再会、そして動きだす歯車(15)
「もう、あの頃のようには戻れないのだな。もしその魔法の才が私にあったなら、いや、少しでも魔法を使えたならと、今でもそう思う。そしたらロイクールの手を煩わせなければならないなんて考える必要ないのだがな。それに私はあの頃から君に憧れていたんだ」
過去を回想し、そう言ったドレンに悲壮感が漂う。
最初は自分が使えない魔法に憧れて魔術師団に尊敬の念を持って寄ってきたし、とびぬけて能力が高いロイクールに向けられたまなざしは本物だった。
だからドレンのその言葉に嘘偽りがないことはロイクールも理解している。
けれどその程度で靡くほど、ロイクールの中にある感情は軽いものではない。
「そうですね、食堂で話していた頃からずいぶんと時は経ち、私達は変わってしまいました。ドレン様もすっかりその威厳のある話し方が板についていらっしゃいます」
最初に会ったときはもっと軽い感じだった。
貴族であることはすぐにわかったが、実は王族に近い血筋であることを知ったのはかなり経った後だったし、誰にでも気さくに話しかけていく姿はむしろ好印象ですらあった。
けれど今の話し方は、為政者のものだ。
騎士団長という立場もあるだろうが、随分と威圧感のある話し方になっている。
「もし騎士団長という立場じゃなく、友として頼んだら、ロイクールは聞いてくれただろうか」
友と名乗るのもおこがましいのだが、あえてそこには触れない。
ただ、鬱陶しがられてもたわいない会話に混ぜてもらえてた時なら、その関係が維持されていたのなら、こんなことにはなっていなかったのではないかとドレンは思う。
「わかりません。内容次第ではないかと思いますが、貴族であるドレン様に、平民である私が逆らうことは難しいですね」
「そうか……」
もし頼まれたのなら断ることはできなかっただろうとロイクールが答えるとドレンはあからさまに落ち込んだ様子を見せた。
わかってはいたがかなり距離を取られてしまっている。
ロイクールの答えがまず友としてという前提を排除したものだったからだ。
大きく広がってしまった溝を埋めるのは難しいし、ロイクールに歩み寄る意思がないことは今の答えで十分理解できた。
そんなドレンに、最後と言わんばかりにロイクールは言葉を突き付けた。
「ドレン様、私もあの状況の騎士団の中で立ち上がり、魔術師たちの味方をし、決起して立場を守ったこと、本当に感服しています。私にはできないことでしたし、それを成し遂げてしまったあなたは、私とは違う素晴らしい力を持った、尊敬されるに相応しい方です」
「まさかロイクールにそんな風に言われる日が来るとは思わなかったな」
こんな関係になる前だったら、褒めてくれて嬉しいよと素直に喜ぶことができただろう。
けれど今の関係でそれは、ただの皮肉にしか聞こえない。
けれどロイクールからすれば二度と話すこともないだろうと決別の覚悟をしてのことだ。
別にドレンのすべてを憎んでいるわけではないのだと、最後なら伝えておくのもいいだろうと思ったのだ。
「おべっかだと言われかねませんので今まで黙っていましたが、ずっとそう思っていたのは本当です。だから私はこの先、どの道を選択しても、役に立たない傍観者と言われようとも、あなた達と対立はしたくないと思っています。王族は憎くても、ドレン様やイザーク様、一緒に働いてきた魔術師たちが憎いわけではないのですから」
もし王族と敵対、もしくはこの国を敵に回すことになったとしたら、先頭に出てくるのはここにいる騎士団長となったドレンや、魔術師として有能なイザーク、そしてお世話になった魔術師団の人たちになるだろう。
さすがのロイクールも過去仲間だった彼らに、直接手を下したいとは思わない。
同時に、本当に排除したいと思っている王族は彼らを盾にして後ろで指示を出しているだけなのだろうと想定する。
彼らがそういう人種であることはこの身をもって知っている。
そういう人物だからこそ、こうしてこじれてしまっているのだ。
「それを聞いて少し安堵した。友と対するなど心苦しいし、何よりロイクールを相手にして勝てる気がしないからな。敵にならないでくれたらいい。まずはそう思うことにしよう。でも、まだ時間はある。
ゆっくり考えてくれ。戻ったばかりで疲れているところ悪かった」
とりあえず、こちらから仕掛けなければ敵にはならないでくれるという。
その言葉を信じるしかない。
それでも、ロイクールからすればかなりの譲渡だろう。
さすがに少し落ち込んだが、敵対するという最悪のシナリオは回避されたのだからここは引くべきだろう。
そう判断したドレンは静かに立ち上がると、深々と頭を下げた。
ロイクールはその動作を見ながら自分も立ち上がると、ため息をついてから言う。
「本日はお疲れさまでした。お気遣い、心より感謝いたします。お言葉に甘えてお休みの時間をいただくことにいたします」
とりあえず今日はネタ切れ、話は終わったと判断したロイクールは、ドレンにお帰り願おうとそれとなく部屋を出るよう誘導する。
彼も最初から長居をする気はなく、ひとまず本当にロイクールがこの国に戻ってきているかどうかを確認するためにきただけなので、目的を果たしているから、そうされたところで問題はない。
それにここで無理をさせてロイクールが体調を崩そうものなら、先ほど自分に立ち向かってきたギルドの職員たちから、さらに反感を買うことになりかねない。
高位貴族で、しかも騎士団長という立場であることを知りながら、ロイクールを守ろうとしたくらいなので、ここで何かあれば真っ先に自分に疑いの目を向けてくるのは間違いないだろう。
ドレンとしては別にギルドに恨みはないので、できる限り彼らとももめ事を起こしたくないと思っている。
「ああ。まずはゆっくり疲れを取ってくれ。落ち着いたころにまた来よう」
時間があればまた顔を出す。
遠方に行くこともなく、時間のあるうちは頻繁に来ることになるかもしれないと彼が伝えると、ロイクールは再びため息をついてから言った。
「わかりました。ですがそれには及びません。必要があればこちらより伺いますので」
「それも検討させてもらおう」
必要ならば命令できる立場ではある。
使いたくはないが本当に必要ならばその権力を行使するよりほかない。
ドレンはそんなことを思いながら、ギルドを後にしたのだった。




