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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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少年と戦と傷痕(3)

両親は姿を留めていたものの、温かさは留めていなかった。

名前を呼ばれたのも、温かい人の手に触れたのも久しぶりだ。

そして大魔術師の作った料理もとても温かかった。

彼が作ったものはスープだけで、そこに火であぶったパンと乾燥した肉が少しというシンプルなものだが、ロイクールはそんなシンプルな料理すら口にはしていなかった。

そう、ロイクールは両親を失ってから温かい料理を食べていない。

調理の仕方が分からないこともあったが、そもそもあまり食欲がわかなかったのだ。

それに作っても本当に食べられるのは自分だけだ。

料理を準備してそれを口にする時、二人はそれを口にすることはできない。

そんな現実を突きつけられる気がしたのだ。

一人で食べる食事など、何を食べても変わらない。

だからロイクールは何となくテーブルにパンを置いて、気が向いた時につまむだけの生活を送っていたのだ。



家を訪ねてくる者もいなかったので、こうして誰かと会話をしながら食卓に向かい合うのも久しぶりだった。

だが目の前にいるのは両親ではなく知らない男だ。

知らない男が料理をした食事を、その男と二人で食べる。

そのことに違和感がないわけではないのだが、それでもこうして食卓に料理を並べられると少し気持が高揚した。

それぞれからおいしそうなにおいが漂っている。


「こんなもんだが、どうだ?……ああ、毒が心配なら私が先に口を付けよう。私が食べた皿のものを食べればいい」


大魔術師はそう言ってスープを飲み、パンをかじり、肉を噛みきってそれを全部咀嚼すると、その皿をロイクールに渡した。


「これでどうだ?」


自分に対してそこまでしてくれる彼の行動はよくわからなかったが、確かに彼が食べていたものの方が安心して食べることができる気がした。

ロイクールは食べかけを受け取って、久々に温かい食事を堪能した。

すると不思議と少し眠気が襲ってきた。

まだ現実として受け止めきれていないとはいえ、戦争は終わった、もう家を守らなくてもいいのだと知らされ、張り詰めていた緊張が少し解けたのだ。

ロイクールはずっと使っていなかったベッドを大魔術師に譲り、自分は両親の隣に体を横たえた。

そして二人にそっと話しかける。


「父さん、母さん、僕はどうしたらいいんだろう?」


大魔術師がベッドに入ってからロイクールは彼の提案を受け入れるか悩んでいた。

二人が答えをくれるわけはないのだが、もし彼の提案を受け入れたら、こうして話しかけられる最後の夜になるのだ。

ここには戻ってこられると彼は言った。

けれども、その前に二人を弔おうとも言った。

二人と一緒にいたい自分と、二人のためには土に還す方がいいのかもしれないと思う自分がいる。

二人を支えに生きてきたロイクールは、両親からもこの土地からも離れ、知らない土地に知らない人間と共に行くことが不安なのだ。

同時に彼の申し出が、いかにありがたいものであるかはよく理解できているつもりだ。

実現するならばこんな素晴らしいことはない。

それに自分でも心の奥底では分かっている。

ずっとこの生活を続けることはできないし、いつかここを離れなければならないことを。

結局ロイクールは一晩悩み続けて、ついに家を出る決心をした。



翌日、大魔術師は朝食を終えて家の外に出ると、家から出来るだけ離れていない場所に穴を掘った。

ロイクールが自分と共に行くと決心を固めたと言ったからだ。

そうして二人をきれいに埋葬する準備を整えた大魔術師は、ロイクールに声をかけた。


「さあ、二人の身体を大地に、魂を天に還そう。そして彼らが次に生まれ変わる時、平和な世に生を受け、幸せに生きられるように祈ろう」

「イヤだ!そんなことしたら僕は一緒に行けないじゃないか!僕は生まれ変われるようになるまで一緒にいる。本当に僕たちのことを思うなら、僕が二人と一緒に行けるようになった時にそれを使ってよ」


少年は窓から大魔術師が何をしているのか見ていたのだろう。

決心したと言ってもいざ埋葬することになった、彼らとの本当の別れが訪れることに困惑しているのだ。

ここに埋葬したら二度と彼らと再会することはできないという現実にロイクールが拒絶反応を起こしたのだ。

二人を埋葬してからも訪ねてくることは確かにできる。

けれど自分がここに一緒に埋葬してもらえるわけではない。

死後の世界のことは分からないが、近くにいられないだけで死後に再会することも叶わなくなるのではないかという考えが頭をよぎった。

大魔術師はそんなロイクールと向かい合って再び説得を始めた。


「君は生きたいのだろう?そうじゃなかったら食事をギリギリまで切り詰めて生き延びようとはしないはずだ」

「わかりません。解かんないけど、でも父さんと母さんを、この家を守れるのはもう僕しかいない。僕は生きてる限り二人とこの家を守る」


家を守るという題目があればここに残る理由が生まれる。

そうしてこの家で過ごして、両親の元で自分がこの世を去れば、自分も一緒に埋葬してもらえるかもしれない。

そうすれば離れなくてすむ。


「確かにそれも一つの道かもしれん。けどな、それを君の両親は本当に望むのか?」

「どういう意味ですか?」

「確かに二人は息子であるロイクールと一緒にいられることが幸せかもしれん。でもな、親と言うのは子に幸せになってほしいと願うものだ。無くなった両親、自分たちに縛られて生涯を閉じて欲しいと願う親などいないだろう」

「それは……」


ロイクールの考えにそこまでのことはなかった。

ただ自分が離れられるよう決心を固めるだけで精一杯だったのだ。

だがそれもいざ庭というか家の裏に掘られた穴を見ただけで揺らいでしまった。

大魔術師は説得を続ける。


「君を見ているとな、とても両親が自分たちのために君が不幸になること、心を閉ざしてしまうこと、外に出なくなることを喜ぶような人たちには思えないのだよ。それに君はもう充分、二人に寄り添ってきたじゃないか。もう充分、親孝行は果たした。この先は君の生き様を二人に見せてやる方がいい。その方が天国で再会した時堂々と二人に会えるだろう」


ロイクールはそう言われて口を閉ざした。

確かにロイクールの両親は自分を大事にしてくれる人たちだった。

だから失ったショックも大きかったのだ。

けれどずっとここにいては、天国で再会した時に両親を悲しませることもあるのかもしれない。


「私はこれから街に買い出しに行ってくる。戻ってきた時にもう一度考えを聞かせてくれるか」


再び考え出したロイクールに大魔術師はそういうと、彼は一人、街に向かって歩き出した。

ロイクールは本当に武器も持たず軽装のまま、彼はここまで来たのだと改めて思ったのだった。

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