それぞれの在るべき場所(12)
イザークはギルドでロイクールと話をしていた老人に心当たりがあった。
ロイクールは知らない御仁かもしれないが、貴族の間ではそこそこ有名な人物である。
彼も記憶の一部をここに預けていたというのなら、受付の話を聞いて納得できる部分もないわけではなかったが、記憶を預けて経験のあるイザークからすれば、返却後にクレームを受けるような対応をしていないことはわかる。
だから明らかに、ここに来たのはその件と関係のない話のはずだ。
そこで身元の知れた相手でもあるため、イザークは直接話を聞こうと、ロイクールとの話を終えてすぐ、彼に面会したい旨を連絡した。
するとすぐに彼から訪問の許可が下りた。
「お時間をいただき恐縮です。少々お話がございまして参りました」
イザークが失礼のないようにそう挨拶をすると、彼は軍人らしく硬い笑いを浮かべて答えた。
「これは珍しい客人だ。神と呼ばれる魔術師がこんなおいぼれに何か用事か?」
雨を呼ぶ神という扱いはかなり有名になってしまっている。
もとはというと、暴発気味になる魔力の処理に困って、その発散方法として、調整の訓練の一環として失敗しても周囲への危険の少ない水魔法を使っていただけだなのだが、それを王子に見せたことで風向きが変わってしまったことを思い出す。
そして引退した重鎮の動きが、もし王族の意向によるものだとしたら、またロイクールは不遇な扱いを受ける可能性がある。
本人たちが直接面会することを拒否されてしまっているから、人を変えて説得を試みているのではないかとイザークは疑っていた。
そして何度も救われた我が家としても、今後ロイクールは保護対象にすると決めている。
だから不穏な兆候があれば、その火種が大きくならないうちに
「先日、記憶管理ギルドのロイさん、いえ、ロイクールを訪ねたようですね」
とりあえず自分が見たとは言わない。
とぼけられたらその話をするつもりだが、ここで出すのは無意味な情報だ。
イザークがロイクールへのご用件をお伺いできますかと皆まで言う前に彼が口を開いた。
「ああ。彼には恩があるからな。何かあれば力になれるぞと言っておいたのだ。まあ、我々の力を使わずとも、自分でその道を開いたようだがな」
「なぜ……」
あなたがギルドを、ロイクールを訪ねたのかとイザークが警戒して再度問うと、老人はほっほっほっと軽く笑ってから答えた。
「訪ねた理由だったか。彼は彼の大魔術師の墓参りと、ご実家に足を運んでいた。だからこの国との別れを覚悟したのではないかと思ってな」
イザークは知らなかったが、どうやら泊りがけで出かけたロイクールは、師匠である彼の大魔術師の墓と、両親の墓に赴いていたらしい。
この老人がそこまでロイクールの行動を把握していることも驚きだが、このタイミングでそのような行動をとれば、今生の別れのあいさつ回りと捉えても不自然ではない。
「確かに私も本人の希望は最大限尊重したいと思っています。ですが、それがロイクールさんの幸せにつながるかは別でしょう?」
自分が聞かされていなかった行き先を思わぬ形で知ったイザークだが、それを顔に出すことなく、どうにかうまく対応する。
少なくとも互いに粗探しの会話をするためにこうして話をしているわけではない。
イザークの感情など隠していてもばれていそうだが、彼がそこをついてくることはないだろうということはイザークでもわかる。
「ここにいれば幸せと思うか?」
彼の質問にイザークは首を盾にも横にも降らず、正面を見据えて答えた。
「それも含めて、偏った情報を流すべきではないし、誘導するべきでもないと思っています」
あくまで本人の意思が最優先であり、それを揺さぶるような言動や情報を与えるべきではないとイザークが言うと、彼はそれを笑い飛ばす。
「我々が訪ねたくらいで自身の考えを曲げる程度では、覚悟がないとしか言えぬがな。そもそもそういう人間でもあるまい」
「それは」
確かにそうだ。
ミレニアのことだってロイクールが意思を曲げたわけではない。
外的要因によって結果的にそれが許されない状況に立たされてしまっただけだ。
なにせ姉の記憶が戻って、元の関係に戻ることができないと本人の口から聞くまで一途に姉を思い続けてくれていたような人だ。
ロイクールは情報が増えたくらいで芯がぶれるような人ではない。
「それに与えられる情報は与えておくべきだ。そもそも彼に国に残ってほしいのなら、預かった手紙は速やかに破棄するべきだっただろう。それを届けたのだから思うところがなかったわけではあるまい?」
彼の言葉から、少なくとも国や王族に対してよい感情を持っているわけではないことは理解できた。
そしてこの国の実隊について思うところがあるのはイザークも同じだ。
ただ自分は魔法契約で縛られているため、それを回避してできる限りのことをしただけである。
どちらかというとロイクールの友人から預かった手紙を届けただけで、追加の情報を与えたという認識はなかった。
しかし彼らは違うだろう。
少なくとも発せられた言葉に、ロイクールを誘導しようという感情が入っていたことは容易に推測できる。
「あなた方が追加情報を渡すとは思っておりませんでした」
彼らが話した内容はわからない。
けれど知らないと悟られては探ることは難しい。
イザークが慎重に言葉を選んでいると、彼はイザークをじっと見た。
「そうかそうか。こちらは手紙が渡ったからこそ、話に行ったのだがな」
イザークの預かった手紙について、彼は出どころなども含め認識しているらしい。
常に動向を探っていたということだろう。
「あなた方は、どこまで知っているのですか?」
応えてもらえるとは思わないが、イザークが形式上問うと、彼は肩をすくめた。
「どこまで。何の話か分からんな」
そう言って鼻で笑う姿にはとても圧があるが、そこで怯むイザークではない。
「あなた方の情報収集能力を疑うことはありません。きっと独自のルートをお持ちでしょう。ですがそこから得た情報で、ロイクールさんの行動に干渉するのはいただけないですね」
これを伝えるのが今日の目的だ。
イザークがようやくその言葉を吐き出すと、彼は口角を上げた。
「そうか。だが私は選択肢を提示しただけだぞ。そなたが制約によってできないであろう選択肢もあるとな」
選択を強要するようなことはしていない、彼はそう繰り返す。
けれどこれが答えを交わしているだけであることも理解している。
躱され続けているわけにはいかない。
「本当にそれだけですか?」
逃げられないよう直球で質問を投げると、彼は少しだけ情報を流した。
「ああ。我々はどうするのかと聞かれたが、彼が決めたら答えるとそう伝えておいた。判断に影響するような話はしておらんつもりだよ」
「そうですか。失礼しました」
さすがに疑いをかけて失礼な発言をしていることに気が付いてイザークが謝罪する。
余計なことをしないようにと釘を刺しに来たのであって、彼を責めに来たわけではないのだ。
イザークの謝罪に、彼はその必要はないと伝えて続けた。
「なに、そなたにとっても恩人だろうが、我々にとっても恩人だ。彼を貶めるようなことはせんよ。それに彼は子供ではないのだからな、むしろそなたも、あまり自身の意見を伝えぬ方がいいだろう。それが判断を左右することも考えられるからな」
イザークがギルドで会話を繰り返せば、それが大きな影響力になる可能性がある。
他人の自分より、友人であるイザークの言葉の方が耳に届きやすいはずだと彼は言った。
「指摘しに来たつもりでしたが、私が注意を受けることになってしまいましたね」
イザークの言葉を彼は鼻で笑い飛ばす。
「年の功というのがあるからな。まだまだ若者に丸められるほど素碌しとらんよ」
「人生の先輩にはかなわないようです」
いつの間にか立場が逆転している。
それに気が付いたイザークは、自虐的に笑った。
「そうだな。だがそのうち我らを踏み越えていってくれたらいい。その土台となるのもまた、我々の役目であろう」
そなたの成長を期待していると彼は笑うと、用は済んだだろうと彼はイザークを送り出したのだった。




