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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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少年と戦と傷痕(1)

【お詫び】

先週、2021年10月2日は更新予定日でしたが、日付を勘違いしていて更新を飛ばしてしまいました。

お待ちいただいていた皆さま、申し訳ありません。


幼きある日からロイクールは弟子として魔法使いに師事することになった。

幼いながらに彼の弟子となる才能がロイクールにはあったのだ。

そんな二人の関係は、大魔術師が傷を癒す旅をしている最中、瀕死のロイクールを偶然見つけたことから始まった。



ロイクールは今は同盟国となっている、大国との戦争で両親を亡くした。

両親は国からの命令で戦地に赴いたが、戻ってきた時には亡骸だった。

戦争中のことで、亡骸だけでも戻れば良い方だと言われていたが、当時子供だったロイクールにはそんなことはどうでもよかった。

国境の街で両親を見送ってから、終戦と両親の帰りを待ち続けた結果、戻ってきた二人は変わり果てた姿になっていたのだ。

ロイクールは街に戻った亡骸を一人、荷車に乗せて家に戻った。

それから二人の体をきれいにして着替えさせると部屋に横たえた。

子供のロイクールに大人二人を持ち上げ着替えさせる作業は重労働だったが、無心に彼らをきれいにしていたこともあり、そんなことは気にならなかった。

ただ、どんなに彼らの体を拭いてきれいにしても、きれいな服を着せても、永遠の眠りについてしまった彼らが目を覚ますことはなかった。

両親を家に連れて帰ってから、ロイクールはずっと二人に寄り添って生活していた。

こうして二人を並べて寝かせていると、本当にただ眠っているだけのように見える。

傷口は服で隠れていて、幸い顔や手足の見える部分の損傷がほとんどないのだ。

だからロイクールは二人がいつか目を覚ますのではないかとどこかで期待して、家に共に引きこもり、ただ、戦が終わるのを待つようになったのだった。



何度も彼らのいる集落は何度も戦場になった。

建物は何度も戦火に巻き込まれ、周りは何度も焼け野原となった。

家の周りにあった建物が修繕されることも、そこに住んでいた住人が戻ることもないため、やがて集落としての形は無くなり、どこからともなく運ばれた植物が芽吹いて草原となった。

しかし戦火に見舞われれば一瞬で焼けた大地に戻ってしまう。

そんな土地に、一つだけこの家は残されたのだ。



大魔術師は一人で旅を続けているところだった。

国境を警備する傍ら、平原を国境沿いに歩いて異変のないことを確認してから王都に戻る予定だ。

彼が国境の街を出て平原を歩いていると、草原の中に不自然に建っている一軒の家を見つけた。

見た感じ軍事的な施設ではなさそうだが、長い間そこに存在しているのか経年劣化を感じさせる家だ。

そして何より、その家には魔法が掛けられていた。

家ごと覆う防御魔法が途切れることなく発動している。

一生懸命家を守っているところ申し訳ないとは思ったが、大魔術師は防御魔法を無効化してその家のドアを開けることにした。

それは彼が大魔術師として、この魔術の使い手が気になったことによる興味本位の行動だった。



大魔術師がドアを開けても警報が鳴ったり攻撃をされたりするような仕掛けはなかった。

だが中はどうなっているか分からない。

警戒を解くことのないまま音を立てずにゆっくりと家の中に踏み入ると、両親に寄り添い、衰弱しながらも何とか生き長らえ、家ごと守る防御魔法を発動させている子供の姿があった。

大魔術師がロイクールを見ると、彼は衰弱しながらもじっと彼の様子を伺いながら睨みつけていた。

そして大魔術師はロイクールの魔法発動が無意識で行われていることに気が付いた。


「大丈夫か?」

「……」


大魔術師は心配になって思わずそう声をかけたが、いきなり家に踏み入ってきた大人を警戒してか、彼は何も答えようとしない。


「名前は?」

「……」


大魔術師は警戒されないようゆっくりと近づいて、衰弱している少年に再びやさしく声をかけた。

だが少年はその問いかけに答えることもなく警戒を解くこともない。


「戦争は終わった。だからもう、そんなに警戒しなくてもいい。それは……」


さらに一歩、少年に近づこうとした大魔術師に向かって少年は叫んだ。


「寄るな!」


その声に驚いて大魔術師は足を止めた。

これ以上近づくのは良くないと考えたのだ。


「危害は加えんよ。そちらはご両親か……」


大魔術師はじっと彼らを見て、何かを悟ったのか静かに言う。

少年の隣にいる二人の命が尽きていることはすぐにわかった。

おそらく少年は二人の死を受け入れられず、もしくは戦争に巻き込まれたショックから魔法を暴走させてしまっているのだろう。

そして彼は自身の力に気が付いておらず、誰かに言われてそうしたのでもなく、自分の魔法をコントロールする術を知らないために自身の命を削るような魔法を家に掛け続けてしまっているのだ。

だがまずは、少年が庇っている二人のことが先だろう。


「弔って、大地に返してやるのがよいのではないか?」


大魔術師のその問いかけに少年は首を横に振るだけだ。

大魔術師は彼との会話を中断して家の中を見回した。


「一体今までどうやって生きてきたのだ?」


きっと少年は両親が戻ってきてから外には出ていない。

ではどうやって食べ物を手に入れていたのか、彼はどういう生活をしていたのかと、何かヒントになるものはないかよく観察をする。

そしてふと、テーブルの上に残された食べかけのパンが目に入ったのでそちらを見に行こうと動いた。


「保存食……ではなさそうだな。これを少しずつ食べていたのか」


少年の近くにパンが置いてあり、少しずつちぎった形跡がある。

これを大事に食べながら飢えをしのいでいたのかもしれない。

少年は自分たちから大魔術師が距離ができたが、変わらず大魔術師の間に立ちふさがり、両親を守れる位置へと移動してじっと彼の様子をうかがっている。


「そうか、家にかけられているのは防御だけじゃないのだな。ここにあるものを劣化させない魔法もかかっているのか」


だから家の中にある食べ物は腐らなかった。

ロイクールは彼のつぶやきの意味がわからないと思いながら家に上がり込んだ不審者を睨みつけたままだ。

大魔術師は大きくため息をついた。

おそらく魔法の影響でこの家の中では時間が止まっているのに近い状態だ。

そしておそらく少年の心も情報もその時から動いていない。

無意識にやっていることなのだろうから仕方がないことだが、いつかは現実に目を向けなければならない。

彼がどのくらいの期間こうしていたかは分からないが、いつまでもこのままというわけにはいかないだろう。


「ここから外に出たことはあるか?」

「両親を迎えに行ってからは外には出てない。何度もここは攻撃されていたと思う」


家にいれば安全で、攻撃を免れることができたということだろう。

外を見ることはせず、周辺が戦場としての役割を終えるまでじっとしていようと決めていたのかもしれない。


「そうか……。今、この周りは一面の草原になっておるよ」

「人は?人は誰も住んでいないのですか?」


実はロイクールも窓から外を見ることはあった。

その度に外で行われている人の殺し合いなども見ている。

だが外には出ていないため窓ない方角は確認していなかった。

だから見えない方角の家は残っているのかもしれないと期待もしていた。

そんなロイクールの期待に反して大魔術師は首を横に振った。


「家はこの一軒しかない。野営の者は来るかもしれないが、定住している者はおらんだろうな。なんならドアを開けて一度外を見てみるといい」


ロイクールは言われるがまま、ドアを開けて外に踏み出してあたりを見回した。

そこには見知らぬ男の言う通り、一面の草原が広がっており、若芽がそよそよと揺れていた。


「そうか……」


もし本当に誰か一人でも、一軒でも家が残っていたのなら、きっと両親を失ったロイクールを訪ねてくる者がいたはずだ。

助け合って生きてきたのだ。

ここの人たちはそんなに薄情ではない。

それも分かっていたはずだった。

心のどこかでは分かっていたが、認めたくはなかった。

けれどもこの光景を見てしまっては認めざるを得なくなった。

もうここには誰もいない。

だからこの先、地図に残ることもないし、誰かに頼られることもない。

この場所のことをもう第三者に知られても問題ないだろう。

そう判断したロイクールは、家の中に戻ると、自分が知る限り初めてこの地にたどり着いた旅人に、この集落について説明することにした。

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