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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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再会、そして動きだす歯車(10)

「おはようございます」


出発の朝、最後のあいさつと、昨日の件を共有するため、彼の部屋を訪ねたロイクールが声をかけると、彼はロイクールの後ろからこちらに向けられた視線に気が付いて、ため息をついた。


「おはようございます。いよいよお別れなのですね」


人目がなければ名前を呼んでもらえるかもしれないと思った彼が少しがっかりしたように言うと、ロイクールは申し訳なさそうに小さく首を振った。


「はい。ここまでずっとご一緒でしたから、戻る時に離れるというのは不思議な感じがします。このまま出発になりますので、その前に挨拶をと思いまして」


残念ながら護衛と称した人間を振り切ることはできなかったと暗に伝えてきたロイクールに、彼は自分の考えを見透かされて少し恥ずかし気にうつむいた。


「本当に急な話ですが、私がこの国に滞在できるよう、殿下に話を通してくださったと聞いています。私の我儘の対処をロイさんに押し付ける形になってしまって、何とお礼を言ったらいいのか」


本当なら断られようとも、自分が願い出なければならなかった。

けれどロイクールが殿下に面会を申し出た際、自分のことまで頼んでくれたのだ。

その結果、自分の滞在は簡単に認められることとなった。

とはいえ、自分も長くここにいることはできないだろうから、数日内にはどこかの宿、そして仕事を探さなければならない。

ここにいるより大変な生活になるだろうが、それでも監視の目が強く落ち着かない場所で、気を使いながら生活をするよりよほどいい。

幸い路銀だけは手元にあるため、しばらくはどうにかなるだろう。

そしてこの先は一人ですべてどうにかしていかなければならない。

不安もあるが、これは自分で決めたことだ。

彼が言葉を詰まらせていると、ロイクールは言った。


「そろそろ時間のようです。どうぞお気を付けて。それと、近況のお手紙をお待ちしております。もしまた、近くにお立ち寄りの際は、ギルドに寄ってください。友人としてお迎えいたしますから」


国をまたぐので時間はかかるが、幸いにも手紙のやり取りは可能だ。

前に約束した通り、彼はきっと律義に手紙を送ってくれるに違いない。

移動する彼にこちらから連絡を取ることは難しいだろうが、彼の手紙には別の意図も含まれているのだから、それは問題ないだろう。

きっとその手紙にも名前が記載されることはない。

けれどもし国境を越えられるのなら、いつでも自分を頼ってくれてもいい。

ロイクールが言うと、彼はお礼を言いながら頭を下げた。

ロイクールとしては、本当ならここで最後に彼の希望通り、彼の記憶にある名前を呼んであげたかったが、残念なことにずっとこちらを見張っている人物がいるため、結局それはかなわぬままとなった。

しかしそこは大人だ。

状況と身の安全を考えれば、その程度のことは我慢しなければならない。

最後、二人は握手を交わし、彼の部屋の前で別れることになるのだった。



「彼をあの国においてきてよかったのですか?」


一緒に入国したが、あまり顔を合わせることのなかった使節団の交渉役と同じ馬車になったロイクールは、馬車が動き出して早々、そんなことを尋ねられた。

しかしロイクールは彼についてあまり心配していない。

あとはあちらの殿下が何とかすると、そう確信があったからだ。


「本人の希望ですし、問題ないでしょう」


記憶がないとはいえ大人だし、対応がきちんとできるのだから、きっと生きていける。

問題を起こすこともないはずだ。

ロイクールがあっさりとそう言うと、彼は口ごもりながらつぶやく。


「しかし……」


状況を知らない彼からすればロイクールが冷たい人間に見えたのかもしれない。

けれどそれでもかまわない。

別に自国の王族に好かれたいとは思っていないのだから、そちら側の人間にどう思われても関係ないのだ。


「殿下だって、これで我が国で保護しなくてよくなるから荷が下りた、くらいにしか思わないでしょう」

「そうかもしれませんが……」


ちらちらと遠くなる方向に目をやりながら彼は複雑な表情を浮かべていた。

国の代表として交渉役兼ロイクールの見張り役をさせられていたためか、彼に情が移ってしまったのだろう。

事情を知らなければ、記憶喪失の人間を見知らぬ国に置き去りにするのだから、気分がよくないのもわかる。

けれど目の前の人は、彼に特別声をかけることもしなかったし、最後までそのようなそぶりを見せなかった。


「そんなに心配なら、今から戻ってあなたからそう伝えればいいでしょう。私たちの間ではもう話は済んでいますから」

「ですが」


ロイクールが試すように言うと、彼はそうではなくロイクールがついている方がいいのではないかと言いたげに口を開く。

できればそう切り出してほしいのだろうことは見て取れるが、自分がここに残ると言ったら、ギルドで何が起こるかわからない。

もしまたここに来るにせよ、まずは予定通り一度帰国をする必要がある。

目の前の彼の言葉を先んじて制するように言葉にしたのはロイクールだ。


「それともあなたが残って、彼の面倒を見てくれますか?」

「それは……」


確かに彼のことは心配だ。

自分はきっと彼よりあの国について知っていることもあるし、もしかしたら役に立つこともあったかもしれない。

けれど残ることはさすがにできないと彼は口をつぐむ。

そこでロイクールは、この話を終えるべくこう言った。


「彼は自分の足で進むと決めたのです。危険も覚悟の上で。それを止める権利など、私たちにはありません」

「そうですね」


彼の判断に異を唱える理由はない。

むしろ希望がかなったのだから、喜んでしかるべきだろう。

何よりこれ以上、本人のいないところでどうにかならないのかと議論しても仕方がない。

自分たちはもう帰国の途についている。

ロイクールに言われた通り、ここに残って彼のために動くことができるのならば検討の余地はあるかもしれないが、それはできないのだから、ここで何を言っても意味をなさないだろう。



この話をして以降、帰国するまでずっと彼と一緒の馬車になったが、彼がおいてきた旅人のことを話題に出すことはなかった。

さすが国から交渉役として出される人物である。

引き際をよく理解しているようだ。

ロイクールは無駄にそんなことに感心していたのだった。


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