則試験を受けて優秀なものだけが残っているのがことになっている。
いくら大魔術師が実力を認めたからといっても、それだけで採用を決めるわけにはいかない。
さらに普段であればこの時期の採用はないのだ。
その分、余計に目立つのだから、しっかりと審査をしなければ示しが付かない。
だから形式上でも構わないので試験を受けさせようという話でまとまっていた。
「では能力を見せてもらおう。大魔術師様のご推薦だから能力に問題はないと思っているが、この目で確認しないことにはやはり受け入れ難い。念のため本年行われた採用試験、実技と筆記試験と同じものをやってもらうことになる」
「わかりました」
ロイクールは素直に返事をした。
試験直前、大魔術師はロイクールの側に行くと小声で耳打ちした。
「いいか、ロイクール。筆記試験は普通に説いて構わんが、実技試験ではくれぐれも力を出しすぎないようにするんだ。何かを倒せと言われたら倒れる程度、当てろと言われたら的が壊れない程度まで出力を落としなさい。それから指示された魔法以外のことは口にするでない。出力を落としていることも言う必要はない。いいな」
「はい……」
ロイクールは不思議に思ったが、ここは師匠の意見に従った方がいいと察して、実技試験ではその通りに魔法を披露した。
ロイクールは、試験官として呼ばれた王宮魔術師のトップが出す指示に従って、言われた通り、必要なことを淡々とこなすだけだったが、それだけでそこにいた皆を唸らせるには充分だった。
ロイクールは知らなかったが、すでに彼の能力は新人のレベルではなかったのだ。
だからこの試験内容を何の苦もなくこなしていた。
そんなロイクールの能力を見た王族と王宮魔術師は、ロイクールを採用すると明言した。
さらに給金も扱いも、平民の戦争孤児には見合わない破格の待遇で迎えるという。
こうしてロイクールは大魔術師の思惑通り、王宮魔術師として所属することが決まったのだった。




