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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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それぞれの在るべき場所(13)

イザークは懸念していたが、老人と話をした後もロイに特に変わった様子はなかった。

彼に言われたからといって、すぐに決めなければならないわけではない。

今はこのままでいいし、先延ばししても問題ない案件だ。

ロイはそう判断し普段通り過ごしていたのである。



時々、イザークがロイの様子を窺いにきていたが、まさか亡命を懸念されているとは思っていないロイは、また急にいなくならないかと心配されているのだろうくらいにしか考えていなかった。

そしてイザークが時折姿を見せるので、まだロイに何かあるのかとギルドの面々が色々探りを入れようとしていたが、それは失敗に終わっていた。

けれど、長期の外出から戻ったロイは、自分たちの知るいつものロイに戻っていたし、周囲の動きは気になるが、ロイとギルドがいつも通りならいいと彼らも徐々に気にしなくなっていった。



そうして落ち着いた頃、ギルドに他国からロイ宛の手紙が届いた。

何でも直接依頼された配達物ということらしく、持ってきた人が直接預かってそのまま運んできたのだという。

そして整った四角い塊を中身手紙だと言っていたと伝えて、彼はそれをギルドに置いて去っていった。

受付はとりあえずロイ宛と置いていかれた塊に、どうしたものかと顔を見合わせたが、とりあえず本人に伝えるしかないと、ちょうど受付の様子を見に来たロイに声をかけた。


「あのぅ、ロイさん、手紙……らしいものが届いたんですけど」


女性がそう伝えると、ロイは話を聞こうと受付に向かう。


「らしい、ですか?」


声をかけてきた彼女にロイがそう答えながら移動すると、彼女は答えた。


「とりあえず台に置きますね」


そしてすぐ、彼女はロイの前から離れて、一度下げたそれらしきものを取り出した。

受付の従業員の女性が重たそうに抱えていたのは、封筒に入った何かだ。

持っているのを見ただけで手紙と言われて、戸惑うことがわかるくらい、厚みも大きさもあり、そこには紙がびっしり詰まっているのか重量がありそうだ。

一枚の紙のサイズは書類くらいのもので、さらにそれがおらずに入れられているようで、包んでいるものは封筒のはずなのに、箱に入った荷物のように変形していた。


「この分厚いやつなんです。ちなみに受付にある書類の束より重いくらいなんですが、とりあえず宛先はロイさんになってるんで、渡していいですか?」


本当に手紙かどうかわからない重たい塊を受付に置かれても困る。

ロイの手元にあれば中身が何であれ対処できるだろうとそう考えて引き取ってほしいと頼むとロイはうなずいた。


「どなたかが長距離を運んでくれたのなら、危険物ではないと思いますが、こちらで確認します。いただいていきますね」

「お願いします」


とりあえず中身が何であれ、ロイに渡しておけば安心だと、彼女は安堵して頭を下げた。



ロイはとりあえずその塊の表書きを確認する。

そして間違いなく自部な手であることを確認し、差出人の記載を探した。

しかしそこに名前はない。

代わりに別の印が付いていた。

それには見覚えがある。

これなら問題ないとロイはうなずいた。


「ああ、大丈夫です。あと、この差出人からはこれからも、これか、次に届くまで期間が長ければ、これ以上の分量のものが届く可能性がありますが、そのまま受け取ってください。ギルドで扱う大切な資料です」


資料と言われて彼女たちは顔を見合わせた。

手紙と言われたので私信のことしか浮かばなかったし、それがなぜこの量になるのか理解できなかったが、これが資料と言われたら納得できる。

このうち数枚は自分たちの思う手紙なのかもしれないが、それは些末なことだ。


「わかりました。共有しておきます」


彼女たちの返事を確認したロイは、その包みを持って管理室に戻ると、早速封筒を開けた。

もちろん、差出人についてロイは誰か理解してのことだ。

そして見た時からそうだろうと思っていたが、封を切って改めて確認すると、想定通り、そこには紙がびっしりと入っていて、その紙には細かい文字でたくさんの情報が書かれていた。

文字を細かくしてもこの量になっているのかと、ロイは驚いたが、これを受け取って預かることを彼と約束している。



まとめて送ってきて、また途中で失うことはないのだろうかと心配になったが、最初の一枚にその経緯が書いてあった。

それによると、一つの記憶が戻ったらしく、それについて詳細を書き記したものだから多いとのことだ。

この手紙には彼の失いたくないという強い執念がこもっていることが分かる。

紙だけ残しておいて記憶を失った彼に見せるという方法もあるのだが、ロイは自分の記憶の中にも預かると伝えている。

ただ分量が分量だけに、すぐ読み終わることはなさそうだ。


「これだけで一つの物語になっていそうだ」


物語は滅多に読まないが、彼の人生の断片という膨大な情報がここに書かれていることは間違いない。

ロイは中に入れてある紙をすべて取り出すと、一枚目から目を通し始めた。



とりあえず再び失われる前にと、戻ってきた記憶について全て書き出してみたものの、やはり抜けているところがあるようで、どうにもつじつまが合わないと悩んでいる様子だ。

手紙によると、箱を開けたら急に新しい記憶がたくさん流れ込んできたというので、糸が本人の中に戻ろうとする強制力によって戻ったのだろうが、うまくつながらなかったのかもしれない。

とりあえず、次に会う機会があったら、ここに書かれている情報をもとに彼の記憶を正しい時系列でつなぎ合わせる作業をした方がいいだろうとロイはそんなことを思いながら、きりのいいところまで読むと、手にしていた紙を机に置いた。

もちろん、休憩をとったら再び読み進めるつもりだが、受け取った情報を整理する時間が必要だと判断したためだ。



一息つくため手紙から目を離したロイクールは、体を大きく伸ばした。

そして疲れた目を休ませるため、目を閉じる。

すると暗闇の中で、カタンカタンという心地よい糸車の音だけが耳に届く。

その音を聞いて心を落ち着け頭の中を整理すると、ロイは目を開けた。

目を開いたところで目に入ったのは机に置かれた手紙の束だ。

先ほど受付にも話したように、これからもこのような手紙が届くことになるだろう。

この手紙は国をまたいで届いているのだから、書かれたのは相当前のものになるはずだ。

封筒が開いておらず検閲を逃れて届いたのは、直接届けてくれる人間にお金を払って預けたからと思われる。

この手紙がまたここに届くなら、これからも受け取る必要がある。

どこにいても受け取れないことはないが、受け取る側が拠点を持っている方が送る方も安心だろう。

それに彼だって近くに来れば立ち寄ってくれるかもしれない。

ならばそれも自分がここに残る理由になるのではないか。

ロイは手紙の束を見ながらそんなことを思うのだった。

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