再会、そして動きだす歯車(9)
殿下は自分との面会を求め、彼の滞在許可を真っ先に取り付けてきたロイクールを見て、また目を細めた。
「しかしそなたは欲がないのだな」
「欲ですか」
思いもよらぬ言葉をかけられて、ロイクールが目を瞬かせると、彼は口角を上げた。
「他人のことを頼む前に自身の願いを申し出ればよいものを」
ロイクールの人柄が気にいったのもあるが、そもそもミレニアのことがあるのだから、多少の無理は聞くつもりでいた。
一番の被害者はミレニアかもしれないが、ロイクールだって国家間のいざこざに巻き込まれた被害者で、こちらが迷惑をかけた相手なのだ。
もしその件で損害賠償などを請求してくるのならそれに応える用意もあった。
けれどロイクールの願いは自分の連れをこの国に滞在させる許可だった。
問題ない相手であることは入国させた時点でわかっていたのでその程度のことならわざわざ面会までして頼んでくる必要はなかったのだが、彼はその程度の願いをもってここへやってきた。
本当はこの国に移住を決めてくれたなら好待遇で迎え入れるつもりだったし、ミレニアとの関係を修復したいと願うのならそれをかなえてもよいと思っていた。
けれどミレニアはそれを望まなかったし、ロイクールはミレニアの意見を尊重するのだという。
そして時を経てしまったことにより、二人は二度目の別れを選ぶことになってしまったのだ。
これが本当に思い合っていた二人の絆なのだろうと殿下は複雑な感情を抱く。
「私の願いは、生涯叶わぬものとなりましたので」
力なく自嘲気味に答えたロイクールを見ながら、皇太子はため息をついた。
「そうか。そうなったのは我々の責任だ。こちらに移住されることを期待したが、これでは袖にされても仕方ないな。だが、私はいつでもそなたの来訪を歓迎するぞ。いつでも頼ってくるがいい」
「心強いお言葉、感謝いたします。でしたら次いつ来られるかわからない私の代わりに、同じように国外に出ることを許されない、ミレニア様のご家族をお願いいたします」
国外に出ることを許されていないのは自分だけではない。
特にイザークは、名実ともにあの国に縛られている状態だ。
契約で縛られていることもあるが、要職にいることもあり、とにかく自由が利かない身である。
自分は面会を許され、ミレニアと最後になるであろう別れを済ませた。
でもあの家族は、また一緒になれる可能性がある。
「わかった。調査に関してもできる限りの協力はする。そなたの連れについて、陰ながら保護することも約束しよう。私がミレニアのためにできるのは、そなたを引き留めることではなく家族との対面か。それはうまくやれるかもしれぬな」
殿下はロイクールの話を聞いて思うところがあったのか口角を上げた。
ミレニアに一部の記憶がなく、そしてその記憶の内容が元婚約者の者であると知って、ミレニアが本当にロイクールと離れ難かったのだと悟った。
だから記憶を戻して、そこまで愛したものをそばに置くことがミレニアの幸せにつながると思っていたのだ。
それにミレニアは家族と手紙のやり取りをしている。
それで問題ないと口にしていたから真に受けていたが、検閲された手紙に本音を書くことなどできるわけがないし、相手も本当にそれが本人の意思で書かれたものであり、正しい近況かを判断する術を持っていないのだから、疑いをもたれている可能性が高い。
今回ロイクールが帰国し、彼らと話をする機会があれば、きっとミレニアは無事に暮らしていると伝わるだろうが、家族ならその目で確認したいと願うことだろう。
「過分な配慮、ありがとうございます。ここに私が残れない以上、彼についてはお願いするほかございません。ミレニア様の件も、どうぞよろしくお願いいたします」
自分でこの件が解決できるのならとっくにそうしていた。
彼に関しては調査の時間を与えられればどうにでもなったかもしれないが、ミレニアやその家族についてはそうではない。
それができていたらミレニアの将来は今と違うものになっていたはずだ。
できなかったからこそこうなってしまっている。
けれど権力があり、契約に縛られていない彼ならば、何かできることがあるかもしれない。
少なくとも彼はミレニアの魔法契約を解除させることに成功しているのだ。
イザークたちの魔法契約解除が叶わなくとも、ミレニアの家族として、彼らにプラスになるよう動いてくれるだろう。
少なくとも自国の利権主義の皇太子の言葉より人間味のある彼の言葉の方が信用できる。
だからロイクールは殿下に頭を下げたのだ。
「ああ。私はそなたと友でありたいからな。友の頼み、妻の願いとして善処しよう」
彼は最後そう言ってこの場を収めた。
結局ロイクールは、ここで彼から確信的な言葉を得ることはできなかった。
けれど彼に対してそれらしい待遇を引き出すことはできた。
だからロイクールの読み通りでほぼ間違いないだろう。
それならば記憶はともかく、彼の身はおそらく守られる。
今回、ロイクールがこのような申し出をしたこともあるので、この先うかつに彼の記憶に手を出すことはしないだろう。
少なくともロイクールが知っている部分の記憶が欠損したらすぐに気づかれることくらいは察しているはずだ。
とりあえず釘をさすことはできた。
そして副産物もあった。
ミレニアの家族についてだ。
さすがにこの国への訪問を理由にするのは難しいだろうが、最大限の善処をするということだから、うまくいけばイザークにかけられている契約を解除する方向に進めてくれるかもしれない。
そうすれば彼らも自分の意思を最大限尊重して生きることができるようになる。
国家間の行き来も自由になるだろう。
自分が一員となることはかなわなかったけれど、彼らには、ロイクールの理想の家族であり続けてほしいと願っている。
自分にできるのはここまでだ。
ロイクールは改めてお礼と挨拶を済ませると、部屋にさがった。
そして部屋に戻るとほどなく連絡が入り、この面会の翌日、使節団とともに、ロイクールはこの国を離れるため出発することが決まった。
そのためロイクールは荷造りを始める。
ただ、師匠と旅をしていた時からの習慣で、もともとすぐに片づけられないほど荷解きをしていなかったため、それはすぐに終わった。
そしてしばらくは落ち着いて休めないだろうと、戻りの旅に備えて、しっかりと体を休めることにしたのだった。




