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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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それぞれの在るべき場所(9)

とりあえず気持ちの切り替えが必要だ。

そのために小さくため息をついて、それをきっかけにロイは口を開いた。


「もしかして、あちらの国の話が聞きたくてわざわざいらしたのですか?」


本命がその話だとするなら、さすがに受付でその話があるとは言えないだろう。

でもそれを隠して雑談をしに来たと言えば面会は難しい。

だから彼は記憶を返してもらったことを持ち出して、話ができるようこの場を整えたのかもしれない。

ロイがその考えに至って、それならこれまでの話も無関係ではないと思わず感心したが、彼は軽く笑っただけだった。


「まあ、そなたの持った感想を聞くというのはまずひとつめだな」


ひとつめ、つまりまだあるということだ。

駆け引きにありがちな小出しの戦法を使っているが、そもそも自分相手にそれが必要なのかとロイはかすかに疑問を持つ。

ただ長くそういう会話の方法を取ってきたから自然に出てきてしまうのかもしれないので何とも言えない。

だが一度に出せとも言えないので地道に聞いていくしかないだろう。

先は長くなりそうだが順を追うしかない。


「まだあるということですね」


ロイがとりあえず先を促すと彼はうなずいた。


「ああ。ここからが本題だ。そなた、あちらの殿下に気に入られたのではないか?」


まっすぐとロイを見据えて彼は言う。

直球で聞けばさすがに何かしらの反応があるだろうと、そうにらんでのことだ。

慌てるそぶりなどを見せれば、そこからあちらの申し出の内容を推測するのもそう難くはない。

しかし彼の予想に反してロイの反応は淡白で、説明に困っているといった表情を見せただけだった。


「それはわかりませんが、友人として頼ってほしいとは……」


気に入られているかどうかまでは微妙なところだろうとロイは思っている。

確かに恩人として、ミレニアを思うものとして友人にという話はあった。

けれどそれだってミレニアあってのことだ。

王族が付き合う相手として及第点はついているだろうが、別にロイクールを気に入ってという話ではないだろう。

きっとあちらとしても敵は少ない方がいいのだし、ロイの素性を考えれば、敵対しない方がいいに決まっている。


「なるほどな。それで、そなたはどうするのだ。あちらを頼ってここを出るか?」

「それは……」


これからもよろしく程度の内容だろうと思って開いた手紙の内容には驚いたが、もしロイがあちらに行くことになっても、密かに彼らの監視下に置かれることになるだろう。

あちらの方が自由度も高く条件もいいかもしれないが、最終的にミレニアを盾に都合よく使われないとも限らない。

あちらの国では魔法契約は強制しないということのようだが、ここでも契約を結んでいないので、本当のところ、条件はどちらも変わらない。

ただ、待遇が違うだけだ。


「王宮でドレンが嘆いていたらしくてな。その話も耳にしている。こちらの持つ情報がすべてではなかろうが、もしその気があるなら手を貸す用意がある。今日はそれを伝えに来たのだ」

「待ってください。私は何も……」


ドレンが嘆いていたというのはイザークも言っていた、手を貸すつもりはないという話だろう。

確かにこんな国の王族のために犠牲になりたいとは思わないが、だからといって、この国からすぐに出ようとは考えていない。

でも、急にそういう話が決まっても未練が残らないよう、挨拶回りをしたのも事実だ。

結果、自分の中である程度結論が出ているし、今後の展望についてもそれなりに考えようとしていたところだ。

国をまたいで戻ったばかりなのに、第三者からいきなり振られても困惑するだけだ。

彼はロイを見て、別に急ぎ答えを出す必要はないという。


「このギルドのこともある。すぐに決めることでもないだろう。だが結論が出たら、いや、決意が固まったなら、その時は頼ってもらえぬか。それが我々にできる恩返しだと思っておるのだ。もちろん出るも残るも自由だ。不安があれば相談にも乗ろう」

「それは……」


彼の口ぶりでは、ロイがこの国を出る前提になっている。

今後そうなる可能性がないとは言えないが、勝手に決めつけられても迷惑だ。

それをどう説明しようかと悩んでいると、彼は朗らかな調子で言った。


「人生の大きな転換になる件だ。急かすつもりはない。そなたは、そなたの生きたいように生きればよい。それが他国への亡命であろうが手を貸そう。我々にはそれだけの伝手がある。無駄に長生きはしておらんて」


押し込みすぎて、ロイが決定事項と捉えているように思ったのを察したのか、答えは急がないと笑う。




「ちなみに、あなた方は……」


こんな話をするくらいだから、きっと他にも希望者がいるのだろう。

もしかしたらロイをその中に混ぜて出国させてしまおうという話かもしれない。

そんなことを言葉の端に感じて尋ねると、彼は目を見居拓いてロイを見てから、すぐに表情を戻して言った。


「私は当然、ここに残る。ここに守るものがあるからな。他については生活が異なっていることもあるので、まあ、人それぞれとしておこう。私も環境が大きく変化すればこの意見を変えるやもしれぬ」

「そうですか……」


今のところ戦争の気配はない。

平和なうちに違う土地に慣れておいた方がいいという話もあるだろうが、平和なら、残っているのならできるだけ故郷で過ごしたいという気持ちはわかる。

ロイだって何もなければあの集落で今も暮らしていたはずだ。

でも命が関係する一大事となれば話は別だ。

故郷がとか祖国がなどと言っていられない。

身の安全を第一に避難先や亡命先を決めて、そこに逃げ切らなければならない。

彼の言う環境の変化というのはそういう話だろう。


「そなたの素性も、それにまつわる話もそれなりには聞いている。そなたがこの国に残り、苦しむ必要はない。亡命がそなたの救いになるのなら、その選択を我々は、後押しする。そう決めてここを訪ねてきたのだからな」


亡命するなら人の力が、コネクションが必要になる。

だからその時は力添えや、逃がすための算段ができるので言ってほしいという。

その気持ちは嬉しいが、なぜそこまでロイに亡命を進めてくるのかわからない。

多くの情報を持っているにしても、理由が思い当たらないのだ。

しかしそこに何かあるのではないかと疑ったロイは、彼の次の言葉を待つ。

すると彼は言った。


「この国には、守るものはないのだろう?ロイクール」

「そうですね……」


彼が今口にした言葉は、間違いなく自分が過去口にしたものだ。

そして今でも即答できるくらい、今の自分の感情と差異はない。

確かにこの国を守ろうとはあまり考えていない。

でもそれは他国でも同じで、今のロイにはどこにも何も守るものがない。

だからここでも構わないのだ。

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