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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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再会、そして動きだす歯車(16)

騎士団長を見送ったロイクールは、管理室の机に突っ伏していた。


「もう、守るものも、守る必要も、何もない。師匠、どうしたらいいですか?こんな時にあなたがいてくれたら」


そのひとりごとをかき消すかのように糸車があちらこちらでカタンカタンと音を立てている。


「卑怯かもしれないけど、今は師匠に会いたい。両親よりもあなたに……」


両親のことが嫌いなわけではない。

けれど国に利用されてきた師匠の方がこの話については理解してもらえる気がした。

貴族との接し方を教えてくれたのも師匠だ。

もしずっと両親を失わずにいたら、師匠は生涯関わることのない雲の上の人だったかもしれないが、両親のもとで幸せに暮らしていたらお貴族様の考え方に触れることも、いなし方も知らないまま暮らすことになっていただろう。

魔法だって使えることを知らずに生涯を終えていたかもしれない。

両親のことは大切に思うが、こういう時、頼りになるのは師匠だ。


「あなたはどうして、あそこまでこの国のために色々できたのですか!僕はもう……。もう無理です」


称賛と名誉を一身に浴びることになったけれど、その代償は大きいものだった。

中身を知ってなお、同じことが自分に課せられたら、自我を失っていたに違いない。


「それに彼女には、守ってくれる別の相手がいる。僕はもう必要とされない」


必要とされるとしたらドレンが言うように戦争の時だろう。

自分はあくまでその最大戦力の一要員にすぎない。

少なくともミレニアはもう頼ってはこないだろう。


「師匠と国境を見回っていたあの時が、一番楽しかった」


家族で細々と暮らしている時よりも、家を守っている時よりも、師匠と一緒に生活していた時が一番前向きでいられた。

そしてもう、自分を前に向かせてくれる人はいない。

ロイクールはそんなくらい思考の闇に飲まれていった。



それでもギルドは平常通りに営業していた。

いない時間が長かったこともあり、通常業務はロイクールがいなくても問題なく回っている。

そうしてドレンがギルドを訪ねてきてから数日後、今度はイザークがギルドにやってきた。

管理室にこもっているロイクールに受付の一人が断り切れなかったと申し訳なさそうに声をかけると、問題ないと返事があり、やはり前と同じようにすぐに行くから応接室で待たせておくよう伝えた。



相手が誰かを聞いていなかったロイクールだが、ドレンは来たばかりだし、王族がこのタイミングでここに来ることは考えにくい。

だから消去法で魔術師団の誰かが来たのであり、おそらくそれは自分と一番親しいイザークだと判断したのだ。

そしてイザークが相手ならば、自ら訪ねる気力はなかったものの、会う機会があれば話をしなければならないことがある。

急ぎの要件ではないが、伝えるならば早い方がいい内容ではある。

一方で、それを伝えたら本当にロイクールと彼らの接点はなくなってしまうかもしれない。

あえて距離を取っていたのに、いざ疎遠が決定的になると残念に思うのは自分の我儘だ。

それにこうして相手がここに来た上、対応するなら目を背けてはならないことだ。

ロイクールは覚悟を決めると、応接室に向かった。



「お待たせいたしました」


ロイクールが暗い表情を隠し無表情で応接室に入ると、イザークは微笑みながら言った。


「ああ、よかった。戻ったのは聞いていたのですが、どうしても自身の目で確かめたかったものですから」

「気にかけていただいて恐縮です」


ロイクールが頭を下げると、イザークは笑みを浮かべたままでロイクールに言う。


「何かあったのですか?」


過去に接する機会も多く、ロイクールの機微に聡いイザークは、聞いていた以上の衝撃的な出来事がロイクールに起きたのだとすぐに察する。

その内容はロイクールがイザークに話さなければならないと思っていた内容と合致するため、ロイクールはすぐにそれを言葉にした。


「記憶はミレニア様にお返ししました。私に残されたのは自分の記憶にあるものだけになりました」


ちゃんと記憶は戻した。

ミレニアと話をしたことまでは伝えなかったが連れて帰ってきていないのだから、あとは察したのだろう。

イザークの表情が硬くなる。


「こうなってみると、自分があの記憶にいかに依存してきたのかよくわかります。良くも悪くも、記憶も心もうつろいゆくものなのだと、実感しました。どこかでこうなる可能性は考えていたはずなのに、目の前に突き付けられると辛いですね」


ロイクールが淡々と語る様子にイザークの心配は募る。

もともと表情が豊かな人ではないが、何も出ないのは不気味だ。

しかしそれを逆に考えれば簡単で、それだけロイクールの精神状態が追い詰められているとわかる。

それを理解できるのは、自分がそういう状況に落ちたことがあるからこそだ。


「こうして向き合っていたらそのうち、私の心も移ろい、解き放たれる時が来るのでしょうか。それでも、自分の記憶の糸を切り離したいとは思わないのが、せめてもの矜持かもしれない。そう考えると時の流れは無常だなと、そう思います」


ロイクールがそこまで言い切っても、イザークは何も言わなかった。

でも、ロイクールの話から得られた情報は多い。

まず、わかっているのは、ミレニアの健在が間違いではないこと。

そして記憶が戻ってからロイクールと直接会話をしたかどうかはともかく、ロイクールがミレニアに記憶を返却したこと。

ロイクールがミレニアの記憶を大切にしていただけではなく、周囲が思うよりはるかにミレニアに思いを寄せてくれていたこと。

少なくとも記憶が戻ってもミレニアがあの国のとどまっていること。

そしてロイクールが精神的に大きなダメージを負う結果になっていること。

それでもロイクールはすべての記憶を、今回のことを、抱えていくつもりでいることだ。



黙り込んだロイクールに、頭を整理して一呼吸置いたイザークが声をかけた。


「今日はロイさんの無事だけではなく、ロイさんの口から姉の無事も確認できてよかったです」


業務的に声をかけるとロイクールは反射で気に対応した。


「いえ、こちらこそ、魔術師団の皆さんがギルドを気にかけてくれていたおかげで、留守中も無事に営業できたと聞いています。ありがとうございました」


ロイクールはそう言うと静かに頭を下げる。


「それは……。また外出されるなら頼ってください。あなたのためになるのなら喜んで巡回しますよ。とりあえずお座りください」

「そうさせていただきます」


そう言うとお茶の用意をしようとするロイクールに、すぐ帰るので不要だとイザークが告げると、ロイクールは静かに彼の向かい側に座った。


「そうだ、今回の外出は公務でしたが、今度は私用で旅行されるのはいかがでしょう。保養目的の場所なら自然と時間が心を和ませてくれると思います。ロイさん、お休みは取られていないのでしょう?」


帰国して、報告して、すぐギルドに明日を運んだと聞いている。

初日、数日なら状況が気になって顔を出すのはわかるが、すっかり通常業務に戻っているらしい。

巡回の話を聞けば彼らはしっかり仕事をしているし、ロイクールが離れている間も問題なかったというのだから、ロイクールが休んでも問題ない。

休みたいと言えば彼らはきっと、自分たちを頼ってくれたと喜んで送り出してくれるだろう。

イザークはここまで疲れている状態でギルドにいても心配をかけるだけだろうと気をまわしたのだが、残念ながらロイクールには通じなかった。


「いいえ。もう散々休んでいます」


カウンター仕事はもともとしていないし、しばらく離れる予定だったので、記憶の糸を預かる予約を取っていなかったから、本当ならばギルドですることなど多くない。

ただ管理室にこもって糸車を確認するだけだ。

でもそれですら正常に動いていればいじることがないので、ロイクールは本当にただつくえにすわってぼんやりしていただけだった。

考える時間ができてしまっているからかえって気持ちが沈んでしまっているのかもしれないが、それでも座っているだけで接客もしていないのだから、仕事をしていたとは言えない。


「ギルドに張り付いているのを休んでいるとは言わない気がしますが、気が向かないのに無理に進めるものではありませんね。どうか今は旅の疲れをいやしてゆっくりなさってください。お疲れのところに失礼しました。でも私は、いつでもあなたの見方でありたいと願っています。国内で何かあれば言ってください。今の私ならきっとお力添えができます。それと、私も少し国を離れます。その話をしようと思ったのですが、また……日を改めますね」


行く前のご挨拶も兼ねていたけれど、そんな空気ではない。

だから帰ってきたら話を聞いてくださいねと最後にそう付け加えると、イザークは退室していった。

ロイクールはそれを見送ると、再び管理室にこもるのだった。

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