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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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戦渦を生きた大魔術師と退役軍人たちの追憶(8)

大魔術師に記憶を預けていた人たちへの返却が落ち着くと、ギルドはいつもの状態に戻った。

変わらず活気はあるのだが、ギルド内の人の密度が減ったため、少し寂しく感じられる。


「最初はどうなるかと思いましたけど、落ち着いてみたら寂しく感じますね……」

「ほんとに。あの忙しさに慣れたところだったから、やることあるのに今が暇に思えるわ」


異常な忙しさから解放されたギルドでは、受付のスキルが向上していた。

強制的に交代をさせていたので結果的に全員が退役軍人たちの受付に回ることになったため、その忙しさと比べることができてしまうのだ。


「ようやくいつも通りお昼もゆっくり食べられますね」

「そうそう、休憩してても申し訳なく感じたし、何か忙しい中で抜けなきゃいけなかったから、ちょっと気を遣っちゃう感じだったのよね」


交代制だからいずれ自分の順番が回ってくるとはいえ、受付の担当は休憩中も何となく気が休まらない生活を強いられていた。

今はこうして雑談をしながら休憩の時間が来るのを待つだけの余裕がある。


「それにロイさん、全く休憩していませんでしたもんね」

「そうなのよ……。でも今日は管理室から出てこないから、休憩しながらお仕事してると思うんだけど……」

「でもあの人数でしたからね、処理する書類が相当たまっていると思いますよ」

「確かに……」


受付担当は契約関係の書類を扱えない。

契約はギルドとの契約ではなくギルド管理者、つまりロイ本人との契約となるためだ。

それに契約内容は非常にプライベートな内容が含まれているので誰でも見られるようなところに保管するわけにもいかない。

結果、糸車のある管理室でロイが全て管理をしている状態なのだ。



受付の手が空いて彼らが雑談に興じているところに、一人の男性がやってきた。

入ってくる時に気が付いたので受付担当はしっかりと仕事の顔に戻っている。


「ご用件をお伺いいたします」

「すみません。こちらの管理人さんにこの手紙を渡していただけないでしょうか」

「かしこまりました。承ります」


男性は受付の一人に持ってきた手紙を手渡してから言った。


「こちらなのですが、招待状になっておりまして、期限が近いものなので早めに確認いただきたいので、その点もお伝えいただけますでしょうか?」

「わかりました。すぐにお渡しして確認するように申し伝えます」

「はい、よろしくお願いします」


男は一通の手紙を受付に預けると、例をしてすぐにギルドから立ち去った。

受け取った受付担当は、話をしていた別の担当に席を離れると伝えて、ロイのいる管理室へと向かったのだった。



「ロイさーん。お客様から急ぎのご連絡が来たのですがー」


受付担当が管理室の前でロイを呼ぶと、ロイはすぐにドアを開けた。


「ロイさん、前に手紙もらったって方がたくさん来た時の一人だと思うんですけど、ロイさんに急いで渡してほしいってこの手紙を持ってきたんですよ」

「ありがとう」


ロイはそう返事をすると、その場で手紙を開封した。

そしてそのまま手紙に目を落として内容を確認してから顔を上げてロイは聞いた。


「これを持ってきたという方はまだギルドにいるのか?」

「いいえ、手紙を置いて帰っていきました」


急ぎだというので返事を待っているのかと思ったらそうではないらしい。

それならばロイの中では溜まった書類の処理の方が先だ。


「そうか、わかった。後で彼には私から連絡しておく。他に要件はあるか?」

「いいえ。ありません」

「じゃあ、私は管理室に戻るから、何かあったらまた声をかけてくれ」

「わかりました……。失礼します」


受付担当を持ち場に返すと、ロイは少し疲れた表情で管理室の中に戻った。



こうして、記憶を取り戻した彼らの集まりに、なぜかロイが招待を受けた。

手紙によると大魔術師から引き継いで記憶を守ってくれたお礼と、これからについて聞いてほしいことがあるというのだ。

ロイは手紙の返事にギルドが閉店してからの時間ならばと書き、彼らの了解を得て、遅れてその場所に顔を出すことにした。

あれだけたくさんの記憶を一度に戻したことはないので、彼らの中に不調を訴える者がいないか少し心配もあったのだ。

ロイが指定された場所を尋ねると、そこには多くの退役軍人たちが揃っていた。

中に入るとそこはパーティ会場になっており、すでに酒が入って会話が弾んでいるのか、ずいぶんと賑やかな空間となっている。

立食形式で、顔を合わせた人たちがグループになっては話に花を咲かせているような状態だ。


「先日は皆で押しかけることになって、ギルドには迷惑をかけたな」

「いいえ……」


ロイが会場に入ったことに気が付いたのか、一人の男性がロイの元にやってきた。

彼は記憶を戻した際に家族にだけでも戦争は起こさない方がいい、戦争は悲惨なものだと伝えていきたいと言っていた一人である。


「前にも言ったが、我々は若者と違って先が長くない。だから一日でも早く受け入れて、未来に残さなければならんと思っておるよ」

「未来に残す……ですか?」


聞いてみると話が大きくなっていた。

未来を生きる全ての国民に、戦争の恐怖や事実を知ってもらうために働きかけることにしたのだという。


「ああ、戦争は不幸しか産まない。戦争で何を体験したのか。何が壊れ、何を失ったか。一方で得るものはなかったとな」


ロイにそう熱烈に語る彼に引き寄せられるかのように、いつの間にか多くの人が自分たちの話をやめてこちらに集まってきた。

皆がロイの到着に気が付いて、自分の話を聞いてもらおうと次々に声を掛ける。


「大魔術師はじめ、戦争を生き抜いたものを英雄のように扱う風潮が見られる。このままでは、戦争が神格化されかねん。どのような大義名分があろうとも、こちらから起こすべきではないものだと、伝えられるのは前線を経験していた者だけだ。経験者なんぞ年老いて記憶を取り戻した我々しかおらんだろう?」


長年抱えていた記憶より、後から戻された記憶の方が鮮明なはずだ。

記憶は本人が持ち続けていればその人の都合で忘れたり引き出したり、間違えて記憶されていたり、鮮明に覚えていても自分の中に落とし込んだりと、都合よく昇華されていくものだが、離れていた記憶は、そのままの情報が頭に流れ込むのでそうはいかない。

彼らはこれからそれを本当の意味で受け止めなければならないはずなのだ。

だが、彼らにその苦痛さは見られない。

それどころか、その記憶を取り戻したことでずいぶんと前向きになっているように思う。

もしかしたらそれは仲間が目の前にいるからなのかもしれないが、ロイにはそこまでわからない。

そんなことを考えている間にも彼らの話はどんどん進む。


「平和の中で生きた今の若者では、あの惨状に耐えられないだろうがな。あれは体験せずに生きられるなら、しないほうがいい。戦争というものがどういうものだったか伝え、話すくらいはできるだろうさ。国中には無理でも、身内に位はって思ってな、文字に書き起こしていたんだが……」

「その話を聞いて思ったんだ。皆で戦争体験を書き残して本を出版しようと。そうすれば後世に記録として残すこともできるんじゃないかってな」

「それはこの決起集会なんじゃよ」


ロイがこの席に呼ばれたのはどうやらかの大魔術師の後任としてのようだ。

本当ならば彼に聞いてもらいたかった話を全て、記憶の管理を引き継いだロイに託したいと彼らは考えたらしい。

そしてロイも今回の功労者の一人だと彼らは口にする。


「では、これから皆さんは……?」

「皆、一度それぞれの家に戻ってな、戦争の記憶と向き合って、思い出したこともしっかりと書き起こしていくつもりだよ」

「家族にも失っていた記憶はこんなに酷いものだったと伝えておきたいと思うんじゃよ」


ロイの心配は杞憂に終わったようだ。

体調のことなどを聞いてみたものの、記憶を返却した退役軍人たちの中で調子を崩した者はいないらしい。

そして皆、一度区切りをつけて、それぞれの生活に戻るのだそうだ。

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