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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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それぞれの在るべき場所(3)

翌日、イザークは再びギルドに訪れた。

昨日、イザークが管理室に声をかけたことによって、ドア越しであってもロイから返事があったことは受付にも広まっていて、それによって受付は落ち着きを取り戻したようだった。

受付に声をかけると、事前にロイから伝えられていたのか、昨日のことが好意的に伝わっているのか、はたまた実は権力者だと知れたからなのかはわからないが、受付からはどうぞとだけ言われ、案内の同行なく奥に進む許可が出た。

確認したところでは、今日も受付まで出てきてはおらず、外で見た者もいないから、ロイはおそらく管理室から出てないのだろうということだった。

そのため、受付でお礼を伝えてイザークは昨日と同じ廊下を進み、管理室を目指すことにした。

そしてロイクールが閉じこもっているであろう管理室のドアの前に立つと、軽くノックをしてから、中にいるはずのロイクールに声をかける。


「前にあなたが美味しいと喜んでくれたお菓子です。あと、軽食も。ここは訓練場ではないですけど、一緒に食べる幸せを思い出させてくれたものだから、受け取ってほしいのです。許されるなら、私もドアを挟んだこちらで同じものを食べます。ちゃんと二人分用意してきたんです」


姉が自分のために買ってくれて部屋に置いていた、ロイクールと食べた思い出のクッキー、ロイクールとは違って自分の手作りではないけど、パンに総菜をはさんだものを作ってほしいと厨房に頼んで再現してもらった軽食、イザークはそれらを手に、ロイクールを訪ねていた。

もちろん籠は二つに分けてあり、せめて手だけでも出してくれたら、出てきてくれなくても渡すつもりでいた。

そして渡してから、ドアを隔てて話をしながら同じものを食べる。

まずはそこからだと気合を入れてきたのだが、イザークが廊下で返事を待っていると、管理室のドアが静かに開き、ロイクールが出てきた。


「あなたに廊下で食事をさせるわけにはいきません。応接室にご案内します」


少しやつれたように見えなくもないが、それは元気がないからそう見えるだけかもしれない。

絶食してやせ細ったりはしていないので何も問題ないだろう。

けれど生気が薄く感じられイザークは少し不安に思った。


「ロイクールさん……」


大丈夫ですかと聞こうとしたが、ロイクールは言葉の通り応接室に向かうべく管理室を施錠し、イザークに移動を促した。


「こちらです」

「はい!」


気持ちは明るくなさそうだが、身体は元気そうだ。

それを確認できただけでまずは一安心、ここからが正念場だろうと思いながら、イザークは歩き出したロイクールに続いた。



「お茶を淹れます。お座りください」


ロイクールがそのまま背を向けたので、イザークはその背に声をかけた。


「ロイクールさんは向かい側でいいですか?それともあの時みたいに横並び……あ、テーブルにお菓子と軽食を置かせてもらいます」


そう言って籠をテーブルに置くと、ロイクールはお茶を淹れていた手を止めて振り返り頭を下げた。


「お気遣いありがとうございます」

「そんなの……。むしろ私がなんかこう、懐かしくて……」


ロイクールがふさぎ込んでいるので元気づけようと明るくふるまっていたが、どうやら自分がそのテンションに当てられて興奮してしまったらしい。

イザークが気恥ずかしくなって苦笑いをする。


「いいえ。気を使わせてしまって申し訳ありません。好きな場所にどうぞ」


ロイクールに座るよう促されたので、イザークは近くの椅子に腰を下ろした。

ほどなくしてロイクールがお茶のポットとカップを二つ、テーブルに置いてから、注いだ茶をイザークの前に出す。

そして自分の分も淹れると、イザークの向かい側に腰を下ろした。



「よかった。正直、しばらく出てきてもらえない覚悟をしていました」


自分の時は、出ない期間を数日過ごしたら、すでに外には出られなくなっていった。

外に出なければ自分が傷つけられる心配がない。

引きこもっているのが一番安全だとわかったからだ。

本当なら仕事を辞めて家に帰りたかったが、魔法と使える人間を王家が手放すはずもなく、ましてや魔術師として優れた力を持っていたイザークにそれが許されるはずもなかった。

仕事をしなければクビにしてもらえるかと思えばそうではなく、自分が仕事をしなければ同僚に仕事が押し付けられてしまう。

だから廊下に積んでいってもらって受注していたのだ。



もし自分と同じようになってしまうとしたら、ロイクールはきっと受付で扱うポビンを廊下において、必要最小限の食べ物を摂取し、ずっと管理室に籠ることになる。

イザークとしてはその状況を避けたかった。

だからどうにかしようと思ったのだけれど、自分と違って外に脅威がないからかもしれないが、ロイクールはあっさりと出てきてくれた。

自分のように重症になる前でよかったと胸をなでおろしたのだが、ロイクールは首を横に振った。


「イザーク様にお手数をおかけするわけにはいきません。魔術師団の仕事もあるでしょうし」


そんなたいそうなものではない。

恐怖から身を隠していたわけではなく、単に自分が気落ちしていただけだ。

それにこうして普通に生活できているのだから問題ない。

イザークのような要人が毎日訪ねてくるのは大変なはずだし、自分の心配は無用だとロイクールは言ったが、イザークは首を縦には振らなかった。


「仕事は心配ありません。そもそもロイクールさんのところに行くと言えば誰も止めませんから」


魔術師団はロイクールに弱い。

彼の元気がないから差し入れをしてくると言えば、引き留めるどころか快く送り出され、お土産を追加したいと申し出があるくらいだ。

離れて長い年月が経っても、ロイクールは慕われている。


「それならなおさら出てきてよかったと思います」


自分の名前を出して魔術師団の仕事を抜けてきているのならなおさらこの状況はよろしくない。

副団長の不在が、雨の神の不在が、自分のせいになってしまうということだ。

そんなご立派な人を、自分が落ち込んでいることを理由にここに呼び寄せてはならない。

落ち込んでいると知れたら勝手に来てしまうのなら、そうではないと早めに姿を見せて対応しておくのが正解だ。

今回その意図を察して行動したわけではなかったが、知ってみればこれが正しい行動だったのだとロイクールは肩をすくめたのだった。

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