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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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再会、そして動きだす歯車(12)

帰国までの間、緊張もあり気丈にふるまっていたが、ギルドの管理室に戻るとその気力は尽きてしまった。

ミレニアの記憶はここにはないし、もう鮮やかな思い出に触れることもできない。

これで本人が戻ってきてくれたのなら、こんなに喜ばしいことはなかったが、ミレニアは嫁いだ国に残ることを選択した。

ミレニアに関して残っているのは、自分の中に残された、いずれ移ろいゆくであろう記憶だけだ。

そんな絶望を感じながら、ロイクールは管理室でぼんやりと時間をやり過ごした。

管理室にはまだ残る記憶たちが、持ち主の元に戻ろうと引っ張られ、そのたびに糸車がそれを引き戻して不規則な音を立てている。

普段であれば心を落ち着ける一つであったその音も、今のロイクールには届かなくなっていた。



「ロイさん、戻ってからずっと管理室から出てきませんし、出てきてもぼんやりした感じですけど、何かあったんでしょうかね」


受付からはそんな心配そうな声が上がる。


「隣国は遠いし、いつもくるお偉いさんも一緒だったみたいだから、疲れてるんじゃない?」


聞かれた方もなんと答えていいか迷いながら、とりあえず当たり障りのない返事をする。

そう答えながらも、明らかにいつもとは違う様子なのは間違いない。

きっとよほどのことがあったのだろう。


「ロイさんって、もともと表情あんまり変わんないですけど、いつにも増して……というか抜け殻みたいになってる気がして」


ロイは元々おしゃべりな方ではないし、仲間内でつるむようなタイプでもない。

そういう人がいるなら、その人を呼んできて元気づけてもらえばいいが、これまでそういう相手を見かけたことがないため、その方向からできることはない。

あまり長く続くと途方に暮れそうだと、営業スマイルを維持しながら、一同が重たい空気を出していた。



そんなところに、あまり見たくない顔がやってきた。


「あ……」


一人がそちらを睨むように見たので、他の受付もそちらを見る。

そして彼がギルドに入ってきたため、思わず声を上げた。


「あー!」

「な、何だ?」


ギルドに一歩入るなり、大きな声であーとだけ言われ、思わず怯んだ彼に、他の受付担当が続く。


「ギルド長はお疲れなので、お引き取りください」

「そ、そうです!」


普段から王宮の人間はロイの敵とみなしている彼らだが、身分のこともあり彼らを無碍に扱うことはできなかった。

だから困ったときはロイに頼んでどうにかしてもらっていたが、今のロイにそれを頼むのは良くない。

受付担当は顔を見合わせて、ロイを守ろうと暗黙の了解で共闘を決めた。

その様子から何かを察したのか、彼は大きくため息を付く。


「何だ?来て早々、随分だな……。まあ、いつも通りか」


元々歓迎されたことはなかった。

だからいつも通りといえばそうなのだが、明らかにギルドの空気がいつもより重たい。

ロイクールに異変があったのは明らかだ。

そしてその異変の理由は明らかに隣国がらみだろう。

およその出来事を知っている彼は、それがあるからこそ、ここに来た。


「そうされることに、心当たりがあるんじゃないですか?」


受付の一人がそう強めに出ると、彼は目を細めて相手をじっと見る。


「いや、まあ、ないとは言わない。おそらくその件で来たことになるろうからな」


彼らがこうして内容を話さないのは、おそらく話さないのではなく知らなくて話せないからだ。

ここが公共の場だからというだけではなく、きっと何も聞かされていないのだろう。

もし彼らにその話をするのなら、ロイクールは自分の過去の話をしなければならない。

だが内容がとてもセンシティブであるし、もし話すのなら本人からするべき内容だ。

そもそも伝えていないのがロイクールの意思ならば、伝えたくないからそうしているに違いない。

それをここで話そうものなら、それこそ関係の修復が困難になってしまうだろう。

そう考えた彼があえて言葉を濁していると、また一人が言う。


「あの、これ以上、ロイさんを苦しめるのはやめてもらえませんか?ずっと嫌がってましたよね」

「あー、それはだな……」


確かにロイクールは王宮関係者がここに来るのを嫌がっていた。

彼らから見れば、隣国から戻ってきたところを狙って、いつも通り接触しに来た人間にしか見えないのだろう。

つまり単なる嫌がらせに来た人物と、彼らからは総認識されているということだ。

そうなると、本人が出てこないのは厄介だ。

いつも通り誰かがロイクールに、また来ましたとでも言ってくれたら、そこからねじり込めるのだが、今日は自分たちで追い返そうと必死らしい。

きっと彼らはロイクールを守ろうと結託しているのだろう。


「それに心当たりがあるんですよね?」


ロイクールの様子がおかしいことについて、また別の人が尋ねてくる。

何度言われても答えはしない。

そう決めている彼は再びため息をついた。


「ああ。さっきも言ったが、その件で来ているからな」

「それは一体何ですか?」


その一言で彼は自分の考えが正しかったのだと確信を得た。

やはりロイクールは王宮時代の話を彼らにしていないのだ。

迂闊に話さず正解だ。


「それを聞くってことは、ロイクールが何も話していないという事だな」


確信を持ちながらも裏を取りに来た彼の圧に思わず皆が怯みながらもどうにか一人が答える。


「それはそうですが、私達は心配なんです」

「何か知っているんですよね!」


一人が声を上げると、呪縛が解けたようにまた一人、また一人と声を上げる。

それらを大雑把に聞き取ると、彼はそれを声と圧で制した。


「君たちの言いたいことはよく分かった。けどな、それは本人に聞くべきだ。そろそろ、本人に取り次いでくれ。暇なわけじゃない」


ここに現れた男は、本来王族の血縁であるドレンだ。

騎士団長という肩書も伊達ではない。

本気の半分も出していない状態で、少し語気を強めただけで、受付の皆は押し黙った。



「ロイさーん……。騎士の偉い人が、ロイさんに話があるって来てます……。ロイさーん……」


努力はしたものの結局自分たちでは対処できないと判断し、一人が管理室に入るロイに声をかけた。

落ち込んだ声だが、管理室の中にはしっかりと響いていた。

ロイは彼女の言葉を反芻し、机に向かって俯いていた顔を上げると、その呼びかけに問う。


「騎士の偉い人……。来ているのは一人か?」

「はい。お一人です」


答えがあったことに驚きながら彼女がそう答えると、ロイは立ち上がった。

そしてドアの向こうにいる相手に言う。


「応接室に通してくれ。すぐに行く」

「え?は、はい。かしこまりました!」


ロイの想定外の言葉に驚きながらも、出てきてくれることに安堵した彼女は、急いで受付に戻るのだった。

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