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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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大魔術師最後の弟子(2)

ロイクールを道連れにした大魔術師との旅の終わりは王都だった。

大魔術師は最初からそのつもりで旅をしていたが、ロイクールは旅の終着地を知らなかった。

旅が終わるころには年齢にそぐわない、学校に通う貴族顔負けの学力とマナーを身に付けていた。

魔法についても同様で、魔力が多い分、大人でも叶わないくらいの力が備わっている上、力の使い方も大魔法使い直伝でコントロールも完璧な状態だ。

ロイクールは大魔術師に言われるがまま勉強し、魔法を覚えただけなので、誰かと比較したことはなかったし、大魔術師から他の魔術師について教えられることはなかったので、自分ではこれができることは最低限だと考えていた。

けれど、多くの魔術師を見てきた大魔術師からすれば彼は飛び抜けた才能を持つ逸材で、自分の手で育てるだけの価値を認める者だった。



王都に着いたロイクールと大魔術師はいつもの通り二人で街の宿に入った。

そして割り当てられた二人部屋に行って、ベッドの足もとに荷物を置いて靴を脱ぎ始めたロイクールに師匠は声をかけた。


「ロイクール」

「はい、師匠」

「この先お前はどうしたい?」

「どうとは、どういう意味ですか?」


靴を脱いで軽装に着替えようと上着をかけた手を止めて、ロイクールは師匠の方に向き直った。

そして声色からこれは真面目な話なのだと察したロイクールはベッドの上に市井を正して座り、師匠の方に向き直った。


「これまでの数ヶ月、ずっと国境を見回ってきたが、それももう終わった。それにこれから王都で生活するには困らないくらいの知識は教えたつもりだ。だからな、これからどう暮らしていきたいかを一度しっかりと考えてほしい」


突然の師匠の申し出にロイクールは困惑しながら尋ねた。


「師匠は、師匠はどうされるんですか?」

「私は明日、王宮に寄って、まずは今回の結果を報告せねばならない。その後はそこにいる者たちと相談して、また旅に出るか、隠居するか、だろうな」

「そう、ですか……」


そこでようやくロイクールはこの旅の終わりが来たことを知った。

だからここから先、ロイクールがどう生きていくのか自分で決めなければならないというのだ。


「少なくとも数日は私もこの部屋に泊まる。故郷を離れてこんな遠くまで連れてきたんだ。いきなり放り出したりはせん。だがな、いずれは独り立ちしてもらわねばならないから、ここで働くのか、故郷に帰り近くの街で働くのか、他にしたいことはないのか、よく考えてみてくれ」

「……わかりました」


最期の師匠の言葉をロイクールは俯いたまま聞いていた。

いつかはそういう日が来ると分かっていたけれど、心の準備もできていない状態で聞かされるとは思っていなかった。



翌日、大魔術師は言葉通り朝から王宮に出かけていった。

マントを羽織ったその姿は初めて見る神々しいもので、旅をしている時にお目にかかったことのない姿だった。


「では行ってくる。急なことで悩んでいるようだが、ご飯はしっかり食べなさい。食べるものを食べなければ考える力も湧いてこなかろう」


そう言い残して彼はロイクールを部屋に残して出ていった。

それをただ、黙って見送ったロイクールは、とりあえず宿の食堂で朝食をとることにした。

お腹が空いたような感覚はないが、食べないことは良くないというのはその通りだと思ったからだ。

そして食事をして、部屋に戻ってから、改めてじっくりと自分がどうしたいのか考える。



そうして頭の中で葛藤していると、部屋のドアの開く音がした。

その音で顔を上げると、少し日が沈みはじめており、それだけの時間、ずっと頭の中で色々考え続けていたのだということに気が付いた。

王宮での用事を済ませた大魔術師はロイの様子に驚いたものの、すぐ部屋の中に入るとドアを閉めた。

そして、神々しい装いを解きながら大魔術師はロイクールに尋ねた。


「どうだ、決まったか?」


ロイクールはしばらく師匠の着替えている様子を見ながら黙っていたが、彼の着替えが終わったところで恐々と口を開いた。


「あの……、師匠と同じところで働くことはできませんか?」


不安そうに尋ねたロイクールに一瞬驚いた表情をしたかと思うと、大魔術師は急に大声で笑い出した。


「はっはっはっ。すまん、すまん。そう来たか。残念だがその場で請け負う放浪旅をしていて、もうすぐ隠居する身でな。どこにも所属しておらんのだよ」

「そうですか……」


もうすでに隠居する予定だから気まぐれに仕事を受けているのかとロイクールはがっかりしていた。

能力があって、すでに多くの功績を残して人々に敬われる立場なのだから、これ以上働く必要はないということなのだろう。

確かにその功績で一生暮らしていけるような報奨を得ていてもおかしくはない。

そこまでは考えていなかったとロイクールが再び沈んだ表情をしていると、師匠は一つ提案をした。


「でも、まぁ、そうだな。まだ教えたいこともある。所属先を紹介してやろう」

「えっ?でもそこに師匠はいないんですよね」


思わぬ驚いてロイクールが顔を上げて師匠を見ると、彼は困ったような表情をしながら穏やかな声で言った。


「そうだがな。そこは昔取った杵柄ってのを使うことにしよう。放り出さんと言ったし、連れてきた責任もある」

「じゃあ……」


期待の目を向けるロイクールの言葉を、大魔術師はため息交じりに遮って続けた。


「とりあえず明日、一緒に来てもらおう。まずはお前自身を見てもらわないことには話を進めることはできん。雇ってもらう以上、その能力を相手に認めさせることが必要だからな」

「……わかりました」


ロイクールからすれば、どこに行って何をさせられるのかは分からない。

けれど師匠が仕事先を紹介してくれるというのなら、悪いところではないだろう。

それにそこに雇われることができれば、師匠とずっと一緒にいられなくても接点くらいは残せるかもしれない。

それならばせめて師匠と少しでも多く、会う機会の持てるところに身を置きたい。

もう自分に行くところはないのだ。

確かに故郷に帰って近くの街でお金を稼いで家で暮らすという選択肢もある。

けれどそれはもう少し後でもいいのではないかと、あの家を離れてようやくそう思えるようになった。

それもこれも、今回、無理矢理旅に連れ出してくれた師匠のおかげだ。

師匠のおかげで少しずつ両親の死を受け入れることができたし、両親が生きていたらきっと自分が孤独になることを望むようなことはしないし、違う土地で新しいことに挑戦すると言ったら喜んで応援してくれただろうと、今ならば考えることができる。

ロイクールはそう思い直して提案を受け入れ、うなずいたのだった。

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