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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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再会、そして動きだす歯車(20)

イザークがそう考える一方、ミレニアはここに来た当時、ロイクールに関する記憶はなかったけれど、田舎に広がる草原も、高い空も、森の木々から聞こえる風の音も、なじみがないはずなのに懐かしく感じられたし、心は癒された。

保養所というだけあってそういう場所だからそう感じるのだろうと思っていたけれど、田舎暮らしは、ロイクールと自然を楽しむ経験があったことですんなり受け入れられたのだろうと考えるようになった。

当初、その懐かしさの意味も理由もわからなかったし、自然とはそういう力のあるものなのかもしれないと思ったが、記憶の戻った今は、きっとあの時の経験のおかげだと思っている。

最初はすることのなさに時間が経つのは遅く感じたが、そこに慣れるのにもそう時間はかからなかった。


「当たり前だよ!でもそれは最低限じゃないか」


無理矢理指名して連れてきたのはこの国の方だ。

生活が保障されるのは最低限だし当然のことだ。

贅沢をさせろとは言わないが、最低限の生活しか保障しないという時点で冷遇されているのは目に見えている。

華やかで街の娯楽が好きなミレニアを田舎に追いやった時点でどうかと思うし、反感を買うことなど、ミレニアがここに来る前から察しがついていたはずだ。

それを一掃する前に輿入れさせたこともイザークからすれば気に入らない。


「そうだけど、ここには来た当初、私が一番苦しんでいた時に支えてくれている人達がいるの。それから、当時からたまに会っていた夫ともね、ただ語らい合うだけなの。妃とか妻という扱いではなかったけれど、面会のために足を運んでくれていたわ。不思議だけれど、本当にそれだけ。それなのにここには穏やかな時間がある。今はここが私のあるべき場所になったのよ」


ミレニアの苦労は計り知れない。

そしてここで自分の居場所を自分で切り開いて確立した。

自分はここで、これまで支えてくれた人たちと共に生きることにしたのだと、イザークにもロイクールに伝えたものと同じ決意を伝える。



イザークはそれを受けて言葉を詰まらせた。

これまでの環境がいかに苦しかったのか、ミレニアから発せられる言葉の強さだけで理解できる。

楽な暮らしではなかったはずだ。

それは記憶があっては気が狂うと考えるほど愛した相手より、ここに来てからの生活を近くで支えてくれた人を選んだことからも察せられた。

どこかで姉のことだから殿下に愛されて、違う社会で幸せになっているかもしれないと考えていたが、現実はそうではなかったということだ。


「そうか。それを、ロイクールさんに言ったんだね」

「ええ」


どうしようもなかったとはいえ、その現実を突きつけられたらロイクールもミレニアを連れ戻そうとは思わないだろう。

ロイクールにその権限がなかったとしても彼には力がある。

本気になればこの国を壊滅させることだって、ミレニアを連れて逃げることだってできたはずなのにそれをしなかったのは、ミレニアの中に、ここに残る意志を汲み取ることができたからだろう。

一途に思い、一人で記憶を抱え続けたロイクールが諦められるほどの説得力が、ミレニアの言葉の中にあったのか、それが記憶に関係するものなのか、それ以外に起因したものなのか、イザークにはわからない。

知っているのは、この国から戻ったロイクールが現在どういう状況になっているかということだけだ。


「姉さんの気持ちはわかったよ」

「心配してくれてありがとう。そういうことだからもう大丈夫よ」


一番辛い時はすでに乗り越えた。

今では生活も落ち着いて余裕があるくらいだ。

そのタイミングだったからこそ、あの記憶を受け入れることができた。

それでも返却当初は罪悪感に苦しんだけれど、それもここに来た時の苦労を思えば乗り越えられた。

ただ、ロイクールにだけは申し訳ないことをしたと、それだけがしこりとなって残っている。

でもそれは、これから先、自分がロイクールに苦痛を背負わせた報いとして生涯抱えて生きていくつもりだ。



「それはずっとロイクールさんに守られてきたから大丈夫だっただけだろう?ロイクールさんは姉さんの分もその苦痛を抱えなければならなかったんだ。二人分の記憶を。それがどれだけのものだったか、知ることは叶わないけど……」

「そうね」


糸の切れてしまったようになっているロイクールの姿を思い返しイザークが言うと、ミレニアは複雑な表情をしながらも深く追及はせず、その言葉を受け入れる。

一度口にしたことで止まらなくなってしまったイザークは、思わず先日聞いた話をミレニアにこぼした。


「ロイクールさんは、姉さんがこの国に来てから王宮魔術師を辞めて、姉さんの記憶を守るためだけに記憶管理ギルドの管理人になった。でもね、また戦争が起こるかもしれないあの国に、自分から全てを奪ったあの国に、姉さんの帰ってこないあの国に、もう守るものはないのだと、先日、騎士団長に言ったそうだよ」


とてもこんな話、王族の耳には入れられない。

とはいえ、そもそも情報源である騎士団長に直接ロイクールがそう言ったというのだから、既に報告として耳に入っているかもしれないけれど、こちらからあえて彼らに話すことはない。

そしてこんな話、どこに耳があるかわからない自国内では怖くて口に出せない。

口に出した時点で不満を持っていることが知られてしまうからだ。


「そう……」


そうなってしまったロイクールを止める権利は自分にはない。

そしてこうなったのは自分のせいではないので責められても困る。

イザークが言うのはわかるが、もしあの国が、自分を売った国がそれを言ってきたら、今の立場を総動員して叩きのめす覚悟もできている。

そう、遠くからでもロイクールのためにできることは残っている。

ここにいればこそ、できることもある。

殿下ではないが、彼がこの国に亡命したいというのなら、その時は全力でサポートするつもりだ。

そんなミレニアの思いはイザークにうまく届いていない。


「私はまだ両親もいるし、あの国は自分の故郷だし、王宮魔術師としての職務もあるから、この先、あの国で戦争があれば戦うことになる。こうなってみて改めて、あの時ロイクールさんに戦える状態にまで回復させてもらってよかったと思う。でも、ロイクールさんの力を借りられなければ、あの国はなくなるかもしれない。前の戦争だって、かの大魔術師がいたからこそ国として守られたんだ。でももう彼はいない。そして彼の最後の弟子はロイクールさんで、その能力も秀でている。かの大魔術師の代わりができるのはロイクールさんしかいないんだけど……、まぁ、姉さんは安全なこの場所にいるんだし、ここが居場所だって言うなら、あの国がどうなろうと関係ないんだろうな」


不安が先行しているイザークがミレニアにそうこぼすと、ミレニアは小さく息を吐いてからイザークを見据えた。

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