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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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戦渦を生きた大魔術師と退役軍人たちの追憶(9)

パーティの会場で男性の退役軍人たちに囲まれてあれやこれやと話しているうちに、ロイはあることに気が付いた。


「こちらに女性は参加していないのですね」


多くの人たちが参加しているが、今のところ女性の姿を見かけていない。

確かにギルドにやってきた退役軍人のほとんどは男性だったが、一定数女性もいて、その人たちにも記憶を返却していたのだ。

それにギルドで彼女たちと交流していた男性もいたのだから、この場に誰もいないというのは少し不思議に感じられた。

すると、ロイを囲んでいた男性の一人が苦笑いを浮かべて答えた。


「ああ、別に女性をわざと外したわけじゃないんだ。だが記憶を取り戻した結果、ここに会いたくない男がいるって女性も一定数いるし、そうなると女性の参加が少ないから躊躇して不参加とか、色々だ。だがな、皆共通して言うんだぞ、家族が待っているのでってな。そんなわけで、全員にではないが一応声は掛けてはあったんだが、参加はしてもらえなかったな」


女性たちは皆、家族と幸せに暮らしているし、心配を掛けているから早く家族の元に戻りたいと彼らに伝えたらしい。

戻った記憶が辛いものでも家族が支えてくれるからこの先も生きていけるし、家族がいなければ自分は生きてすらいなかっただろうと口を揃えて言ったそうだ。


「こういった活動より現実を生きるってのは女性らしい選択だし、男どもより制限の多い生活をしてるのが多いのは間違いないだろうな。だから来たくなったらいつでも声をかけてくれって伝えてあるんだよ」


彼女がもし家族と今回の話をして、参加することを勧められたり、本人が希望して家族の了承が得られたら参加してほしいと思っているらしい。

たしかに男性だけではなく女性目線での戦争体験は貴重だろう。

だが、彼女たちが忘れなければ生きていけないほどの体験を、自分のされたことを公にしたいかどうかは微妙だとロイは思った。


「ああ。それに彼女たちの中には活動は共にできないが、経験は語り継いでいきたいと言っている者もおるでな。ここにいないからと悲観してはおらんよ」


本人の口から語られることはなくても、家族にその話をしたり、見られないところでその記録を残してくれていたら、本人の名誉を守りながらそれを伝えることができるかもしれない。

世に話が広がるのは、戦争経験者がその人生を終え、この戦争が歴史上の出来事となってからでもいいのだ。


「それでもいつか、一緒になんていう夢くらいは持ってもバチは当たらんだろうて」


男性たちが彼女たちに参加を強制しないのは、きっとどこかで女性たちが自分たちとは違い公にできないようなことをされたことに気がついているからだろう。



「本当にありがとう。改めてお礼を言わせてほしい」

「私はただ預かって管理していただけですから……」


ロイは本当にそう思っていた。

かの大魔術師は自分も戦争に参加し、その後処理までしっかりと行った。

ロイは大魔術師の抜かれた記憶を預かり管理しただけで、彼らの記憶を抜き取るために必要となるひとりひとりの記憶と向き合う一番大変な部分は行っていないのだ。

だが彼らは首を横に振った。


「本当なら、かの大魔術師はもういないのだから、この件に関係のない君が記憶を大事に扱う必要はなかっただろうに、君は我々の記憶を大事に扱ってくれた。だからこうして、皆、記憶を欠くことなく取り戻して無事を確かめあえているんだよ」

「お役に立てたのなら何よりです」


あまり彼らを否定するのは良くないと、ロイは素直にその言葉を受け止めることにした。



人を殺めた記憶、虐待された記憶、失った人の記憶、戦争の光景、彼らの記憶の糸を見ると抜かれたものは人それぞれだった。

本当ならば思い出す必要もない記憶だったはずだ。

そのまま天に旅立てば、ずっとこの苦痛を思い出さずに済んだはずなので、戻したことが感謝されるべきことだったのかはわからない。

ただ、確かにロイが管理していたから記憶は希望があるまで戻ることはなかったのだ。

そういう意味では少し、彼らが幸せな人生を歩む役に立てたかもしれないと思わなくはない。


「役に立つ、か。我々からすればそれ以上なんだがな。……こんな年寄りだけど、もし力になれることがあったら頼ってほしいと思っとる。大魔術師の弟子の元王宮魔術師に力でしてやれることは少ないが、知恵と人脈なら歳を重ねた分だけ持っとる。我々は君の味方をすると約束しよう」

「ありがとうございます」


なぜか彼はロイが元王宮魔術師であることを知っていた。

そのことに驚いたが、ロイはそれを聞き流したかのように返事をした。

本当のことなので否定することではきないし、自分から掘り下げて話をするのもおかしな話だ。

これが彼らの言う人脈のなせる業なのかもしれない。

結局、彼らの話はパーティが終了するまで尽きることはなかった。



パーティを終えて戻ったロイは、今回の件について改めて考えた。

彼が戦争の記憶を抜いたのは、彼らを苦しみから救うためだった。

表向きだけではなく、きっと師匠なら、彼ならそう考えて行動するに違いない。

けれどもう一つ、その記憶から立ち直った彼らが国の反乱分子にならないようにするためでもあったのではないかとロイは感じていた。

こんな苦しみを与えられて生きながらえ、その記憶を持ったまま、悪夢にうなされながら生きていく苦痛を国にぶつけないようにするため、望んでもいない戦争に強制的に駆出して、苦痛を与えただけの国が恨まれないようにするため、そんなものが透けて見えた気がしたのだ。

国同士の戦争が終わって平和になるはずが、国内の紛争になってしまっては意味がない。

国内の紛争を起こさないようにするためには、国に使えた者たちが納得するケアが必要だった。戦争は大変だったし、悲しいことだったから二度と起こさないようにしなければならないから、勝利のときの喜びなどだけを残すわけにはいかない。

また勝利に換気したいという思想に傾くのも危険だからだ。

だから、一番辛いであろう記憶だけを抜き取った。

そしてケアをされたという事実、その後、安定した幸せな生活を送ったという事実を彼らに残せば、戦争をした国に対する敵意は消えるに違いない。

そして彼らは歳を重ね、いずれ国の意図するところに気がつくかもしれないが、その時にはすでにそういった戦意はなくなっていて、ただ平和に家族とともに過ごすことを考えるようになっているだろうと。

そうして反逆の意思を削いで国に従順なものを作り出す、そこまで考えられているのではないかと。

そしてそこに、かの大魔術師が大きく関与していたことは間違いない。

けれどロイは自分が出会う前の彼のことを良く知らずに生きてきてしまった。

もしかしたら自分は彼の存在と向き合わなければならないのではないか。

そうしてロイは、未だこの国に影響力のある、偉大な大魔術師との日々を思い返すのだった。

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