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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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少年と戦と傷痕(2)

ロイクールの家は自然に囲まれた長閑な集落にあった。

この集落は国境の近くにあり、国境の街から少し離れた場所に位置していた。

街は人がごった返していて賑やかだったが、ここに住む人は、その騒がしさから逃れたくてこの場所に村を作ったと言われている。

決して大きな集落ではないし、人は少ないが、気の合う者がより集まり、お互いの身を案じながら慎ましやかに暮らしていた。

一年のうち、家の前に畑を作り、森で狩りをしたり、自給自足の暮らしを半分、必要になれば国境の街に行き、出稼ぎをしたり、物を売ったりして収入を得て、必要なものを買い揃える暮らしを半分といった具合だ。

村や街ではないので、長はいない。

買い物は街でするので大きな店もない。

そしてこの場所は地図にも載っていないのだ。



地図に載ってしまうと集落を頼りに旅人が来たりする可能性がある。

それなりの手練もいるが、人手の少ない集落を外部の人間に荒らされたくないと考え、地図に載らないよう、村としての要件を満たさぬよう上手くやってきたのだ。

そしてその話は子供たちにも受け継がれていた。

街に行きたい、定住したいと出ていくことは許されていたが、集落の詳細を知られぬようにと約束させられた。

そうして平和は守られてきたし、これからも守られていくはずだった。



ところが、この場所が地図にないことが、戦争で裏目に出た。

国内の軍が来ることはなかったが、隣国の軍が奇襲のためにとったルートにこの集落があったのだ。

彼らは敵国内ということもあり、集落を見つけると容赦なく攻撃してきた。

集落に見張りなどはいなかったが、辺鄙な土地に居を構えていることが、彼らには不自然に映ったのだ。

この国ですでに力のあるものは出兵してしまっていたし、ここに残っているのは非力なものばかりだ。

戦争とは無縁の集落に応戦する術はない。

結果、集落は壊滅、ロイクール以外の者は生き残ることができなかった。

最後まで残ったこの家は、しばらく敵軍の攻撃、観察対象だったが、家から応戦の様子はなく、声をかけても返事すらない。

ロイクールが無意識に強い魔術を発動させたためなのだが、当のロイクールもこの時は意識を失くしていた。

そのため、この先の進軍に影響はないと判断され、敵軍に捨て置かれた。

集落は壊滅していたものの家は残っていたため、何度も通りがかった兵士に利用され、時には焼かれた。

そうして建物がなくなったこの場所は、障害物が少ない平地となった。

それは兵士たちからすれば格好の戦場だったのだろう。

兵士同士がよく戦火を交えていた。

それもいつの間にかなくなったのだが、外を確認することもしなくなったロイクールは無意識に発動している魔法空間の中で、両親の亡骸にすがって生きてきた。

そしてそのまま終戦し、大魔術師にこうして発見されたのだ。



戦争の被害に合いながら、地図にないため支援の対象からも外れた集落。

大魔術師はロイクールから集落の話を聞いて代替の状況を察した。

もしかしたら同様の集落が他にも存在しているかもしれない。

大魔術師の頭の中にそんな考えが浮かんだ。


「ここにはそんな集落があったのか……。他にも似たような所の話を聞いたことはあるか?」

「国境の街にしか行ったことがないから知らない」


ロイクールは両親と買い出しのために、最後は両親を家に連れて帰るために国境の街に出向いていた。

けれどまだ子供であるロイクールが移動できる範囲は限られているのだから、情報など持っていなくて当然だ。


「そうか……悪かった」

「なぜあなたが謝るのですか?」

「子供の移動できる範囲も持っている情報を少ないのは当然だ。しっかりした話しぶりだからつい聞いてしまったんだよ」


大魔術師はそう伝えたが、本当はそれだけの意味ではなかった。

こんな子供を戦争に巻き込んだ大人として、国から何の助けも得られないまま孤独な生活をさせていたことについても謝罪したかったのだ。


「戦争はな、終わったんだよ。もう二人を傷つける者はいない。家は経年劣化していくだろうが、これ以上二人が傷を負うことはない」

「戦争が、終わった?」


ようやく大魔術師の言葉に耳を貸したロイクールはじっと彼を見上げた。


「ああ。外のことを思い出してごらん。兵士はいなかっただろう。それに私もこんな軽装で旅をしている。戦争をしている最中であればひとたまりもない格好だ」

「本当に、本当に終わったの?もう僕は守らなくていいの?」

「ああ。もう大丈夫だ。一人でよく頑張ったな」

「でも……」


ずっと二人を支えにしてきたのだ。

二人もロイクールの魔法の影響で腐ることもなくきれいなままだ。

戦争で負っていた傷は残っているが汚れた服は取り換えたし、体もきれいに拭いてある。

二人は静かに寝っているだけだと言われたら信じる者もいるだろう。


「もしよかったら私と一緒に来ないか?二人を弔ってからでいい。旅に同行してくれたら、身の安全と生活の保証はしよう。……そうだな、あとは勉学も教えよう。一人で生きていくなら読み書きはできた方が働き口も見つかりやすい。どうだ?」

「何で、何で僕にそこまで……」


ロイクールはあまりにも高条件な申し出に少し不信感を抱いた。

けれどもしこの言葉が本当ならば、確かに働き口は見つけやすくなるだろう。

だがそれがなぜ自分に向けられるのかはわからないままだ。


「そうだな。地図にある村はな、国が手を差し伸べているんだ。だけどこの集落は地図にないからこの先も国が助けることはない。それに……残念ながら、この地には君一人しか残っておらん。もし他の者が発見しても、街に身を寄せるようにとしか言わんだろう。だからな、どのみち君はこの地を離れることになるはずだ。あとは、もし仮に次に別の大人が助けに来たとしても、そいつが善人かはわからん。最悪、奴隷として売られるかもしれんし、逆に私より良い待遇で迎え入れることを提案されるかもしれない。何を信じるかは自分で決めるといい」


大魔術師は強制しないと最後に言った。

そのためロイクールが考え始めると、大魔術師は付け加えた。


「それから……、遅かれ早かれ、人は死ぬ。ここに残る生き方もあるが、ここを離れてみて、違う世界を見て戻ってくるということもできる。それこそ、この集落にいた出稼ぎの者たちのように」


大魔術師は先ほど聞いた集落の大人たちの生活を引き合いに出してロイクールの説得を試みた。

実際に接してきた大人と同じように生きることができるし、この土地に戻ってくることもできると分かれば離れる勇気も出るだろうと考えたのだ。

しかしロイクールはその場で結論を出すことはできなかった。

しばらく黙って待っていた大魔術師だったが、その日のうちに結論は出ないと判断して、こんな提案した。


「私は旅人だ。野宿も慣れているし、食べ物も持っている。明日は一度、国境の街で食料を調達に戻り、それから出発だ。今日はここに泊めてもらえるか?一晩ゆっくり考えて結論を出したらいい。二人には手を出さないと約束しよう」

「わかりました」


ロイクールが警戒していると理解してから、大魔術師は両親の方に近づくことはなかった。

そのことからロイクールは彼ならば両親を害することはないと判断したのだ。


「ではお礼に私が台所を借りて二人分の食事を作ろうか。君はご両親の側にいるといい。そうだ、まだ名前を聞いていなかったな。教えてもらえるか?」

「ロイクール……」

「そうか、ロイクール。改めてよろしく」


そう言って差し出された手を、ロイクールは恐る恐る握り返した。

久々に生きた人の手に触れたロイクールは、両親からは失われた温かさを久々に感じたのだった。

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