再会、そして動きだす歯車(18)
殿下を認識していたからか、イザークがテーブルに歩み寄るのを誰も止めない。
訓練を続けた結果、使いこなせるようになった防御魔法を小さく身にまといながら、取り囲む人たちの脇を堂々とすり抜け、イザークはゆっくりとミレニアのもとに向かう。
そして近づいて見れば、そこには年齢を重ねたとはいえ前と変わらぬミレニアがそこにいる。
「姉さん」
久しぶりに本人を目の前にしたイザークがそうつぶやくと、ミレニアはその姿を認め、近くに来た彼に抱きついた。
「嬉しいわ!こんなに早く訪ねてくれるなんて!」
飛びついてきた姉を受け止めながらイザークはそれに答えた。
「殿下が家族にも会わせないなど、ずいぶんな扱いをしたって。先日、使者を迎え入れたことだし、それならば妻の家族を迎えないのはおかしいって、連絡が来てさ。とりあえずすぐに行けるのは私だけだから、様子を見に来たんだ。本当に元気そうでよかった」
本当は家族全員で来たかったけれどと匂わせると、その言葉ですべてを察したのかミレニアは思わず涙をこぼす。
「皆が元気ならよかった……」
以前、ロイクールが来たときに家族のことを聞いたが、彼はイザーク以外の様子はわからないと言っていた。
会ってもいないし見かけてもいないのだと。
記憶が戻ってからは、自分のことで精一杯だったのであまり気にしていなかったけれど、時間が経つにつれ、ロイクールとのことが思い出として消化しきれたこともあり、気がかりは残された家族とのことだったのだ。
悪い知らせがないのだから大丈夫だと自分に言い聞かせていたが、やはり聞くまで不安だった。
とりあえず国からの許可は下りなかったが家族の皆が自分のところに来たいと言えるくらい元気であることはわかった。
そして、イザークだけ許可が下りたことも、先日のロイクールの言葉もあってすぐに察せられた。
一人で来るのは心細かっただろうに、それでもこうして来てくれたことを喜ばずにはいられない。
ミレニアはイザークから体を離すと、弾んだ声で言った。
「とりあえず座りましょう。お茶をもらおうかしら」
「そうだね。積もる話があるからね。殿下が今日だけではなく、滞在中の面会は認めるから姉さんと相談して決めてくれって言ってくれたよ。でもここでもずっと話続けてしまいそうだ」
そんな話をしながら向かい合わせに二人は座った。
そしてミレニアがすぐに指示を出し、侍女たちにお茶を用意させる。
ミレニアに従っていた侍女は、この再会を心待ちにしていたミレニアのことをよく知っているため、敵意を見せることはない。
むしろほほえましいものを見たと温かい目をもってイザークを迎え入れた。
彼女たちは素早くお茶を入れると、侍女たちは殿下の言いつけもあって、すぐに下がった。
といっても、所定の位置についているので何かあれば対応できる。
お茶の追加があればお声かけくださいと言い残した彼女たちは、決められた場所から再びこちらに目を向けている。
きっとこちらが手を上げて呼ぶしぐさをしたら、それを察して彼女たちは御用聞きに来るのだろう。
「姉さんはここに来てからどんな暮らしをしていたの?」
彼らが離れたのを確認したイザークがそう言うと、ミレニアは会話のできることを嬉しそうにしながらそれに答えた。
ここに来てから中央での生活はさほどなく、すぐに比較的安全な保養地に移動し、多くの時間をそこで過ごしたこと、最初はギスギスしていた使用人や侍女たちと、その環境で生活を共にしたこと、望まれてきたはずなのに田舎に追いやられたことを不憫に思われたことで、自分と同様に田舎暮らしを強制された彼らとここまでの関係を築けたことなど、ロイクールには話せていない詳細をどんどん口にする。
「そうね。最近まで田舎で生活をしていたものだから、時間の感覚がすっかりのんびりしたものになってしまっていたようね。前だったらそんな生活つまらないと思ったかもしれないけれど、慣れてしまえば案外心穏やかに過ごせていいものだったと思うわ。私に娯楽の少ない場所で生活ができることは意外だったけれど」
最初はもちろん不満を持った。
国家間の都合であるにしても、あまりにも扱いが悪いのではないかと。
けれどここの生活に慣れ、少ないながらもこの国の現状を知れば、これが自分の身を案じてのことだと理解できた。
普通に考えて、皇太子殿下が他国の姫を迎えるのは仕方がない。
国家間の関係にヒビを入れるわけにはいかない、王族相手なら仕方がないと、貴族たちも一度は無理やり飲み込んだ。
それがまさか、相手が代わり、高位とはいえ他国の貴族の令嬢となるなど想定外だ。
貴族令嬢でいいのなら、相手は自分の娘でよかったではないかと、相手がすげ変わったことで、当然多くの反感を招いた。
それもあって周囲はミレニアを歓迎しなかったし、すんなりと受け入れてはくれなかったのだ。
もちろん、結婚の前に殿下本人に進言したものも多かったが、当然その目は相手となったミレニアにも向けられた。
彼らからすれば、自国から護衛も付き人も来ていないミレニアを排除することが一番簡単だ。
その動きを察知した殿下は、中央にいればミレニアに命の危険があると判断し、保養所への避難を決めた。
それが入国し、結婚式を行った直後、理由の説明もなしに追いやられた理由で、別にミレニアを冷遇しようと思っていたわけではない。
この結婚が形式的なものであると、他国の嫁は殿下に冷遇されているのだと周囲に見せることは効果的で、やがて自分の娘が皇太子妃になっていたら同じように扱われていただろうと広められたことで、ようやく貴族たちはおとなしくなった。
それが最近のことだ。
そんな事情を知ることができるようになったのも、自分と共に田舎に異動させられた彼らが知る限りのことをミレニアに話してくれるようになったからだ。
そこまでの関係を築くまでが大変だったけれど、だからこそ彼らとの絆は深い。




