再会、そして動きだす歯車(19)
そうしてこれまでのことを勢いよく話していた姉の言葉が途切れたところで、イザークは一番気になっていたことについて、探りを入れることにした。
「姉さん、ロイクールさんと話をしましたか?」
「え?ええ……」
突然ロイクールの名前を出されて戸惑った様子を見せたが、そう切り出したことには意図があるはずだ。
そう感じたミレニアは素直に肯定する。
「やっぱり……。ロイクールさんのことが分かるってことは、記憶も……ってことで間違いない……?」
イザークの問いにミレニアはうなずいた。
「ええ。戻って、落ち着いているわ」
最初に受け入れるのは大変だったけれど、ロイクールに別れを告げて、殿下ともより多くの会話をするようになり、記憶も感情もすっかり落ち着き馴染んでいた。
もうそれらを理由に情緒不安定になることはないだろうとミレニアは言う。
その答えを聞いたイザークは、信じられないといった様子で目を見開いた。
「じゃあどうして?どうしてここにいるんだよ!ロイクールさんはずっと……」
「それが私の役目だからよ」
イザークに皆まで言わせまいとミレニアが言葉をかぶせた。
イザークが感情的に相手を責めることは珍しいし、自分のしたことが責められるべきことだということは理解しているつもりだ。
けれどここは実家ではないし、離れているとはいえ人の目のある場所だ。
だからそれを興奮した状態で口にしてはいけないとミレニアは彼を止めた。
イザークはミレニアに諫められ、慌てて声を潜めた。
「そうかもしれないけど、結局、アイツは姉さんを閉じ込めただけだったってことじゃないか。アイツは自分の都合で、面白半分で姉さんとロイクールさんの仲を引き裂いたんだ」
イザークからすれば、こうなったのは我儘な王女殿下だけのせいだけではなく、この国が姉を指名してきたことも原因だと思っている。
そしてこの国はあの王女殿下以外なら、相手は誰でもよかったのではないかと、そう考えていた。
なのに白羽の矢を立てられてしまったのは本当の不運だ。
そして仮にも皇太子妃になる相手のことだし、この国だって素性を調べなかったわけがない。
馴れ初めはともかく、ロイクールとのことは公開されている情報だから、この国が知っていて当然だ。
だから事情はともかく、相手がいることを知った上でこの話を進めたことに間違いはない。
それでもまだ、大切に扱われていたのなら許せただろう。
しかし田舎に追いやられ冷遇されていたとなれば話は別だ。
そのことにイザークは憤りを覚えていた。
「あの方は私に思う相手がいたこと、ロイクールのことを正しく知らなかったわ」
ミレニアが落ち着かせようとそう伝えるがイザークは納得しない。
「そんなの関係ない。それに本当ならここには姉さんじゃなくて、あのワガママな王女が来るはずだったんだ。結局、地位の足りない姉さんは単なるおもちゃ扱いじゃないか。国から取り上げて、それだけで満足して、田舎に放り出したんだよね?」
たしかにミレニアがこの国に来たこと、それで双方の役目は果たされた。
名目上は嫁であり、皇太子妃だが、中央政治にかかわることなどなかったし、その情報からも隔離されてしまっていたのは事実だ。
もちろん最初は、望まれていないことはわかっていたけれど、王女の代わりとして役目を果たしに来ている人間にこの仕打ちかと自分もそう感じて憤慨した。
事情が分かってからだって、その時の感情が沸き上がることもあった。
それに自分だって貴族の薄汚いやり取りの中で生きてきたのだ。
本当に受け入れる気があるのなら、表に立たせて自分が堂々と打ち負かした方が相手に認めさせることができるのではないかと、何度も思った。
だからわだかまりがずっとあった。
けれどロイクールが来て、記憶を取り戻したミレニアに彼は言ったのだ。
ロイクールと一緒にありたいのならそれを認めると。
でももし、ミレニアが自分の元に残ってくれるのなら、自分の隣にいることを選んでくれるのなら、ここから始めたいのだと。
そして改めてこれまでの経緯を、時間をかけて本人の口から直接話してくれた。
その過程で沸き上がるミレニアの怒りも悲しみもすべて、彼は甘んじて受け入れた。
少なくとも、互いに長年気にかけていた相手だ。
情がなかったわけではない。
ほだされるのにそう時間はかからなかった。
記憶の返却を受けてから面会委した際、感情の機微が乏しいロイクールが、自分の言葉を聞いてあからさまに表情を曇らせたのだ。
今でもロイクールには申し訳ないと思っているし、それをずっと近くで見ていたであろうイザークからすれば、ミレニアのそんな感情の変化を理解するのが容易ではないこともわかる。
だからミレニアはイザークが納得できるだろう理由を先に出した。
「でもね、私が国に戻るわけにはいかないの。それは分かるでしょう?」
「そうだけど……」
表向き、王女の代行となっている。
だからここでミレニアが職務を放棄すれば、せっかく安定している情勢に波風を起こすことになる。
そう言われてしまえば、イザークも反論はできない。
「この国で忘却魔法というものは認知されていないの。だから私が記憶を預けて、ここに来ることになった際、相手がいたとしても、それは政略結婚の相手であって思い人だとは考えなかったと考えたみたいで、特に気にも留めなかったようよ。それは私が記憶を失って、ロイクールのことを忘れていたことが大きいわ。あの時は貴族の役目を果たすと意気込んでいたのだもの。だからロイクールとのことは最近知ったのよ。その流れで私の記憶の一部がないことを知った夫は、私とロイクールを再会させたのだと思うわ」
もしあの段階で自分に思い人がいたら引き裂くようなことはしなかったかもしれない。
そう考えられる程度に今のミレニアは殿下を信用できている。
「それは姉さんがロイクールさんを愛していた過去を思い出すことで、国に帰りたいと言いださせるのが目的じゃないの?この国は最後まで姉さんを利用しているんじゃないの?」
ミレニアの言うことが本当なら、国内の皇太子妃問題は落ち着いたということになる。
それならば次を考えてもおかしくはない。
貴族たちはおとなしくなったし、ミレニアが思い人であるロイクールの記憶を取り戻したことで、それを思って泣き暮らすようになれば、憐れんで返すと言い出しやすかったことだろう。
それで話が違うと文句をつけることも、恩を売ることも、関係悪化を匂わせることもできるので、それを交渉条件としてこちらから何かを引き出す材料に使おうとしているのかもしれない。
そう勘繰るイザークだが、首を横に振ることで、ミレニアはそれを静かに否定した。
「落ち着きなさい。過去にそのようなことがあったからといって、別に離縁されたわけではないわ。夫もたまに遊びに来ていたのだもの。確かに国に帰れるわけではないし、他にも多少の制約はあるけれど、それ以外はある意味自由なの。生活にも不自由していないわ」
この国に来たおかげで国との不平等な魔法契約が解除できたのだし、すべてが悪いことばかりではなかった。
国に縛られる必要がなくなった、その自由を得たのは大きい。
あの国でロイクールと結ばれたとしても、国内にいる限りあの契約に縛られ続けることになった可能性が高い。
ロイクールは契約していないけれど、ミレニアの契約があればロイクールを間接的に操作することができるからだ。
不可抗力ではあるけれど、ロイクールが自分という枷から解放されたのなら、この結果だって悪くはない。




