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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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少年と戦と傷痕(4)

大魔術師が街での買い出しを終えてロイクールの待つ家に戻ると、ロイクールは両親の側に黙って二人の手を握ったまま座っていた。


「お別れは済んだか?」

「はい……」


大魔術師が声をかけるとロイクールは素直に返事をした。

その返事を受けて、大魔術師はロイクールと一緒に自分の掘った穴の中に二人を丁寧に運んだ。

土をかぶせるのは自分の仕事ではない。

本当に最後のお別れになるのだから、これだけはロイクールに任せようと少し離れた場所から様子をうかがっていた。

ロイクールは名残惜しいのか二つの穴に少しずつ土を落としては、中を覗き込むことを繰り返していたが、しばらくそうしているうちに決心がついたのか、しっかりと土をかぶせてその場所を平らに戻した。



その様子を見ながら大魔術師は複雑な思いだった。

今回、自分が彼と両親を無理やり引き離したようなものだ。

人生経験の違いで彼は自分の言葉を肯定することはできても否定することはできなかった。

そう自分がし向けたからだ。

だから彼が大人になってそのことに気が付いた時、いつか彼を後悔させてしまうかもしれない。

しかし彼に生きてもらうためにはどうしても両親と離れて自立してもらう必要がある。

これはそのために儀式だ。

こうしてきちんと弔ってあげなければ彼は前に進み事ができないということもわかっている。



平らになった土の前で動かなくなったロイクールに大魔術師は声をかけた。


「この場所が分からなくならぬよう、目印を立てておくといいだろう」


そう言って、街に行った時に用意した十字架を二つ、ロイクールに手渡した。

これは人がなくなったことを告げると教会が渡してくれる一般的な十字架で高価なものではないが、一般的には神の加護があるとされており、これを立てておくだけで墓を荒らされることはない。

十字架を渡されたロイクールは、しばらくそれを見つめてから、しっかりと目印として倒れないよう差し込んだ。

一つ立てたのを見て、大魔術師がもう一つの十字架を黙って渡すと、今度は躊躇うことなく突き立てた。

ロイクールは完成した墓をじっと見ていて動かない。

墓が完成してしまったということは、ロイクールが二人の死を受け入れなければならないということだ。

本当ならば集落の人たちが一緒に弔ってくれたかもしれないし、一人残された子どもである彼を保護してくれていたのかもしれないが、すでに集落は跡形もなくなっており、ここに住んでいたものも土に還った後だった。

だから彼がこの集落最後の生き残りとして両親を見送るしかない。

子ども一人にこんなものを背負わせるのは酷だと思うが、他人に勝手に埋められたり処理されたりするよりはいいはずだ。

結果的にこれがけじめとなる。

だから気持ちの整理がつくまで、少し落ち着くまでと、大魔術師は黙ってロイクールを見守っていた。



「それからこれは、私からご両親への挨拶代わりだ」


大魔術師は時間を少し置いてからロイクールにそういって花輪を渡した。

十字架に掛ける用の花輪を二つ、これは個人的に用意したものだ。

ひとつをロイクールに渡し、もうひとつは大魔術師が自ら十字架にかける。

そして大魔術師は花輪をかけてからすぐ、目を閉じて彼らのために祈りを捧げた。

祈りにはこれから自分がロイクールを預かる、必ず立派に育てる、一人でも生きていけるように自分が与えられる知識やコネクションは全部与える、だから安心してほしいという思いを込めた。

身体はここにあったけれど、亡くなってからはかなりの時間が経っている。

だからもうとっくに魂は天に旅立ってしまっているだろうが、身体のあるこの場所からならば、もしかしたら自分の思いも、ロイクールの思いも、彼らのところまで届くのではないかとそんな気がしたのだ。

大魔術師の熱心な祈りの様子をじっと見ていたロイクールは、彼が目を開けたところで祈りが終わったと判断してお礼を言った。


「ありがとうございます。特に母は花が好きでしたから」

「そうか。ならば近くに来る度、花を手向けよう。君が一人で来るときも近くに来たら立ち寄るといい」

「はい」


正直に言えば花は花屋で購入すると高価だ。

母親は花が好きだったが自分で花を買って飾ることはなく、街の花屋を見て楽しんだり、公園や貴族の家の美しい庭を遠巻きに見て喜んだりしていただけだった。

けれど特別な日。

誕生日や記念日に父親が小さな花束を買ってくると、母親はそれをとても喜んで花瓶に活けて、毎日水を交換し、最後のひとつが枯れるまでとても大切にしていた。

ロイクールはこの花輪を見てその時に見た母の笑顔と、渡す時、照れくさそうにしていた父の姿を思い出していた。


「さあ、そろそろ出発だ。準備をしてくれるか」

「わかりました」


最後に平凡で幸せだった時のことを思い出したロイクールは、その時の思い出を大事に胸にしまって立ち上がった。



大魔術師とロイクールは一度家の中に戻ると、旅の荷物を準備した。

大魔術師は街で買ってきたものをカバンの中に詰め直し、ロイクールは持てるだけの大切なものをカバンの中に詰めていった。

もしかしたらもうここには戻ってこないかもしれないし、留守の間に家の中を荒らされてしまうかもしれない。

本当のことを言えば、仮に戻ってくることができたとしても、この家そのものが残っている保証もないのだ。

だからロイクールは家の中大切なものを忘れていないか、何度も何度も点検した。

そして気が済むまで確認して、必要なものをすべてカバンに詰め込むと、それを持ち上げた。

その様子を見て、出発を決めたことを悟った大魔術師は立ち上がって外に出た。

その後をロイクールが追って外に出る。

最後に念のため外からも戸締りを確認すると、鍵を掛けたドアの前で、そのドアに背を向けて大魔術師の方をじっと見た。

その真剣な表情を見て、大魔術師はロイの方にしっかりと体を向ける。


「これからお世話になります。よろしくお願いします」


大魔術師が自分のほうを向いたのを確認するとそういってロイクールは頭を下げた。

大魔術師は笑顔でうなずくと出発を促した。


「では行こう。ついて来なさい」

「はい」


大魔術師が歩き出したので、ロイも重たい荷物を肩に掛けてその背中を追いかけた。


「いってきます」


そして少し家から離れたところまでくると、ロイクールは一度だけ花の供えられた墓を振り返ってそう呟いた。

行ってらっしゃいという声に似た風の音が、二人の代わりにロイクールのつぶやきに応えた。

次に帰って来た時、おかえりなさいと迎えてくれるかはわからない。

迎えてくれたとしても、それはこの家であり両親ではない。

その家ですら、次に来た時には残っていないかもしれない。

もしかしたらもう戻ることも叶わないかもしれないから、家も見納めになる。

ロイクールはしっかりと故郷の光景を目に焼き付け、歩みを止めない大魔術師の後を追いかけるのだった。

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