再会、そして動きだす歯車(14)
「お前は民衆の犠牲など本当に望むのか!」
叫ぶように言うドレンの言葉の中には、彼の大魔術師という偉大な師匠を持ちながら、どうしてそういう考えになるのだという意味が多分に含まれていた。
彼が、彼の大魔術師と尊敬され敬われ、民衆から慕われるのは、すべての民衆を守るべく率先して前に出たからだ。
その最後の弟子が自分に関係のない国民は犠牲になってもいいと口にしたのだ。
ドレンが感情的になるのも無理はない。
けれどそれは彼の大魔術師の幻想にとらわれた理想論だ。
「別にそれが反逆者と言われようとも、どう呼ばれることになろうとも、私は構わない。そもそも王宮には高い給料をもらって、働いてるんだか、ふんぞり返ってんだかわからない騎士やら魔術師やらがまだまだいるだろう。国民の税金という高い金をもらってる分、そういう時こそ率先せいて働かなければならないのではないか?そもそもすでに王宮魔術師でもない私に頼るのが間違いだ。それにミレニアの力があって、あの国との和平は継続できているし、私自身も殿下とは良好な関係を築いてきたつもりだ」
「それは……」
使節団として一緒に入国した人間より、ロイクールの方がはるかに彼らと交流を深めていたという話は聞いている。
ミレニアがとりなしたのか、ミレニアの件で話をして、互いに思うところがあったのか、それはわからないが、少なくともロイクールは例の国に歓迎される立場になっていると報告がなされていた。
さらには王宮に滞在することになった記憶喪失の男性についても、この先は彼らが面倒を見、さらには護衛、協力までしてくれることになったため預けてきたのだという。
国としては荷が下りたと安堵するところでもあるが、ロイクールが彼を預けたということは、この国より彼らの方が確実に彼に力になると判断したに過ぎない。
自国に散々な目にあわされてきたロイクールだが、一時は彼の保護を王宮に任せていた。
法で定められたことだし人目も多い。
多くの人間に狙われて生きてきた人間をかくまってもらうのにこれ以上安全なところはないというのも間違いない。
けれど任せてくれたのだから少しは信頼されているのだろうと思っていたが、その信頼は敵対国があっという間に上回った。
だからその判断に至ったのだと思うと、ドレン個人としてはやるせない気持ちだ。
「でも、よく分かったんだよ。師匠がどんな思いで戦場を生き抜いたのか。どれだけ孤独だったのか。そうやってあなたがたは、これからも、師匠も私も利用するだけ利用して、何もせずにのうのうと生きていくに違いないということが」
期待するものは何もない。
そう繰り返すロイクールに、少し落ち着いたドレンは重々しく口を開く。
「皆、大魔術師の事は尊敬してる。そして君の事もだよロイクール。君がいなければ王宮の騎士団も魔術師団もバラバラのままだった。君の存在が騎士と魔術師を再び一つにしたんだ」
彼の大魔術師がいる時も、騎士と魔術師は同じ敵に向かって心を一つにしていた。
平和になって徐々に仲たがいが始まり、彼の大魔術師も王宮を離れるようになってしまった。
そしてバラバラになったところに、かけ橋になるように現れたのがロイクールだった。
だから今度の有事には、彼の大魔術師の弟子であるロイクールと、騎士団をまとめるドレンと、魔術師団をまとめるイザークと、ともに戦うことができるだろうと、どこかで思っていた。
けれど三人の関係はすでに崩壊してしまったに等しい。
少なくともロイクールはそう考えていた。
そしてドレンの希望が現実となる時、戦争になって真っ先に攻撃を仕掛け、矢面に立たなければならないのはロイクールということになる。
つまり師匠と同じように犠牲になれと、そう言っているのと同義だ。
そして残念なことに平民生まれのロイクールは、地位にも名誉にも興味がない。
それよりも求めるのは自由と平穏だ。
そもそも考えが相容れない。
「そんなもの、何も嬉しくない。私も最初は師匠を見て、尊敬されて素晴らしいと言われるのは良いことだと思っていた。だけど人の屍を積み、その上に立つことで得る尊敬など、不名誉だ。今ならそれがよくわかる。それにあなた方が私に期待しているのは、師匠と同じように、再び起きた戦争において最前線で戦うことだ。違うか?」
ドレンは考えを口に出していなかったが、ロイクールは彼の言葉の意味を正しく読んでいた。
正論をぶつけられドレンとしては痛いところを突かれたと思うが、それでも他の騎士や、ふんぞり返っている王族連中と自分は違う。
それだけは主張しようと口を開く。
「確かにそうなれば突破口を開くのに最前線に立ってほしいと願う。それが我々の希望になるからだ。だがその時は、私もイザークも共に立つ!彼の大魔術師のように一人で戦わせたりはしない。少なくとも、一緒に前線に立ち、その責任を共に背負う覚悟はある」
そのためにドレンはイザークと共に騎士団の膿を一掃したのだ。
今度こそ、騎士も魔術師も一丸となって非常時に立ち向かうために。
どの結果、政治的な部分で負けて閑職に追いやられたが、それでも遠くならば彼らの手も及ばないと必死に種をまき、見事に花を咲かせることができた。
もちろんそれは自分だけでできたことではない。
起爆剤となったのも、こちらに流れを引き込めたのもロイクールのおかげだ。
そんなドレンの願いも虚しく、ロイクールは首を横に振った。
「その覚悟は不要です。私が共に立つことはありませんから」
ロイクールがミレニアとの関係を修復できると思っていたように、ドレンもいつか、時が経てばロイクールとの関係を修復できると思っていた。
けれどあの時、王族側に立ってしまった自分は、ロイクールからすでに切り捨てられていたようだ。
「そんなに憎いか。まだそんなに……」
ドレンが思わずつぶやくと、ロイクールがそれを拾う。
「そうですね。きっとそうなのでしょう」
実際のところロイクールにもよくわからない。
ずっと頭を離れないほど恨んでいるかと言われたらそうでもないが、できれば忘れていたいというのが本音だ。
今のロイクールは、思い出さないことでしか心の安寧を保つことができない。
だから関係者には会いたくなかったのだが、それでもギルドに来てしまったのなら自分が対応するしかない。
受付で攻防があったことを知らないロイクールは、中途半端に対面するのなら、正面から向かい合い、できるだけ来ないでもらいたいと伝えるべく、こうして面会に応じたのだ。




