再会、そして動きだす歯車(8)
ロイクールが面会希望を出すと、それはすぐにかなった。
自国の使者がすでにそう告げているから、挨拶だと言われたら断る理由もなかったのだろう。
殿下の準備が整うと、申し出た数時間後には声がかかった。
「そろそろ帰国という話だが」
「はい。そうなりそうです」
少なくともロイクールの用事は済んでいる。
あとはロイクール側からは何をしているかわからない使者たちが、この国での仕事を終えるのを待つばかりという状態だったので、彼らからそれを終えたと連絡があれば、帰国の途につくだけなのだ。
彼もそれを理解しているらしい。
「本当に残る気はないのか」
「それは難しいですね。国家間に亀裂が入りかねません。それではミレニア様の苦労が報われないでしょう」
「それもそうだな」
ロイクールの考えを悟ったのか、表面的に納得をしたのかわからないが、殿下はすぐさま同意した。
自分が戻らないという選択ができないことはない。
使者だけを帰国させ、彼とともに自分も残るという選択もあるだろう。
けれど自国の皇太子は、ロイクールのギルドをある種の人質として押さえている。
自分が戻らなければギルドの職員に害が及ぶ可能性もあるし、いくら防御されているとはいえ管理室の記憶も被害にあうかもしれない。
執着があるわけではないが、自分のために彼らを犠牲にするつもりはないので、また国を出ることになったとしても一度は戻る必要がある。
おそらく戻ったら、イザークが尋ねてくるだろうから、その時ミレニアのことを伝えられるだろう。
彼らもミレニアとは検閲された手紙でのやり取りしかできていないのだから、近況を聞けば喜んでくれるに違いない。
それが、家族より先に対面することになったロイクールが、制約の中、最後まで自分たちを守ろうとしてくれた彼らにできるささやかな恩返しだ。
「それにしても意外だったぞ」
殿下が笑みを浮かべながらロイクールにそう言うが、ロイクールの方に心当たりはない。
「何がでしょうか?」
あまり良くないことだがとりあえず聞き返すと、彼は鼻で笑った。
「面会希望というから、ミレニアの同席を希望するかと思ったのだが」
てっきり自分と面会したらミレニアはどうしているのかと聞くだろうと思っていた。
けれどロイクールは一向にその気配を見せない。
だから本当に自分との面会を望んでここにいるのだと判断したが、そうなったことそのものが意外なことだったのだ。
けれどロイクールには最初からそのつもりはなかったし、殿下との面会には別の目的がある。
むしろこの場にミレニアがいないことは、自分の感情をかき乱されずに済むため好都合だった。
けれど直球で聞かれてそれに答えようとすれば考えないわけにはいかない。
思い出せば、ふたをしていた傷心が顔をのぞかせる。
「いえそれは……。終わったことですから」
「そうか」
ここで希望したら彼はきっとミレニアを呼ぶよう言ったことだろう。
しかし彼女はここに残り、自分は帰国して離れることになるのだ。
殿下がここに自分を引き留めるため、ミレニアへの感情を利用する可能性は考えたが、殿下の反応を見るにそこまでするつもりはないらしい。
そうなるといよいよ本題に入らなければならない。
ロイクールは気を引き締めて顔を上げ、改めて殿下の顔を正面から見据えて、それを口にした。
「それで、あえて自国の人間とは別に面会を申し込んだのは、確認したいことがあってのことです。ミレニア様のことではありませんが……」
ロイクールの雰囲気が変わったことを察した彼は目を細めてロイクールを見たが、そこに真剣さを見て、殿下は許可を出した。
「何だ、聞こう」
許可を得たロイクールは、いきなり核心を述べる。
「ありがとうございます。私の連れの一人が、こちらで言うところの忘却魔法、記憶を抜き取る魔法を使われ、記憶喪失となっております。記憶の糸についての説明は先の通りなのですが、彼の記憶の断片がこの国の方角を示しておりました。ですが先ほどあなた様は忘却魔法の存在を知らないと言っていた。この国には本当にこのような魔法、もしくは類似した能力を持つ者は存在しないのですか?」
彼の記憶の糸はすでにいくつか回収されているが、それを伝えることはすなわち彼に記憶が戻っていることを伝えることになるため、あえて伏せる。
それにこの件に関して彼が見方とは限らない。
彼をここに残していくことになるのに、敵かもしれない人間にその情報を知られるのは悪手だからだ。
けれどあまり長く時間をもらえるわけではない。
だからロイクールは最初から要件だけはしっかりと伝える。
同時に彼の反応を観察し怪しいそぶりがないかを見るが、殿下は知ってか知らずか、ため息をついてからロイクールの問いに答えた。
「残念だが私は聞いたこともなく、見たのも初めてだ。だが、そなたの国でその魔法が国家管理されるほど知られたものならば、我が国にも使える者がいないとは言えぬ。もっと言うならば、そなたの国で学んできたとか、そなたの国から来た人間の中にその魔法を習得したものがいて、その者が行使しているなどは考えられる。だが表立って聞いたことはない」
「そうですか」
その反応から不審な点は見られなかった。
もちろん彼は普段から探られる場面に立たされているのだし、隠していたとしても悟られるようなヘマはしないだろうが、これまでのことを含め考えてもとても自然な回答だ。
「こうして話を持ち出したということは、この国での調査を望んでいるのだな?」
「はい。彼本人が残って探すことを希望しています。ですが手がかりやとっかかりがなければ、やみくもに探し回ることになります。ですからもしご存じでしたらと期待したのですが……」
ロイクールが申し出ると、殿下はすべてを悟ったとうなずいた。
「なるほど。期待には答えられそうにないが、要望には答えてやろう。ミレニアのこともあるからな。こちらでも調査をしてみようではないか。それと、彼の滞在も認めてやろう」
「ありがとうございます」
とりあえず話はロイクールが運びたい方に進んだ。
彼は置いていってほしいと言ったが、ここに滞在できるかはこの国がそれを認めるかにかかっている。
ここで殿下の言質が取れたのだから、彼の一番の希望は通すことができそうだ。
とりあえず彼に良い手土産ができたとロイクールは安堵するのだった。




