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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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それぞれの在るべき場所(2)

そもそも自分はロイクールに面会に来ただけであって、監査に来たわけではない。

もちろん出てこないからと言ってギルドの許可をはく奪するようなことはしないし、物理攻撃の予定もない。

ちなみにイザークが火魔法などで攻撃をすれば、このギルドくらいは吹っ飛ばす威力も出せるだろうが、その際、おそらくこの管理室だけが残るだろうと予想できる。

女性のあまりの取り乱しっぷりにイザークは驚きながらも、冷静に対処しようと声をかけた。


「あの、そんなことはしませんけど……」

「ロイさーん!」


落ち着くよう声をかけても一度かかったアクセルは止まらない。

彼女はドアを叩いてロイに助けを乞い続ける。

イザークがどうしたものかと考えていると、そこに聞きなれた声が響いた。


「今そこにいるのは、君と、彼だけか?」


ロイの声を聞いて安堵したのか、ようやく返事があったと泣きそうな声で彼女は答える。


「ロイさん!そうです!そうなんですー」


とりあえずドアを叩くのをやめて言葉だけで答えた彼女に、ロイは言った。


「少し落ち着いてください。まずそこの彼があなたに危害を加えることはありません。あと、物理的になら、このギルドはそうそう壊れませんから安心してください」


ギルドくらいなら壊せるかもと考えたイザークの胸の内を知ってか知らずか、ロイは彼女が言った破壊されるということも否定する。

そこで少しできた間に、イザークは滑り込むように言葉をはさんだ。


「あの、私です。イザークです。もちろんギルドを破壊したりはしません」

「ああ……」


イザークがドア越しに声を張ると、向こう側から小さく返事が聞こえた。

それを機に、イザークがここまで案内してくれた女性に言った。


「悪いようにはしないから、君は外してくれないか」

「えっと……」


急に言われた相手の方は困惑している。

こんなところまでギルドの人間ではない人を案内してきた上、その人だけをここに置いていっていいのかと考えるのはごく普通のことだ。

いくらギルドを管轄しているお偉いさんが相手だと分かったとしても、冷静になればこの判断を自分がしていいものではないとわかる。

その様子を理解したのか、ドアの向こうからロイが言った。


「問題ない。彼の言う通りにしてくれ」

「ロイさんがそう言うなら……」


言われた相手が自分ではだめなのかと落ち込んだ様子でそう答えてイザークの方を見る。

そして小さくため息をついたところで、ロイから再び声がかかった。


「すまない」

「いえ……」


早く離れるよう急かされていると察してそう答えると、イザークに一礼して、彼女は一人、後ろ髪を引かれる思いで受付の仕事に戻っていった。



ドアをはさんでその場に二人だけになったことを確認したイザークは、そのドアに体を寄せて言った。


「あの時と逆ですね」

「……」


あの時、その言葉にすぐ思い当たることがあったのだろう。

ロイクールからの返事はない。

しかしイザークは自分が伝えたいことを一方的に話し続ける。


「ロイ、いや、ロイクールさん。姉は違ったかもしれませんが、私はあなたでなければダメでした。他の誰でもない、あなただから、私は信用できた。あの時の私を救ったのは間違いなくあなただ」


記憶を預けなければ自分を保つことができなかった当時の姉は、再開時にはもういなかった。

今は嫁いだ先で自分の居場所を築いているし、自分のしたことを後悔しながらも前に進んでいる。

そして進む過程で姉はロイクールとの関係を終わらせることを選んだ。

それはロイの力を必要としないということではなく、この人生を選択した以上、頼ってはいけないし頼らないという姉なりのけじめだということは理解している。

けれど長年、陰ながら姉を守ってきたロイクールからすれば、戻ってくると信じたものを失っただけだった。

国内の騒動を知り、自分たち家族との関係を希薄にせざるを得なかった過程を見てきたイザークでもこの仕打ちはどうかと思う。

けれど貴族として姉がその道を選んだ理由も、そもそも選択肢などなかったことも理解している。

でもロイクールの立場でそれを理解してくれというのは難しいし、あれだけ好意を寄せられていたものに不要とされたようなものなのだから、傷つかないわけがない。

でも自分は違う。

自分はロイクールとこれからもよい関係を築いていきたいし、壊れた部分も再構築していきたいと思っている。

そして今でも、ロイクールを慕う気持ちは強い。

だからこの状況をどうにか打破したいと願っている。


「私にできることはないかもしれません。でもあなたがこうしてギルドに、管理室に籠もるというなら、私は友人がしてくれたように毎日声を掛けに来ますし、あなたがしてくれたように寄り添いたい」


そう言いながら、ロイクールにどうにかできないかと、自分では無力だからと、自分のプライドよりイザークを優先してくれた先輩を思い出す。

受付の女性はきっと、あの時の先輩と同じだろう。


「引きこもりの経験のある私だから、寮でのあの部屋でのことがあるから、そこでできることも、できないこともわかります。ですから、私があなたのギルドを守ります。そしてあなたも」


あの時のロイクールは先輩だけでなく、騎士団から魔術師団の皆を守ってくれた。

今の自分にはロイクールが鍛えてくれた魔法も権力がある。

だからそれを行使して、今度は自分がロイクールとこのギルドを守ると誓う。


「もちろん、無理矢理引きずり出したりはしません。でも、差し入れはさせてください」


今は何も持っていないなと、イザークは少し目を泳がせたが、そこで大事なものを持っていたことを思い出した。

この状況に動揺してしまって忘れていたが、まずこれを届けることを目的としてここに来たのだと思い出したのだ。


「それから……、皆が、あなたを待っています。ロイクールさんは、あなた自身が思っている以上に周囲から必要とされていますし、慕われていますよ」


そう言ってイザークはドアの隙間から手紙を差し込んだ。

このような状況は想定していなかったため、自分が用意したものではない。

差し入れたのは例の国を出る際、殿下から帰国時に預かったものだ。

手紙はすぐに部屋の中に引き込まれたので、ロイクールが手にしたのは間違いない。

ドアの向こうから返事はなかったけれど、自分の話も聞いていてくれたはずだ。

少なくとも自分はそうだった。

思わぬ形だがこれで帰国時に担った大きな役割は終わった。

皮肉だがこれを見れば自分の言葉が通じなくとも、ロイクールを守ろうとしている人が自分たち以外にもいることは伝わるだろう。

それでこのドアを開いてくれたらとイザークは願いながら、ドアに向かって声をかけた。


「だから……。また来ます。今日は帰ります。ゆっくり過ごしてください」


無理矢理こじ開けられて引きずり出すことが逆効果になることは、自分が一番よくわかっている。

ロイに危害を加える人間がいるわけではないし、外に怯えて出てこないわけではないので自分とは状況が違うけれど、一人で誰にも干渉されずにいる方が心穏やかに過ごせることもある。

そして心を許せる相手となら、そのような状態でも話ができるものなのだ。

以前の自分と姉のように。

少々しつこくあったけれど、姉が来てくれていたことは申し訳ないと思う反面、今ではとても感謝しているし、その時に持ってきてくれた食べ物があったからこそ、自分は生きているようなものだ。

だから今度は、姉がしてくれたことを自分がロイにしていけばいい。

こうして同じ立場に立つと、壁を作られて拒絶されることがどれだけ相手の精神に影響を与えてしまうのかが分かった。

たった一回でこれだけ落ち込むのだ。

これを何年も続けてくれた姉は、根気が強くお人よしが過ぎるなとイザークは肩をすくめてその日は退散したのだった。

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