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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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それぞれの在るべき場所(4)

「本当は、しばらく会ってもらえないと思っていました」


毎日通うつもりだったイザークがそう漏らすと、ロイクールは小さく笑いながらうつむいて答えた。


「そうですね。しばらく誰とも面会するつもりはありませんでした」


対面した人と冷静な対話ができるような精神状態ではない。

落ち着くまで、周囲に迷惑をかけないよう、管理室でおとなしくしているつもりだった。

イライラした状態で受付に顔を見せて、居るだけで気を遣わせるよりは、姿を見せない方がいいだろうと思っていたからだ。

けれどそれが受付のメンバーにかえって心配をかけることになったらしい。

イザークから受付の様子を聞かされて、どちらが正しい選択だったのかわからないが複雑だ。


「先ほどもギルドの受付たちが王宮騎士団らしきメンバーを追い返していましたし」


イザークは顔なじみになるくらい顔を見せていたし信頼してもらえたようで、スムーズに通してもらったが、騎士団は彼らの信用がないらしい。

対魔術師団のメンバーで横暴な態度は見せなくなったけれど、基本的に尊大な態度が変わらないから、どんなに言葉を尽くしても、それだけでその言葉の効果が半減しているのだろう。

対応に慣れたのか、皆が同じ思いを持って向かっているからなのか、随分と毅然な態度で頑張っていた。


「そうですか。どうりで静かだと思いました」


イザークの地位を知って受付が泣きついてきた時はどうしようかと思ったけれど、それはイザークが偉い人と知らず、これまでの対応を含め混乱し、パニックになっただけのようだ。

他では毅然と対応しているらしい。

彼らも随分とたくましくなった。

自分がいなくてもきちんと対応できるようになったのは大きい。

傍から見てしっかりしているよう見えているのなら、この先もギルドを任せていて問題ないだろう。

ロイクールがそんなことを思ってると、イザークが目を伏せた。


「それから、ドレン様との話を聞きました……」

「ああ、彼もきましたね」


魔術師団にいた時は彼の気さくさを好ましく思っていたが、今の彼にその時の面影は見えない。

年を重ね、立場もあるから仕方がないのかもしれないが、もう彼は自分と相容れないものになってしまっている。

向こうは歩み寄りたいと思っているようだけれど、ロイクールとしては距離を置きたいものだった。

もちろんその中には王族も含まれている。

ロイクールが複雑な表情で色々考えていると、イザークが言った。


「彼に対しては国を守るつもりはないと。そのために力を使うつもりはないとそうお答えになったと聞いています」

「その通りです」


噂として聞いていたことだが、ドレンが王宮で口にしていたことは本当らしい。

会ったことは知っていたが、内容を知ったのはかなり後になってからだった。

それを耳にした時、協力してほしい気持ちはあるけれど、それを被害者であるロイクールに依頼するなどありえないと二つの気持ちが同時に起こった。

ドレンの立場からすれば頼むしかないのはわかるし、ロイクールが断るのもわかる。

どちらかの味方に付くべきか、放置するべきか悩んだけれど、噂を真に受けて立場を決めるべきではないと思っていた。

そこで手紙のこともあってそれを口実に尋ねてみれば、ロイクールはこの状態だ。

どこから会話を切り出すべきか悩んだ末、出てきてくれている今、一番に話すべきは姉のことがいいかもしれない。

ロイクールには耳の痛い話になるだろうが、国のことより、姉のことを優先したいというのがイザークの出した結論だった。


「私は……。例の国で姉さんに会ってきました。ですからそこで何があったのか、それを直接聞いています」

「そうですか」


手紙を受け取ったことでロイクールはイザークが例の国に行ったことを知った。

そこにはミレニアの希望に加え、自分が口添えしたこともあって、殿下が国に話を持ち掛けて実現したことも書かれていた。

だからイザークがミレニアと話したというのが事実であることは納得できた。

しかし次にイザークが何を言い出すのかわからない。

ロイクールは少し警戒する。

イザークはそれを感じながらも口を開いた。


「姉は、あなたに酷なことを言ったと思います。ですが私には姉の気持ちが、義務を果たさねばならないという考えが理解できてしまうのです」

「貴族だから、ですか」


義務という言葉にそうかぶせたロイクールの言葉をイザークは肯定した。


「そうです。私たちはそう育てられてきました。貴族として政略結婚は当然のこと、不遇な目にあったとしても、国や民の利益のために犠牲になる覚悟で耐えるようにと。そして、結婚生活というのは、愛はなくとも、情があれば成立するものだと。だから相手を愛することができなくとも、何でもいい、友情でも同情でもいいから情を持つようにすれば、いずれ寄り添うことができるようになると。そしてそれは長い年月を経て自然にわいてくるものなのだと」


最初の処遇は良くないものだったが、ようやくそれらも改善された。

そしてその教育の通り、姉は殿下に情を持つことができそうで、そちらに寄り添う覚悟を決めた。

イザークが見る限り、そこに後悔は見られなかった。


「ロイクールさん、またここで戦争になれば、あなたのような人を生むことになります。お願いします。私たちのことはいいです。どうか未来ある子どもたちのためにお願いします。このギルドの人たちはあなたの過去も、これから起こる事も知らないのでしょう?彼女たちの幸せもこのままでは消えてしまいますよ」


この平和の一端を姉が担っている。

まだそれが有効だ。

だからこそ今、この国は平穏が続いている。

姉は貴族の義務も、この国も、そして殿下も捨てることはしない。

それはロイクールを含めたこの国の国民のための決断だ。

だからその功績を不幸と断じないでほしい。

この決断をした姉を恨まないでほしい。

言葉の中にイザークはそんな願いを込める。


「昨日の手紙もお読みいただきましたよね。私は内容を知らないのですが、想像することはできます。殿下はこの国との戦争を望んでいない。それは本人から聞いています。私はその内容を知ってしまったら契約に縛られてあなたに手紙を渡せなかったかもしれないので詳細をあえて聞きませんでしたが、殿下はあなた逃げる場所を提供すると提案したのではないですか?」


自分が知っていたらこの国に不利になるから渡すことができなかったはずの手紙だが、想像を口に出すのはギリギリ制約にかからないらしい。

イザークがどうにか尋ねるも、ロイクールは無反応だった。

けれどそれを肯定と捉えて続ける。


「あなたはあちらの殿下にも、私やギルドの皆さんにも、とても大切な存在です。あなたが自分で決めたことなら誰も止めたりしません。きっと後押ししてくれます。もちろん、私にも制約はあれど、できることはお手伝いさせていただきます。それこそ、制約のないギルドの方々にお願いしたっていいんです」


珍しいイザークの熱弁に気圧されたロイクールは、思わず首を縦に振った。


「……少し、考えさせてください」


ロイクールから比較的良い答えを引き出したイザークは笑顔を浮かべた。


「はい!あの、よかったらこちらを食べませんか?」


ここで返事を急ぐものではない。

断られることが前提のお願いなので、考えてくれるというだけで今は充分だ。

本当なら共にありたいが、考えずに逃げるのではなく、考えた結果ロイクールが決めたことならば、こちらの希望に反する結果になっても文句はない。

イザークが満足げに微笑みながらテーブルを指すと、ロイクールはうなずいた。


「そうですね。せっかくお持ちいただきましたし」


そう言うとロイクールは手を付けられず置かれたままのパンとクッキーに目を落とす。

どちらも見た目は懐かしいものだ。


「これがなかったら出てきてもらえなかった気がしますから、私はこの食事達に感謝しながらいただきたいと思います」


イザークはそう言うと、先に手に取ってパンにかぶりついた。

その様子を見てロイクールも同じものを手に取って口に運ぶ。

夜中の訓練のために自分が作ったものとは違うものだったが、確かにあの時と同じ空気が、ギルドの応接室にも流れるのを感じることができたのだった。

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