それぞれの在るべき場所(14)
そうしてロイの長期外出後、物理的に時々重たい手紙が届くようになったギルドだが、それ以外大きな変化はなかった。
ここ最近は色々あったが、それも落ち着いてすっかりいつもの様相だ。
一時は緊迫した空気だったギルドもすっかり元通りとなっている。
当然そうなると、見計らったように、いつもの人たちもいつも通り訪ねてくるようになった。
「ロイさーん、私たちではダメでした。お願いしますー!」
受付の一人が根負けしてロイのいる管理室のドアをノックしながらそう言った。
「どなたかわかりますか?」
ロイがドア越しに確認すると、彼女は答える。
「はい。騎士団の偉い人です。今日は手強いんです。ぜんぜん帰ってくれませーん!」
「わかりました」
受付から泣きつかんばかりに頼まれたロイは、自分が対応するので仕事に戻ってくださいと伝えると、管理室のドアを開けた。
そして管理室が離れても安全な状態であることを確認すると、そのまま受付に向かう。
ロイが出て行くとそこにいたのはドレンだった。
先ほど泣きついてきた担当の言う通り、間違いなく騎士団の偉い人、ちなみにトップである。
「またですか……」
これだけ邪険に扱っているのによく来るなと思いながらロイがそう言うと、ドレンはにんまりと笑った。
「ああ、何度でも来るつもりだぞ?どうだ?私にこれだけ必要とされているんだ。もう一度一緒にやろうではないか!」
彼の言葉に、ロイはわざと大きくため息をついて見せてから冷たくあしらう。
「仕事の邪魔ですからお引き取りください」
大半の人ならその冷たい言葉にすごすご帰っていくのだが、彼がそんなことで負けるわけがない。
それで折れるくらいなら、ここに何度も来ないだろう。
「お前、だんだん対応が雑になってきたな……。まあ、その方がお前らしいし、出てきてくれるだけ、まあ、なんだ、可能性が出てきたと思うことに……」
「いえ、ご期待には沿えないかと」
ドレンの言葉をぶった切ってロイが言うと、これまで黙って後ろにいた青年が笑いながら前に出る。
「まあ、そう言うな。私も来たのだ」
こうして出てくると高位の空気は抜けないものの、貴族の遊び人くらいには見えるのだから不思議だが、そう言って顔を出したのはこの国の皇太子殿下その人である。
けれどそれでもロイの態度は変わらない。
「そうですか。ではお二人で仲良く街をお楽しみになってください」
ここは遊び場ではありませんよと言わんばかりに追い払おうとするロイに、殿下がすねたように言う。
「相変わらずそっけないなぁ。私はもっと敬われてもいい立場のはずなんだけど……」
「それを言ったら私もですが……」
そう言って二人は顔を見合わせてこれ見よがしにため息をついて見せるが、ロイはここにいても楽しいことはありませんよと言って彼らをギルドの入口まで追いやった。
「私は諦めが悪いので、また前のような友人に戻るまで、尋ねるぞ!」
殿下に向けた言葉だがロイに聞こえるようにそう声を大にして言うドレンに、殿下は笑いながら言った。
「おっと、じゃあ、私はドレンに期待しておくことにするよ」
そんな軽口をたたく殿下に、ドレンは不機嫌そうに言う。
「なのであなたは邪魔しないでください」
せっかく話すチャンスだったのにあなたが余計なことを言うからだとドレンが睨むと、それにひるむことなく殿下は口をとがらせる。
「ドレンも私を邪魔者扱いするの?」
「あなたがいなければもう少し話ができたと思いますので」
実はドレンが来てもなかなか直接面会することができないことが多い。
そもそも仕事でいないこともあるし、受付が頑張って繋がないよう妨害してくるので、そのやり取りに時間を取られて帰るしかなくなることも増えてきていた。
別にここの受付を鍛えるためにしていることではないが、ドレンはクレーマー対策の良い練習相手となっているらしい。
もちろんドレンもそれに気が付いているが、本人が出てこないなら暇つぶしに相手をしてもいいかなと、密かにそのやり取りも楽しみにしているところがあるあので、特に権力を振りかざしたりはしない。
ただ、最初の頃に自分の地位を明確に示してしまったせいで、彼らは自分が騎士団の人間だとしっかり把握している。
それでも立ち向かってくるくらい、ここの従業員は皆、このギルドとその長を大切に思っているのだろう。
ドレンからすれば彼らを羨ましく思うところもあるし、彼らには申し訳ないという気持ちもあるが、立場上、引き抜きは継続しなければならない。
それが現実だ。
「まあ、とりあえずロイクールがここにいて、私たちと敵対しないでいてくれるならいいよ。今日はそれを確認しに来ただけだからね」
殿下の方は目的を達成できたと笑顔だ。
報告を受けている限りでは、例の国に亡命する様子もなく、ギルドに戻ってきて、普段通りの生活に戻っているというが、外野からそういう話を持ち込みそうな人物が彼に接触したことも把握している。
話を持ち込むだけならまだしも、残念なことに、その話を持ち込んだ人物にはそれを成せるだけの知恵も権力も持っている。
さすがに良くない兆候だと判断し、ドレンが出かけていくところに無理矢理くっついてきたのだ。
そして自身の目で確認し、悪い兆候がないことに安堵したというわけである。
一方、殿下と騎士団長が二人揃って外出という不穏な情報を得たイザークが、慌ててギルドに様子を見に来ると、案の定、その二人がそこにいた。
入口の奥にロイの姿があるので、ちょうどギルドから追い出されたところだろう。
とりあえず状況を把握したイザークが立ち話をしている二人に声をかけた。
「あなた方、ロイさんのギルドの営業妨害をしに来たのですか?」
記憶管理ギルドは魔法師団の管轄だ。
自分たちの管理下に置かれているギルドに妨害行為を働いているというのなら、たとえ相手が殿下だろうと騎士団長だろうと容赦するつもりはない。
魔術師団一同がお相手しますよとイザークが暗にそう伝えると、さすがに分が悪いと判断したのかドレンが真っ向から否定する。
「いや、違うぞ?」
別に仕事の邪魔をしに来たわけではない。
勧誘に来たのも事実だが、昔のような親交を取り戻したいと思っているからこそ通っているのだ。
それにドレンはどちらかと言えば魔法が好きで憧れすら持っている。
能力的な部分だけではなく、個人的にもどちらかと言えば仲良くしたいくらいなのだ。
今の自分の立場では魔術師を贔屓することはできないが、敵に回すことだけはしたくないと思っている。
ただ今日は、運悪く、ロイクールを勧誘するなら自分もと、殿下が調子よくついてきてしまった。
なのでこれはお忍びでも何でもない、殿下の気まぐれである。
とりあえずドレンが本心から邪魔をしに来たのではないと主張すると、イザークは微笑みながらそれに応じる。
「でも実際そうなっているようですよ?大の大人二人が入口をふさいで、邪魔になっているじゃありませんか」
確かに二人は入口のど真ん中に立っていて、数人は何事かとそれを遠巻きに見ている。
こうなってしまうと動きたくても動けないのでかなり気まずい。
ちなみにイザークはちゃんと入口の邪魔にならない位置に立って声をかけているのでそこには当てはまらない。
殿下が周囲を見てこれ以上注目を集めるのは良くないとため息をつく。
「わかった。イザークの顔を立てて退散しよう」
両手を上げて殿下がそう言うと、国の中でも五本の指に入るであろう高位の男二人は帰っていった。
今日はと言っているのでまた来るだろうが、彼も暇なわけではない。
一度追い返したので今日は安泰のはずだ。
ギルドの従業員たちはそんなことを思いながら仕事に戻り、ロイはイザークに感謝の言葉を伝えるとともに、応接室に招き入れた。
平穏な日常に戻ったロイは、今日も記憶管理ギルドの長として、いつも通りギルドの管理室の中で控えている。
受付の皆がてきぱきと作業をこなしてくれているので、ボビンの在庫がなくならなければ販売を手伝う必要はないし、依頼が来るまで外に出てすることはない。
時々、お呼びでないお偉いさんが暇つぶしや勧誘のために尋ねてきて、少々迷惑な時もあるが、それについても自分が留守の間に受付が鍛えられたらしく、余程の相手出ない限りロイが呼ばれることもなくなった。
そのため、時々、面倒な人を相手にしたり、客人や友人と呼べる人の対応をしたりするくらいで済むようになり、基本的には管理室の中にいる時間が増えているのだ。
記憶管理ギルドの管理室では、今日も記憶の糸が動き、それをここに留めるため、動きに反する力をボビンにかける糸車の音が、不規則にカタン、カタンと響いている。
心地よいこの音を聞けるのは管理人の特権だ。
ここに糸があるのは彼らが今日もどこかで生きている証である。
ロイクールは今日も記憶の持ち主が存命であると安堵しながら、ボビンを確認して回る。
そして糸車の動きを調整しながら、記憶を預かる者として、すべての持ち主の幸せを願うのだった。




