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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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再会、そして動きだす歯車(26)

ミレニアが護衛と店を見ている間、二人になったところで殿下がつぶやくように言った。


「長かったな」


ミレニアの背中をまぶしそうに見つめる殿下にイザークは首を傾げる。


「何か?」


殿下の言葉の意味を察しかねてイザークが確認すると、殿下が少し顔をゆがめながら答えた。


「私はミレニアがあのようにはしゃいだところは一度も見たことがなかった。あれが本来の姿なのだろう」


それが確認なのか自虐なのかわからないが、ミレニアを見つめる殿下の視線に悪意は感じられない。

むしろほのかに好意が乗っているように見える。

自国で最初に顔を合わせた時も、ミレニアから聞いた限りの扱いを聞いた限りでも、彼がとてもそんな感情を抱いていたようには見えなかったが、今は違うのかもしれない。

少なからずロイクールが影響しているように感じられた。


「そうですね。私は変わらずにいてくれたことに安堵しています。思うところがおありですか?」


イザークがこれまでのミレニアに対する扱いに後悔があるのかと嫌味を加えると、殿下は小さく鼻で笑って表情を整えてから答えた。


「ああ。苦労を掛けてしまったし、気を使わせてしまった。しかし私の目に狂いはなかったのだなとも思っている。これからは本来の彼女でいられるよう、尽くしたいと思う」


貴族としてもてなしを受ける店には積極的に足を運んでいたミレニアだが、市井の屋台は初めての経験だ。

それらが目新しいのか目を輝かせて護衛に説明を求めているし、すでに護衛の手にはいくつかの商品が抱えられている。

一緒に来ている自分たちのことはあまり目に入っていないのかもしれないが、買い物を楽しむ女性に待たされるのは男性の役目だろう。

だからこそこうして殿下と他愛のない話ができている。

イザークと話しながらもミレニアを目で追っている殿下は、ミレニアが楽しんでいることを喜んでいるようだ。

イザークはミレニアを見ながらも殿下の様子をしっかりと観察する。

自分がいなくなってミレニアが不遇になることはあるのか。

それを見極めるためだ。

けれどその心配はなさそうだ。

最初は何の情もなかった政略結婚が、二人の中で情のあるものに変化しているのは間違いない。

それを見られただけでイザークは満足だ。


「ありがとうございます。正直、あの時は、姉の相手にロイクールさん以外というのは考えておりませんでしたが、それが叶わぬ政略結婚なら、相手は殿下でよかったのだと、話を聞いて安堵いたしました。これからも姉をお願いいたします」


イザークが殿下にそう言って頭を下げると、殿下はイザークを見下ろしてそれに答えた。


「任された」


殿下は少なくともイザークから及第点をもらえたことに安堵した様子で、再び視線をミレニアに戻す。

そして思い出したように付け加えた。


「ああそうだ。向こうがどう思っているのかわからぬが、ロイクールとは友になったのだ。そなたら同様、何かあれば力を貸すとそう決めている。もし彼が国にいられぬような事態になったら、その時は迷わず手を貸すので、こちらに送ってくれ」

「わかりました。ロイクールさんにもお伝えします」


この国でなくともどこかと戦争になったら、その時は迷わずロイクールをこの国に送ろう。

少なくとも国とは何の契約も結んでいないのだから、彼だけならばすぐに国外に出すことができる。

今すぐどうという話ではないし、現実にならない方がいい話だが、策も手札も多い方がいい。

イザークは殿下にお礼を告げながら、思わぬ収穫を顔に出さず喜んだのだった。



市場での買い物、街の観光を楽しんだ翌日、イザークは帰国の日を迎えた。

国の重役である上、契約に縛られていることあり、あまり長いはできない。

そして自身も国を空けている間の動向がきになっていることもあり、滞在を延期することはしなかった。


「遠いから、あまり荷物を持たせるわけにもいかないわよね」


殿下と並んで見送りに来たミレニアは、殿下が国賓への土産として用意したものだけではなく、さらに色々持たせたかったと過保護なことを言った。

貴族が身に着けないような市場の者の中にもいろいろと面白いものはあったけれど、それらはすでに自分で購入している。

ミレニアはあらかじめ選んであったものではなく、今のイザークを見て、見繕いたかったらしく、非常に名残惜しそうにしていた。


「その気持ちだけで十分です。それに、一番の手土産は、私が無事に家に戻って姉さんの話を両親に聞かせることだと思っています」

「それはその通りだわ。まずは無事に戻ってもらわないと」


こうして気軽に話をしているが、イザークは国境を越えて帰るのだ。

もちろん魔法に優れていることも知っているので杞憂だろうが、それでもミレニアは弟を心配した。


「旅の間は防御魔法を発動しながら帰りますから、賊などは問題ないと思いますが、油断はできませんからね」


以前と違いはっきりと問題ないと言い切るイザークに、ミレニアは目を細めた。

騎士におびえていた姿はなく、堂々と貴族然とした姿に一回り大きくなった弟を見た気がしたのだ。


「そう。すっかり使いこなしているのね」


心配そうにする姉にイザークは安心させるように答えた。


「あの出来事とロイクールさんのおかげですよ。ロイクールさんに連日訓練に付き合ってもらったおかげで今の自分がありますから」

「ええ、そうね」


今では多くの民から尊敬のまなざしを向けられる魔術師となったが、ミレニアからすればいつまでも心優しいかわいい弟だ。

だから大人になることで少し遠く感じてしまうことに寂しさを覚えていた。

そんなミレニアの横に立っていた殿下が、今度はイザークに声をかけた。


「私からは手紙を預けることにしたのだ。中身はそなたになら見られても構わぬものだが、内容は知らぬ方がいいかもしれぬものだ」


殿下が伝言のことを姉に話したのか、それでは伝えられないことを懸念した姉が、あえてこのような形にするよう準備を促したのかもしれない。

イザークは知らぬ顔でうなずいた。


「わかりました。私が内容を知らない手紙なら渡せると思います」


イザークがミレニアを見ると、彼女もうなずく。


「そうね。あなたはまだ縛られているのだもの。見ない方がいいかもしれないわ」


姉は中身を知っているらしいが、それを口にせず、代わりに見ない方がいいものだと臭わせた。

イザークもそうだと思いましたとつぶやく。

この契約に苦しめられていたこともあり、殿下よりミレニアとイザークの方が発言に慎重だ。

それを見た殿下は感心しながら手紙を二通差し出した。


「さすがミレニアの弟君、これだけで何を懸念したのか理解するとは聡いな。ああ、そちらの王族宛のものは、次はぜひ、ご家族でと書いてあるものだ。受け取ってくれ」

「はい。お預かりいたします」


そうしてイザークは殿下からはロイクール宛のものと、王族、もとい皇太子殿下宛のものを預かった。

その他の中身はきっと国に不利になるような内容なのだろう。

イザークが気にしていると思って話してくれたのは皇太子殿下宛の手紙の内容だけだった。

殿下達のものは本人にわたるので問題ないが、引っ掛かるとしたらロイクール手紙だろう。

宛名が書かれているので間違えることはないだろうが、これがなければ殿下の好意を伝えることはできない。

そう考えてイザークは手紙を大事にしまい込んだ。



内容はともかく、差出人が上位のものであるのだから、イザークが報告のために登城する際のよい手土産となるだろう。

片方の中身については聞かされていないが察しが付く。

きっとロイクール宛のものには、何かあれば自分が力になると。

そして、皇太子殿下宛の者には先ほどの話の通り、次は家族で来させてほしいと書いてあるのだろう。

これで彼らがどう動くかはわからないし、内容についてはあくまで憶測でしかない。

ただ、ロイクールの手紙の予測が本当に当たっていて、それが確認できてしまったら、契約魔法が発動してこの手紙をロイクールに渡せなくなる懸念があった。

だからあえて内容は聞かなかったし、彼もそれを理解してか、あえて別日の伝言と別に手紙を書いてくれたのだろう。

そんなことを思いながら、手紙と土産を持って、イザークは帰国の途についたのだった。

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